第四章53話『親離れ』
個々の強みを遺憾なく発揮しても、どれだけ足並みを揃えた連携攻撃を仕掛けようと一向に崩れる様子のない万物の申し子。
生まれ落ちたその瞬間から与える側に居続けた彼が最初で最後に初めて他者から与えられたもの。
それは『選択権』だ。
いや、だったと表現する方が正しいだろうか。
本来、万物の申し子は伽耶による胴体損傷で肉体はとうに限界を迎えていた。
そのまま自らの運命を受け入れられたのならどれほどよかっただろうか。
しかし現段階でそれを言い切ってしまうというのはあまりにも早計のように思える。
「――――我を神などと持ち上げてくれるな。どれだけ神格化されようと我はただの人間一人」
「それは御神木で通っている僕が上だと認めたようなものだよね」
人間というものは必ずしも生に執着しなければならない存在なのだろうか。
反対に自身の意思以外で死へと追いやられることがあっていいのだろうか。
そんな入りから長らくこの世界の地で眠りに就いていた彼はこれまでに見聞きした人間という歪な存在について考える。
(一度きりの人生故に後悔のない生き様を? 迷惑千万この上ない。せめぎ合う密室デスマッチ、死令全う報われぬ)
「其方も植物人間ならばわかるはずだ。他者の要素が人を形作るのだと。名とは番号、其方らのように自身で決められたのなら我も割り切れた」
「ガタが来てるんじゃない? だんだん支離滅裂してきたね。あと一押しってとこかな」
「油断してんな!」
「言われなくてもわかってるよ」
基本、物事にはノウハウやマニュアルなどがその歴史に比例して確立されていくものだろう。
しかし一部の病状がそうであるように明確な判断基準のない場合、担当医のさじ加減一つで左右されることは多々ある。
そしてそこには発言者の実体験や主観が多分に含まれているものだ。
「……っ!!」
――――ガクン。
何かに躓き、ふくらはぎ付近に激痛が走ったことで動きを止め痛みの伴う箇所に視線を落とした万物の申し子は鎌で切られ出血していることに気付く。
(これは…うねか??!)
「まさか忘れたわけじゃないよね? 僕の負担を共有するって話」
足止めされたことで退路を断たれた万物の申し子は藍爛然の発生させた水球に飲まれ、長期に渡る他人の悪意に晒され続けた彼は水球を介して彼女の力と共鳴する。
「ウチの水は植物人間と相性ええんやで。それは地空で立証済みやからな」
(我の力とは訳が違う。――――そうか、我の身に宿っているのは今や汚水というわけか)
心身ともに浄化されたように感じた万物の申し子は自身の中に宿る『原初の力』を通じて御爛然との意識内での接触を試みる。
(なにこれ? 頭の中に何かが流れ込んでくる)
その干渉は御爛然が一人、藍爛然の流した涙から誕生した露零にも影響し、少女は自身の脳内に流れてくる当時の光景を映像として見る。
万物の申し子のその出生。
かつての世界には生命なく、草木なく、見渡す限りの大地が広がっていた。
そんな世界に名など無く、どこからともなく芽吹いた植物から万物の申し子は誕生した。
よってその種族は下半身を植物上に変化させ、大地から養分を吸収することが可能な『植物人間』に分類される。
彼には生命の礎を築くだけの身の丈以上の力が与えられた。
その彼は五指から光り輝く液体を滴らせると傍観者である少女へと向けて腕を振るい飛ばし、動揺で思わず現実に引き戻された少女は藍爛然に名を呼ばれる。
「露零! 今がチャンスや!!」
姉の言葉に託された矢を手に万物の申し子に目を向けた少女はその光景に一瞬胸を痛める。
その瞬間、自身の心に波紋が広がるような感覚を覚え、得体の知れない『何か』に湧き水の如く鼓舞された少女は宝玉を削って矢尻につけた『最終兵器』を打ち放つ。
――――ズシャ。
生々しい貫通音が響き渡る。
今度こそ万物の申し子の息の根は完全に止まり、彼の死を見届けた御爛然の面々は最後の記憶共有に対する見解をそれぞれが口にする。
「あんたは何も悪くない。ただ、ウチらが気付いてしもうただけなんや」
「チッ、過去に囚われた奴にかける言葉なんざねぇ。あたしに記憶なんてねぇんだからな」
「そういう話じゃないのよ。これで死者は蘇らない、私達をよく思わない人間も出てくるでしょうね」
「反旗を翻すなら断罪すればいいだけだよ。それより問題は――」
「外界からの侵略者、統治する者が不在となれば外界神が黙っていない。これからの奴らの干渉は滅者程度では済まない」




