第五章11話『感染者』
「来たの私だからそんなにかしこまらなくて大丈夫だよ」
「な~んだ、露零殿でござるか。拙者今、外出制限がかけられているんでござるよ」
「それって門限みたいなの?」
門限とは若年層、それも未成年に設ける場合が多いだろう。
しかし帰宅時間の指定とは異なり、南風が言い渡された外出制限とは主に日中を指す。
故に大人のレディーの象徴だと得意げに主張する彼女は外出許可の下りる日没まで城内で談笑して過ごそうと提案する。
その提案に乗った露零は天才詩人である彼女に新居の同居人と打ち解けるための相談をしようと考えていた。
その後、城内の一室に案内された少女は今現在、里の営むBARに身を寄せていること、男性婦人とは別に不愛想な同居人がいて距離を感じると自身の悩みを打ち明ける。
すると南風は自作の詩、その一文を抜粋して少女に伝える。
「――なるほど。そんな露零殿には『だって私は優良物件、あたい千金なんだから』という言葉を贈るでござるよ」
「わぁ~。なんだか元気が出てくる感じする! それってどういう意味なの?」
(書き手が解説するのは武士道、いや、書道に反するでござるよな)
それは彼女が持つ詩人としての矜持と言っても過言ではなかった。
そしてそれはまた、広義で書き手の思考も含んでいる。
故に読み手である露零に自身の書いた言葉以上の情報を彼女が公開することはなかった。
それから時は南風の外出可能時間となる日没まで流れ、城を後にした二人は里の営むBARに向かう前にある場所に立ち寄っていた。
その場所とは流行り病の治療場所として一般開放された大浴場だ。
日中の談笑の中で彼女は迂闊にも流行り病にかかってしまったとカミングアウトすると病状緩和のために続けている月光浴を今夜もしたいと話していた。
大浴場は流行り病の影響もあって連日連夜の盛況ぶりで順番待ちの末、やっと中に入ることができた二人。
入場料の支払いの際に値札のついた、籠に乗った温泉卵に気付いた露零はそれをまじまじと眺め、その様子に気付いた南風は購入可能だと言った上で入浴が先だと説明する。
「温泉卵もいいでござるがこの國は美化条例が徹底してるからどこでも蛍の放し飼いができるんでござるよ。ささ、のぼせない程度に蛍の湯を満喫するでござるよ~」
「わわっ、押さないでってば」
その後、大浴場に出た二人は月光浴を存分に満喫しながら雑談を交わす。
最初に話題を持ち出したのは南風で、内容はまたも少女の近況についてだった。
同居者と打ち解けられないと言っていた友人の力になりたいと考えていた彼女はサプライズが効果的だと助言すると里については自身が知っていると得意げに話し、目的地までの道中にある店に寄らないかと提案する。
その話を聞き、言われなければこちらから切り出そうと考えていただけに彼女の提案を快諾した露零はその後もしばらく入浴を続けるも、ぼせそうだと告げると一人で先に上がってしまう。
本来、露零は体質もあって水風呂派ののぼせやすい人間だった。
のぼせやすい体質というのは一定数いるだろうが水風呂を好き好んでいるのはさらに少数派と言えるだろう。
一足先に浴場を出た露零は飲食スペースにて同伴者を待っている間、先程目に留まった温泉卵を購入すると頬袋を持つ小動物のように頬張って食べ始める。
「すごく空いてる。みんな温泉でまったりしてるのかな」
(はむっ! 初めて食べる不思議な食感、味があるわけじゃないのに病みつきになるこの感じ)
湯上り直後の濡れた髪が少女のリアクションでなびく様はどこか色っぽく、また、見る人が見ればわかるリピーターとなりやすい人物の特徴でもあった。
故に商売魂に火のついた従業員に目を付けられてしまうも長時間待たせることを申し訳なく思ったのか早々に出てきた南風。
飲食スペースに出てきた彼女に気付いた露零はその名を呼ぶと、少女に目を付けていた従業員は連れの知名度の高さに人は見かけによらないのだと内心動揺しながらも仕事に戻る。
「未遂だし大丈夫…だよな?」
「何が未遂なんだ?」
心の声が無意識のうちに口をついて出ていた。
だけならまだしも運悪く近くにいた上司に聞かれてしまい、弁明の余地がないと観念した彼は腹の内全てをさらけ出すと必死に何度も謝罪する。
「前職が何か知らないし聞く気もないが温泉業で売り込みなんて聞いたことないからやめときな。今日が初出勤だし未遂らしいから今回だけは大目に見てやる」
そんなことになっている間に温泉卵を完食し、早々に退店した二人は本来の目的地に向けて移動を開始していた。
道中、少女はピンポイントで敵襲に遭ったことで本来の光景を見れなかった『月彩庭園』が未だ自身の行ってみたいリストに入っていることをさり気なく伝えると復旧の目途は立っているかと南風に問う。
その問いに彼女はもうすでに復旧していると答えると集客用に新たな品種が交配されたと言い、いつか三人で見に来て欲しいと地元愛を熱弁する。
「そういえば里さんがそんなこと言ってた気がする! もう見ちゃってたりするのかな?」
「さぁ、それはどうでござるかな」




