第五章25話『災禍』
現在、そんなことになっているとは夢にも思っていない露零一行は一度、里の営むBARを経由するとそれぞれ故郷に帰還した。
結果だけを見れば本来の目的を果たすことはできなかったが、図らずもこの有為の全容を知ることには成功した一同は今後、各々の國でそれを共有することで話はまとまった。
お試し期間程度ではあるものの、里子として立ち振る舞っていた露零だったが少女はBARを経由した際、今も姿が見えない同居者を戦地で見たと意識の戻った面々に話していた。
(里さん、すごく悲しそうな顔してた。そりゃそうだよね。置いてきちゃったんだもん…滅者の人達のことも……)
実際には悲しそうな表情など微塵も見せてはいなかったのだが、露零の目にはそう映って見えていた。
少女の胸中でこそ触れていないものの、BARで話した際には遅れて現着した黒骸臼についてもしっかりと言及されていた。
しかし撤退を余儀なくされた二人に言わせてみれば、あの場で全滅していてもおかしくなかったと自身の行動の正当性を訴えていた。
『いい? 人と時間はとても密接な関係にあるの。どちらも一方通行で帰り道なんてどこにもない、何事も顧みないことが大切よぉ』
唱えた異論は理想論。
だがそれはそれとして、その瞬間を他者に委ねたのは不本意だろうが紛れもなく男性婦人に他ならない。
そもそも選択肢がなかったと言えば身も蓋もないが、自身の未熟さも結果に絡んでいることを十分に理解している男性婦人は誰も否定することのない言い回しで話をこれからに戻すと一同の意見はものの見事に一致する。
(これから藍爛然のところに戻るわけだけどその前に話すことをまとめないとだよね?)
そう、今の露零はこの有為で起こっていることの大筋を里と行動を共にしたこの数日間でおおよそ理解した。
加えて國を出る以前からあった人形による襲撃。
國を離れる決意をする決め手にもなったその襲撃だが、当時相対した脳のない不死者なら何も懸念することはなかったがこの数日間で少女は目にしてしまっている。
――――人形を使役し、彼らの頭脳となり得るメコという名の脅威を。
自問自答の末、砦という貴重な情報源を失った今、頼みの綱は自身が持つ情報だけだという結論に至ると少女は早速脳内で考えをまとめ始める。
里子として過ごしたこの数日間の主な出来事、そして得た情報をまるで二色編みをするかのように脳内で織り交ぜ、部分的に抜粋要約した少女は故郷の城、藍凪に到着する。
「やっと、帰ってきたんだ……」
肉体的な疲労感はない。
無用心な話だが、木材の城門が閉まっているだけで鍵のかかっていない正門人一人が通れる程度に押し開けて入ると敷地内に敷かれた玉砂利の音を懐かしみながら歩みを進める。
そして城内に入るが、なぜか屋内は全て消灯していた。
――――だがしかし、確かに人の気配はする。
それも明かりのついていない屋内からで、人のいる感覚に落ち着かずそわそわする露零は真っ先に向かいたいと考えていた二階にある自室を素通りして三階へ上ると感覚全頼りで見事、人のいる部屋を一度で引き当てる。
「誰かいるの??」
まるで停電を思わせる屋内の暗さ。
窓の外から差す月明りだけがほんのりと淡く廊下を照らしてはいるが、少女が開いた障子の先にある部屋には月明かりが届いておらず、少女が部屋を空けるまではまさに暗闇そのものだった。
目を凝らして恐る恐る室内を覗く露零。
するとそこには何があったのか、以前の姿は見る影もなく窶れ、衰弱した伽耶の姿があった。
「お姉ちゃん…なの?」
「……おお、あんたか。いつ帰ってきたん?」
彼女の衰弱具合は語気にも顕著に表れていた。
ほんの僅かに震えているようにも見え、露零は再会の嬉しさを体で表現すると彼女を薄暗い部屋から連れ出す。
そして階下にある自身の部屋に二人揃って戻ってくると何があったのか尋ねる。
「一体何があったの? お姉ちゃんがこんなになっちゃうなんて……」
「実はな――」
想像に難くないメコによって引き起こされただろう天災。
BARに戻ってから改めて聞いた話によると彼女の依代は砦の一人だと言う。
その砦がいる場所というのが國よりもさらに内側の内地、にもかかわらず最も外に位置する未知の領域に彼女が現れた理由を考えれば一目瞭然だ。
事実、予期せぬ災禍に見舞われたと話す姉はまるで台風のようにただ通過するだけで甚大な被害をもたらしたと言い、これまでとは比にならない数の人形に襲撃されたと自嘲交じりに話し始める。
「それだけじゃないんでしょ? お姉ちゃんのことくらい見ればすぐにわかるんだから」
「……素直に喜ばれへんのがもどかしいわ」
そうぼやく彼女は穢れを受けていた。
そんな姉の何とも変わり果てた姿に少女はあることを決心する。




