第五章19話『合流』
この時、外には無数の人形が集っていた。
敵の敵は味方ではないが、この状況を織り込み済みかそうでないかで話は全く変わってくる。
故に想定外の状況にこの密室空間が解除される条件、人形が屯する外に放り出されればどうなるのかを否が応でも考えてしまった露零は思わず攻撃の手を緩めてしまい、その隙を見逃さなかった死懍は改良した釘を投げ飛ばして反撃に打って出る。
「浅慮な思慮深さは弱点でしかない」
「きゃっ!!」
動揺を誘われたことで感覚が鈍り、的確に投げ飛ばされた二本の釘が少女の身体を掠める。
その箇所は矢を弾く右手の甲、そして前方に出された左足のふくらはぎ部分だ。
掠めた個所からはほんのわずかだが血飛沫が飛び散り、さらに落とした弓を釘で弾き飛ばすと少女の成長速度に感心しつつもその効率の悪さに教育者のダメ出しをし始める。
「誰に習ったのか知らないが滅者はこの程度で収まる器じゃないはずだ。同胞なら秘めたポテンシャルを十二分に開花させることができる。いい加減利口になれ」
「……っ!」
自身が力及ばずなばかりに手塩にかけて育ててくれた皆の顔に泥を塗ってしまっている現状に俯き絶望する露零。
その様子を静かに見下ろす死懍は目の前の少女を含めて自身に流れ込む負の感情に一人酔いしれていた。
だがその時、外からド派手な物音が聞こえたことで傾いた戦況は一変する。
「なんだ??!」
(臼さんいつの間に来てたの?? そっか、みんな戦ってるんだもん。私だって――!!)
この時、二人の視界に飛び込んできた光景は外に屯する人形と交戦する無数の骸骨の姿だった。
その骸骨たちの指揮を執る人物の名を脳内で呟いた露零は乱戦の中で何故か自身の相棒である愛猫、ましろんを両の腕で抱きかかえた間微の姿を確認する。
一足先に店を飛び出した彼がどうしてこの場にいるのか、戦えるのかという疑問はあるものの、必死に戦う味方に触発された少女は口撃によって生じた疑念を首を振ることで無理やり振り払うと召喚術で弾き飛ばされた弓を瞬時に手元に召喚する。
そして距離を取りつつ再び矢をつがえると勝負はまだこれからだと言わんばかりに二人の戦いは第二ラウンドへと突入する。
一方その頃、同じく外部の変化に気付いた南風詩音は砦直伝の柔軟性、そして脚力に長けた体術で敵の攻撃を往なし続けていた。
彼に限った話ではないが事前情報として、彼女が今相手をする敵の特徴も四人の間で共有されている。
故に頭部を鷲掴もうとする敵の手を払い除けつつ懐に潜ると強烈な蹴りをお見舞いする。
「因幡流、脱兎蹴来!」
「なんだそりゃ? そんなで蹴り崩せるほど朔夜は貧弱じゃねぇんだよ!」
腹部にクリーンヒットしたかに思えた彼女の蹴りは鷲掴むことに特化した人並み以上に大きな手によって防がれていた。
そのまま返しの攻撃で蹴り入れた脚を掴むと力のままに投げ飛ばすとすかさず追撃することで再度頭部を鷲掴もうと手を伸ばす。
(ヒットアンドアウェイに徹するつもりが迂闊だったでござる。あの手だけは何としても――)
「放火ほど楽しい瞬間はない。終わりだ」
頭部を鷲掴もうと伸ばされたその手が触れる刹那、受け身を取れず壁に衝突した彼女の脳裏にある記憶が蘇る。
それはまだ砦が離反する前の出来事だった。
兎のみが住むという幻の秘境、因幡。
少なくとも辿ることの許されている上三世代では誰一人として足を踏み入れたことがないその秘境に初めて足を踏み入れた人物こそ人間とうさぎの混血種である砦だ。
発見に至るきっかけは彼がうさぎを使役するという点にある。
その後、まだ生後間もない南風を引き取った砦は因幡こそ子育て環境に最も適していると判断し、度々足を運んでは彼女に稽古をつけていた。
(うさぎと人間の身体の構造が違うのはこれまで嫌というほど実感してきたでござる)
「それでも拙者は諦めたくはないでござる! 因幡流、空脚蹴り!!」
本来、人間はどの部位をとっても力を二重に重ね掛けすることは不可能とされている。
人体には限度がある以上、加速装置でも装着しない限り脚部の発達した動物のようにはいかないものだ。
しかしそれを理由にはしたくないというのが南風の考えだった。
混血種にして同様の脚力を有する砦に指示を仰ぎ、百聞は一見に如かず、故に必ずできると鍛錬に鍛錬を重ねた努力がついに実を結び、彼女はこの土壇場で空中で加速する二連蹴りをものにする。




