第五章20話『竜と狐』
そして分断されてからまだフォーカスの当たっていない最後の一組、煙巻忍と科厄のいる空間へと場面は移る。
顔を合わせた時からすでにバチバチな二人だが、科厄は喪に服している最中の滅者が愛用していた保護膜マントの複製品を身に纏っていた。
(――断熱素材の羽織り。あれがある限り牢獄炎での火葬は難しいか)
「このマッチアップは滅者たちが決めてるわけ。当然それなりのリサーチと対策は用意してるんですけど」
「チッ!」
そう言って腰に巻いたベルトから取り外したパチンコ玉サイズの爆弾を投げ飛ばす科厄の攻撃の一つが直撃する。
以前、仲間内で釘の貫通力を上げたいと依頼があった際、もののついでに自身の愛用する爆弾にも改良を施していたのだ。
しかしそんな敵側の事情を知らない忍は回避できる場面にもかかわらず、得意分野と見るや一歩も引くことなく全身で爆発を受け止める。
見た目に似合わず思いのほか大規模な爆発によって発生した黒煙が空気中に留まる中、残留する黒煙の中から伸びた手が科厄を掴む。
その手は的確に彼女の首根っこを掴んでいて、にもかかわらず決して表情を崩さない科厄に対して忍は無表情で呟く。
「贖え」
「その言葉そっくりそのまま返してやるんですけど」
直後、事前に仕掛けていた地雷が二人の足元を中心に連鎖爆発し、間一髪で掴む腕を蹴り払った科厄は飛び退き距離を取ると爆発に巻き込まれないよう保護膜マントに身を包む。
この時、超至近距離で爆発に巻き込まれたものの、忍に大したダメージはなかった。
しかし不敵な笑みを浮かべる科厄は自身の爆薬に施したある仕掛けに絶対的な自信を持っていた。
「もうちょっと手応えあると思ったけど安上がりなのはあいつと変わらないわけ」
「うっ、お前…一体何をした??」
「耳に響くからやめて欲しいわけ。怒り慣れた人間が一番面倒なんですけど」
創作とはまた違うが現状に甘んじた受け身の人間とは違い、自らが生み出す側になろうと考える彼女にとって頭ごなしな否定や前例に基づいた判断は最も嫌悪する行為だ。
特に後者に関しては既存のものを判断基準とする場合がほとんどだろう。
さらにその特殊な出自も相まって極度の人間不信に陥った科厄は個人的なお礼参りも含まれていることをそれとなく匂わせる発言をする。
「荒寥が知れる下衆っぷりで心底安心したわけ。ここから先は私の一方的な暴食にしてやるんですけど」
「なぜ片田舎の伝統競技を知っている? まさか滅者?!!」
「御明察、それこそ野良と滅者の決定的な違いなわけ」
――――ドサッ。
爆薬に仕込まれていたのは何も火薬だけではない。
パチンコ玉サイズの爆薬には固形塩素を砕いた粉末を、予め仕掛けていた地雷には粉末酸素を仕込んでいたのだ。
自身の体調に異変を感じて以降、口元を押さえていた忍だったが敵が懐に忍ばせていた水をぶちまけたことで塩素ガスが発生し、彼は一瞬のうちに意識を失ってしまう。
「後はこれが消えるのを待つだけ――」
「ふふっ、他人の敷地内で何をしているのかしら? 積乱煙が必要みたいね」
(ん?)
(何だ??)
(これって…もしかしてまこもさんなの??!)
――――カラン。
缶の転がるような音が小さく響き、かと思えば次の瞬間には四つの空間内は見る見るうちに立ち込める黒煙に包まれる。
外に目を向ける間もなく充満する黒煙、しかもそれはただの煙ではなかった。
積乱雲と同質の煙、故に煙内では常に電気が走り、密室空間に今いる八人は突如として発生した電撃によって予期せぬ大ダメージを受けていた。
※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
時は少し遡り、外では砦の一人、メリュウの姿をした何者かが統率力のない人形を指揮し骸骨軍団を徐々に押し返し始めていた。
その様子に骸骨軍団を指揮する女性、黒骸臼は話には聞いていた砦がこの場に一人でいるのは絶対におかしいと考えるや探りを入れる。
(まだこの子たち土に還すのは早すぎる…ならまずは)
「滅者に肩入れするなんて一体どういうつもりなの?」
「違う違うわ痴れ者が。我が与したのは神と呼ばれる者ら。そなた、我を誰と心得る?」
「貴女、メリュウでしょ?」
「不十分。我はメコ、狐の混血種にして人を化かす人類の上位種なり。加えてこの肉体を手にしたことで天候は我が意のまま」




