第五章23話『妖銃』
(なに、この嫌な感じ……)
「――――ほう、妖銃とは面白い。受けてやる義理はないが試してみよ」
魔銃の放つ異様なオーラはまさに妖刀ならぬ妖銃と言えるものだった。
それを不幸を振り撒かんとする者が手にすることでその相乗効果は計り知れない。
加勢に入ろうと考えていた露零は魔銃の放つ瘴気に当てられてしまい、安易に身動きを取ることができないでいた。
そしてそれは忍も同様で、しかし彼はメコ相手に魔銃が通用しないと断言すると撤退の算段を立て始める。
「立てるか? あれではメコを絶命させるには至らない。殺生石がないことには俺達が加勢しても多勢に無勢なんだ」
「う、うん。でも……」
「早くしろ! この機を逃したら間違いなく全滅だ!!」
最初こそ加勢つもりだったものの、タイミングを逃した今、もうその選択肢は残されていない。
ならばせめて意識のないメンバーだけでも連れて行こうと提案すると二人は戦闘中の滅者に目を向ける。
「ねっ? 私たちが逃げるならせめてこの人達だけは連れて行ってあげようよ?」
「……なら早く断熱毛布に包め」
「させるわけがなかろうて!」
まるでメコの感情が反映されているかのように、より一層と強くなった雨風。
雨によって次々と生み出される人形が明確な敵意を持って一歩、また一歩と迫ってくると役割をほっぽり出してでも自身が時間を稼がなければと意を決した露零が人形の前に立ちはだかる。
「お、おい。一体何を??!」
「ここは私に任せて忍さんは避難を優先させて! これ以上雨が強くなっちゃう前に!!」
彼の本心的に敵である滅者を助けるなど不本意極まりなかった。
そんな彼の心境を察し、且つ救出を断念しなければならなくなる前に少女は敵陣に突っ込んでいったのだ。
最も憎む相手にその一存を委ねることで間接的に信頼の意を示し、少女の思いを否が応でも汲み取れてしまった忍は迫る猶予の中で時間がないにも関わらず葛藤する。
「みんなをお願い!!」
そんな彼の背中を言葉で押すと内に秘めた青い炎を矢に乗せて打ち放つ。
本来、炎など雨下では瞬く間に消火されるだけに矢を打ち放った少女は早くもその違和感に気付き始める。
(これって……)
しかし多勢に無勢には変わりはなく、弓を引いた状態で矢を召喚することでタイムラグを解消した少女は同時に氷結矢も織り交ぜていく。
すると図らずも雨によって繋がった人形を数体まとめて氷漬けにすることができ、簡易的ではあるものの防壁ができたことで二人は脱出を決行する。
「まてまて、そいつらをどこに連れて行くつもりだ?!!」
「言葉を交わすなと言ったはずだ!!」
言葉がそのまま命に関わるだけあり、自身がデリケートな存在であると重々理解している死旋は語気を強めて朔夜の言葉を遮る。
だがそれがあだとなってしまい、勝ちを確信したメコは狐火を直接埋め込もうと死旋の身体に手を伸ばす。
――――ザシュ。
その時、矢の貫通音と共にメコの腕は氷結し、撤退間際の最後の攻撃に彼女は怒りを露わにする。
直後、まるで音速を想起させるような、それでいてアサシンのような抜き足で隠密裏に背後を取ると死旋はそのまま脳天に銃口を押し当て打ち放つ。
「方針は決まった。お前を餌に集らせるとしよう」
「――――ペラいのう」
鳴り響いた銃声は脳天と同時に天をも裂き、書き換えられた天候は彼女の絶命と共にあるべき晴天へと変化する。
それと同時にきっかけは定かではないが人形も一体を残して液体となって地面に水溜まりを作り始める。
「ついにやったな! それはそうとこいつらどうする? 俺の手で焼いてみるか?」
「それよりサンプルだ。既存個体と雨から生まれた奴との個体差を調べる必要がある」
「ここに定住する前提で話すんな。残弾は? あいつらも気掛かりだ」
「五発だ。向こうは心配ない、ああ見えてタフな連中だ」
この時、死旋はかつて自身が生まれ落ちた風月、その辺境の地で暮らしていた当時の記憶を思い返していた。
言葉による救済が死を意味するだけに今もこうして生きている彼の…いや、彼ら滅者の境遇は言わずもがなだろう。
辿ることの許されない前世で魔獣の瘴気に当てられた野良とは違い、業を背負って生まれ落ちた滅者は不浄の者とはみなされず、それまで國に弾き出されることはなかった。
その時、二人の背後では脳天を貫いたはずのメコが立ち上がり、彼女は未だ気付いていない二人に向かって悪意に染まった手を伸ばす。




