第五章8話『同居者』
「里さんが待ってるの、貴方に時間はかけてられないからごめんね」
哀れみのこもった冷たい眼差しでそう呟く露零。
警鐘が鳴り響いた時点で十一時を回った頃だっただけに時刻はもうすぐ正午を迎える。
その視線の先には無数に張り巡らされた過冷却状態の矢の束に接触したことで凍り付き、身動きの取れない人形の姿があった。
トラップを仕掛けてからの両者の攻防は一方的だった。
体格の問題もあるがどこまで行っても傀儡止まりの人形の動きはぎこちない。
対する少女は小柄故に小回りを利かせて翻弄し、召喚したクナイでトラップに接触するよう押し出すことで現在の状況を作り出すに至った。
少女はそんな人形にさらに召喚した冷気を帯びた矢を手でそっと打ち込むと全身凍り付く人形に背を向け静かに立ち去る。
「みんな~! こっちは終わったよ。そっちはどう?」
「こいつが最後の一体、だっ!」
そう言って刀で一刀両断、真っ二つに切られた人形は液体状となって地面に水溜まりを作り、脅威を退けた滝行メンバーは少女を除いて全員揃ってその場で足を折る。
その時、避難先に現れた同様の敵を片付け急ぎ駆け付けた伽耶が合流し、昨日の会話で露零の予定を把握している彼女は遅れたことを詫びると後のことは引き受けると告げ一足先に少女を送り出す。
「遅うなってごめんな。それはそうと今日はねえさんのとこ行く予定なんやろ? せやったらあとのことはウチに任せてあんたは早よ行き」
「うん。それでね、私決めたの。ちょっと耳貸してほしいな~って」
そう言って疑問符を浮かべながらも少し屈んで耳を貸す姉にそっと耳打ちする露零。
どんな理由があれ約束をすっぽかすことに変わりはない。
ましてや相手が相手なだけにその影響力は凄まじい。
本人が気にしていなくとも彼女を支持する者による噂の回りは早いものだ。
まさに伽耶の懸念はそこにあった。
しかしそんな彼女の心情など露知らぬ少女は単純にすっぽかすという行為に抵抗があり、急いで合流場所として指定された昨夜焼け落ちたBARを目指して移動する。
(そう言えばあの子、里さんの話も聞かずにいきなりお店を燃やしちゃったんだよね。どうなっちゃうんだろ? ううん、それよりも里さんの方が心配だよ)
もしかすれば昨夜、店を失った彼女は野営したのかもしれない。
一緒に来るか一応は尋ね、その上で断ったのは彼女だがそれでも少女の中で心配は尽きなかった。
そんなことを考えながらも足を進め続けているといつの間にか到着していた目的地。
そこには驚きの光景が広がっていた。
「どういうこと?! お店が元通りになってる!!」
そう、わずか一日足らずで里の営むBARは完全に再建されていた。
その様子に以前と変わらぬ外観を見上げる少女はしばらくその場でフリーズするも、店内から聞こえてくる騒音によってだんだん少女の意識は引き戻される。
店内から聞こえてくる騒音は想像以上に大きく、意識が戻るにつれて気圧されていた少女だったが立地も以前と変わっていないことに意を決して店内に飛び込む。
「いらっしゃい。ってあらぁ、露零じゃない。来てくれたのねぇ」
「よかった~。やっぱり里さんのお店だったんだぁ」
緊張の糸が解けた少女の口調は崩れていた。
間違いではないことにほっと一息対句と視線だけで店内をぐるりと一周し、少女はさらに驚きの光景を目の当たりにする。
その光景とは昨日店を燃やした張本人、彼が店内にいることだった。
声、容姿ともに中性的な彼は体格のいい大人複数人に取り囲まれながら、この店のオーナーである里がどういう人物なのか、また彼女の魅力を熱弁されていた。
傍から見ても感じる暑苦しさに当の本人も辟易している様子で彼は終始そっぽを向いている。
その様子に思わず泣き言を漏らすお客をなだめると里は追加でカクテルを提供する。
「やっぱり俺じゃねえさんの魅力を伝えきれねぇよぉ、うう」
「店を建て直してくれただけで十分よぉ。今日はお好きなだけ飲んでいってちょうだい」
「むしろこっちの方がお代は結構って感じなんだよなぁ。ねえさんが沈静化させてくれなきゃウチは間違いなく経営破綻してたんだ」
「そう言えばこのお店って一晩で立て直したんだよね?」
「おうともよ」
そんな彼ら彼女らのやり取りを見てあることを考えた少女は自身も率先して彼らの話に加わっていく。
その様子にオーナーに泣きついていた男性は変わりに少年と話してくれないかと提案し、昨夜の出来事の当事者である里は不安を零すとカウンターから出て二人の横に付き同席する。
「……」
「バツが悪そうだけれど私はなにも怒っていないのよぉ。あくまで私は……ね」
そう言って再建に携わった面々に目を向ける里。
しかしその意味が理解できていない様子の少年を前に彼女は考えを改めるとお客に「ごめんなさい」と伝えた上で再建してくれたことへの感謝を告げる。
「…………ごめんなさい」
数秒遅れで、しかし確かに聞こえた少年の言葉。
その言葉がきっかけで伝播した笑顔は聞き手の心にゆとりを与え、筋骨隆々な男性陣は「もうすんなよ」と言って退けると少年の頭をわしゃわしゃする。
「そう言えばまだ答えてもらっていないわよねぇ? 私の里子にならないかしらぁ?」
「……俺には帰る場所も、行く場所もない」
「でもこの店には帰ってきてくれたでしょう?」
「そうなの? 実は私もこれからはここで暮らそうと思ってるんだ~。一緒だねっ♪」
少女の衝撃のカミングアウトに居合わせたお客の全員が嫉妬に狂い、そんな店内の様子に名も分からぬ少年はほんの少し絆されるとしばらくの沈黙の末、里子になることを承諾し、軽い自己紹介をし始める。




