第五章2話『命の代償』
「ちょっと待つでござる! まだ里子の話も未知の領域に現れた新手の話もしてないでござるよ」
「順を追って話すから何も心配いらないわぁ。それに詩ちゃんが今言ったこと、御爛然にはもう伝えてあるのよぉ」
「私は聞いてないけどね」
「そもそも天空都市にいれば敵襲なんてそうそうないだろう?」
今回、わざわざ各國のトップ、あるいはその従者に招集をかけたのには訳がある。
参加した面々の立場や役職は皆バラバラだが万物の申し子を討伐してからこの数か月間に起こった出来事を共有するためであり、里は残る共有必須事項についても割れ物注意を扱うかの如く、一つ一つ丁寧に説明し始める。
一つ、すでに共有済みだが各國に蔓延した流行り病の病名、及び病状と里を始めとした國民達の初動について。
二つ、上記の流行り病が人獣共通感染症と呼ばれるものであったこと。
そのことに気付いたものの、里が対策を講じるよりも先に感染した動物を國民が勝手に殺処分したことがかつてないほど砦の逆鱗に触れ、彼ら彼女らを離反させるに至ったこと。
三つ、現在、朱爛然と碧爛然に加え、碧爛然が従者候補として見込んだ通称『都の鎌鼬』と呼ばれる小悪党と他三人を引き連れて相当数にのぼる捕虜の解放を目的として禍都に進行しているということ。
四つ、風月メンバーが中心に調査した土地、未知の領域にこれまでも存在した未知なる生命体が万物の申し子の死亡と同時に地上に位置する三カ國に侵略を開始したこと。
そしてその生命体は『PCM素材』と『形状記憶』を掛け合わせたかような特異体質で、半永久的な敵となったことを里はこの場で断言する。
五つ、その未知の領域から重症を負った一人の少年を保護し、現在はこの店の奥の部屋で治療を施している最中だということ。
「私が里親になることに身内からの文句は出ないと思うけどぉ…もしもの時は引き取り手になってくれないかしらぁ?」
「私は別に構わないわよ」
「御影殿は難しそうでござるな。既に四人の面倒を見てるでござるし」
「燦なら二つ返事で許可しそうなものだが記憶が戻らないことには保証できない。その話はどうなった?」
主君の記憶を戻すべく、従者なりに手は尽くしているものの記憶が回復する見込みは一向になく、止め役だった砦も離反したことで最早一縷の望みに縋るほかないところまで荒寥は追い詰められていた。
故に酔は味方陣営で唯一と言っていい、滅者とコンタクトを取れる貴重な人物に恥を忍ぶと頭を下げて頼み込む。
その様子を見ていた里を除く三人は驚きが隠せない様子で成り行きを優しく見守っていて、頭を下げた先にいる里は申し訳なさそうにしながらも彼の誠意に最大限答える形で一切を包み隠さず実情をありのままに説明する。
「私も力になってあげたいのは山々なんだけど最近連絡が取れないのよねぇ。奇襲組の立ち回り次第じゃやりようがなくもないんだけどぉ……」
※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
一方その頃、捕虜の解放を目的とした風月メンバーを主体とした奇襲組は敵の建国した『禍都』を目指して歩いていた中、道中でかつての仲間と対峙する。
その人物とは砦という肩書でつい最近まで上司と部下との関係にあった混血種。
奇襲組の前に立ちはだかったのはその砦の中でも最も好戦的な獣部分が色濃く出ている二人、カシュアとオヌだった。
鬼門が外開きに開いたような緊張感、蛇のようにまとわりつく視線に都の鎌鼬とこれまた初期に反旗を翻した野良の三人は後者が持つ『痲眼』によって全身が硬直していた。
しかし立ちはだかる二人の興味が伸び代こそあれど未成熟な雑魚に向けられることは決してなく、二人の視線を一身に浴びた朱爛然こと朱珠燦は記憶がないながらも口角を上げると風月組組に先に進むよう指示を出す。
「ちょうどいい、こいつら二人はあたしがもらうぜ。お前ら邪魔だからとっとと失せな」
「上は見えるが下は見えねぇの、ここが地獄だと錯覚するよな鬼火」
「時に聞くがのう、おぬし。亡蛇も鬼火となっておるのか?」
「ああ、なってんぜ。鬼火らもテメェをこの手で殺してやりてェと派手に闘志を燃やしてやがる」
砦オヌの使役する鬼火の火力、出力は大きく分けて四段階ある。
通常は四段階中、下二つが大半を占めているのだが並々ならない怨嗟の感情を抱いて亡くなった場合、且つその感情の矛先である人物に対しては数値化できない力を発揮するという性質がある。
「あたしを恨むんなら好きにしな。私怨こそ人に深みを与えるってもんだ。諦めつく奴ってのはその程度の存在としか思ってねぇんだからよ」




