第五章18話『心理戦』
音階による敵の分断作戦によって、最後の一人を待たずして切られた火蓋にばらけた露零陣営は混乱していた。
しかし即座に戦闘モードに切り替えた面々は置かれた状況を瞬時に理解すると露零同様に激しい戦闘を繰り広げる。
そのマッチアップは弓波露零VS四速の死懍から始まり、他に三組存在する。
二組目は南風詩音VS日蝕の朔夜。
三組目は煙巻忍VS副長、科厄。
そして最後のマッチアップは通称、里VS敵将、死旋だ。
図らずも同時に展開された両者の戦闘はどの空間でも一対一のガチンコ勝負となっている。
そんな中、敵将と相対する里は大多数がイメージするだろう力とは別ベクトルの心理戦を仕掛けていた。
「お互い迂闊だったわねぇ。せっかくだもの、少し話さないかしらぁ?」
「――必要ない。音圧、均し太鼓」
そう言うや否や、ノータイムで重力攻撃を仕掛けた死旋だったが生まれ持った強靭な足腰で膝を折ることなく態勢を維持する里は心室に居住む鬼火を呼び出すと敵を中心にサークル状の炎を展開し、閉じ込めることで反撃する。
音にまつわる力を有する死旋にとって、不整脈の男性婦人は天敵に他ならない。
心音盗聴という彼の心内を読む術が通じないことで男性婦人の力量を見誤り、一見優位を取ったかのように思えた死旋の分断作戦は図らずも自身の作りだした密室空間に足元を掬われる形となってしまう。
「重力と密室火災、我慢比べは得策じゃないわよぉ?」
「………………」
並々ならない殺気を帯びた視線を向ける死旋。
そして場面は再び弓波露零のいる空間へと移り、同様の他空間から恐怖の供給を受ける死懍は身体が暖まるまでのウォーミングアップがてら、回避に徹していたが計四つの空間で生じた恐怖が一定の割り合いを超えたことでトップスピードを出すに至る。
「さも当然のようにぬるま湯に浸った日常を享受していたから己を律することができないのだろう? 無知に埋もれた死罪を今こそ払う時だと思わないか?」
「そこまで言うなら教えてよ。私たちがしたこと全部!!」
「――――教えてやる。救済措置だろうと滅者なことに変わりはないからな」
露零の傾聴しようという姿勢に彼は苛立ちにも似た感情を覚えるも上三世代を辿ることしか許されず、それ以上を遡ることは國の垣根を超えた社会問題に発展するということを彼は把握している。
しかし過去、伽羅守まこものと会話で判明した彼女が広義で滅者であること。
あらゆる生命の生みの親たる古代樹に回帰しない不浄の魂ゆえに何十、何百もの死を経験している彼女がその事実をひた隠しにして生きてきたという背景を知らない少女はすでに片足を突っ込んでいた禁忌にもう一方の足も入れ始める。
誰の介入もあり得ない密室空間だからか、あるいは四倍速というトップギアに到達した余裕からか流暢に話始めた死懍がまず最初に口にしたのは今も滅者が増え続けているという衝撃の事実だった。
使用後、必ずしも人が誕生するというわけではないが天爛然の間で代々継承される幸滅の祈り呼ばれる禁術が存在する。
その詳細は望んだものが現実のものとなる代わりに願いに見合った相応の代償が伴うというもの。
だがその際に生じる支払いは必ずしも本人である必要がなく、この有為に生きとし生ける生命からランダムで徴収されるのだという。
天爛然にしかできない禁術だがそれで人が誕生する以上、発動者を親と呼んでも何ら不自然はないだろう。
自身を含めた滅者は生みの親の存在を感覚的に感じ取ることができると明かし、滅者の標的が生みの親たる初代天爛然だと告げる。
同時に正規の段階を踏まずして彼ら滅者の目標その一つ、対の存在として誕生した幸者となった少女を是が非でも手中に収めたいとも彼を含めた滅者は考えていた。
そのため少女の与する人間社会における重罪を犯させることで社会的抹殺、及び居場所を追われるように仕向ける。
頭の回転まで四倍速となった彼の頭脳戦に終始翻弄される露零は最後のダメ押しとも言える被害者加害者すり替わり理論に完全に心を揺さぶられていた。
その間にも盤外では現在進行形で着々と外堀が埋まりつつあり、二人が今いる密室空間を取り囲む多数の人影に口角を上げた死懍は勝負ありだと確信する。
(みんな言ってた、私が作戦の要なんだって。だったら私は滅者達を――――)
「識爛然の身柄は手中にある。対のお前が俺達に付けばより解析が進むとは思わないか? 結果、それがお前の望みにも繋がるはずだ」
「わた…しは……」
「――――鈍いな。外を見てみろ、詰みだ」




