第五章24話『算段』
一方その頃、独断で一足先に避難した二人はかなりの長距離をノンストップで移動し、追手がいないことを確認すると今も気を失っている四人を横たわらせる。
だがあくまでその半数は敵勢力、万が一を考えた二人は横幅のある川を挟んだ対岸に敵を背負って移動させると彼らとの第二ラウンドは望まないものの、助けた手前、目の行き届く範囲で安静にさせることで身の安全を保障する。
「忍さんありがと。手伝ってくれて」
「その…なんだ。科厄に一発入れられたから多少の憂さは晴らせたってだけだ」
「殴っちゃったの!?? 女の人を??!」
「いや、あいつは……そうか。そうなるな」
そんな相手を助けたという矛盾に嫌気が差した忍は曇りなき眼で感謝を告げる少女に複雑そうな表情を浮かべると思わず目を逸らしてしまう。
そういえば以前も露零に対して似たようなことがあった。
当時も今回も彼に非があるわけではないが、沸点が低い彼は初速が目で追えないだけで時間経過とともに徐々に冷静さを取り戻す傾向にある。
そんな彼の性格を熟知していた露零の里親は一時的ではあるものの、忍をヘッドハンティングしてからこれまでの僅かな間に数々の心理的誘導を仕掛けていた。
そして見事に男性婦人の術中にはまった忍は自覚のないままいつしか絆されていた。
そんな彼の心境の変化に気付いた少女は皆が目を覚ますまでの間、話がしたいと告げるとこれを機に二人は他愛ない雑談をし始める。
「ねぇねぇ、みんなが起きるまで話そうよ。分断された後のこととか聞きたいもん」
(俺としてもすり合わせはしたいとこだが…早いか遅いかの話ならできる奴とは今するべきか)
「……話す分にはいい。だが先に俺の話を聞いてからにしろ」
そうは言ったが、この後に忍が話したのは少女の求めた話題ではなかった。
では彼は一体何を話したのだろうか。
それは彼が今回の作戦に加わる際に引き抜き相手から聞いたある作戦についてだった。
「うん、わかった。忍さんの話が先でいいよ」
「あの時は露零がキーマンだと話したが里は滅者の目的に気付いていた。男性婦人の立てた算段はこうだ」
庇護対象である里子とは違い、協力関係である彼らには全てを話していた。
その彼曰く、本来の作戦は幸滅の祈りを扱える天爛然が対となる技を消失させるというものだった。
しかしそれをするにも問題はあり、代償が確実に幸滅の祈りの消失となるよう、一部の人間は水面下で今も動いていると彼は言う。
「そうだったの??! でもそれじゃあ私に言ってたことって?」
「極力敵を増やしたくはない。他の誰でも可能性は皆無、だが同種になら聞く耳を持つかもしれないと俺は踏んだ」
その時、ふと対岸に目をやった二人は滅者の姿がないことに気付く。
彼らの姿が見えないことに焦る露零と、そんな少女を「落ち着け、追手が近くにいる気配もない。単に目を覚ましただけだろう」と安心材料を並べて落ち着かせる忍。
事のあらましをざっくりとだが聞いた露零は敵らの目覚めの瞬間を見逃したことを残念がっていた。
しかし隣にいる忍は第二ラウンドに突入しなかったことに内心胸を撫で下ろし、彼らなりの有情だろうと少女を諭す。
少女達と滅者とでは回復力の差が顕著に表れていた。
見届けられこそできなかったが新たな争いの火種を生まないための行為は最低限できたはずだ。
よってこれ以上長居する必要のなくなった二人はまだ目覚めそうにもない味方を再び断熱毛布に包むと敵地から一刻も早く脱出しようと歩き出す。
一方その頃、流血しながら今もなお戦闘を継続する滅者は確かに脳天をぶち抜いたはずの魔銃が大して致命傷になっていないことに驚きを隠せないでいた。
この時の天候は雲一つない快晴で、銃弾を喰らったことで並々ならない不快感に襲われたメコは実力を十二分に発揮できる晴天で二人を葬ろうとしていた。
「我を滅したところで溝が深まるだけじゃ。何せこの依代は――」
――――ベシャ。
並々ならない重力がメコを襲う。
しかし膝を折る彼女はそのまま地面にできた人形による水溜まりに溶け込むと自身は身を隠しつつ、無数に発生させた鬼火で二人を取り囲むと幻覚を見せる。
「トップ、もうこんなことやめて喪腐たちと還りましょう?」
「朔夜さんもさ。こっちに来なよ」
死へと誘う幻惑の囁き。
現実世界では身動き一つすることなく、ただ呆然と立ち尽くす二人にメコは狐火を鋭利な槍に変化させると縦並びの二人の腹部を一度で貫く。




