第四章52話『禁断と猛毒』
現在、万物の申し子は脳内領域でとある人物と邂逅していた。
「我が子らに空白期間を理解しろとは言わない。真偽など今更知って何になる? なら我は…我だけは……」
広義で彼の子にあたるこの世界の住人達。
そんな彼ら彼女らの知る万物の申し子にまつわる伝承、その所出は一体どこだというだろうのか。
当事者である彼は巷に蔓延る誤情報を訂正しつつ、当時の出来事を振り返ると現実世界では意識がないながらも胴体を割り抉られた彼は植物人間のなせる技なのか、木の根状に変形させた五指で縫合し始める。
「あれは一体何しとるんや?」
「さぁ、でも嫌な予感しかしないわ。早くとどめを刺したほうがよさそうね」
まず前提として、巷で言われている万物の申し子について現代人の認識をおさらいしよう。
万物の申し子とはこの世界、有為天変地異に最初に産み落とされた人物とされている。
そして彼が創ったとされる創造物の一つに転命創始樹、今では古代樹と呼ばれているものがある。
その創造には創造主である万物の申し子が持って生まれた強大な力を注ぎ、同時に彼は現世にも同様の力を置き土産として残して眠りに就いたと言われている。
その力こそ御爛然を御爛然たらしめる力の象徴、原初の力と呼ばれるもので、その他大勢が産み落とされた際に母体から受け継いだ微弱な力とは一線を画している。
これが現代人の共通認識でそこに間違いは一つもない。
だがしかし、これが全てだということでは決してない。
――――人柱。
何かを注ぐには器となるものが必要不可欠なものだろう。
それは形あるもの且つ受け皿としての性質が必須条件だ。
空洞であること、負荷に耐えられるだけの常人ならざる耐久度、その他諸々を全て考慮した上で万物の申し子が選んだのは彼に次ぐ第二の生命体だった。
見極め期間という名の猶予。
日増しに増える交流に二人の距離は急速に縮まり、世界にたった二人だけという夢のような一時を体感数秒で過ごした彼ら彼女らは幸せの絶頂期にもかかわらず、その身を以て子孫繁栄の礎を築くという選択をした。
しかし必ずしも子が親の考えに沿う、気持ちを汲むとは限らない。
順風満帆だった当時の記憶を思い返しながら自身の愚かさにほとほと呆れ、絶望する彼をまるで慰めるかのように四季折々の花弁を散らすのは目の前に植えられたほんの数メートル程度に縮小された転命創始樹。
(これが風の噂で耳にした走馬灯というものか)
自身の死期を悟りゆっくりと瞼を閉じ逝く万物の申し子。
しかしそんな彼に得体の知れない第三者が待ったを掛ける。
突如、転命創始樹の前に現れた黒いシルエットは魔女を彷彿とさせる衣服を身に纏った干渉者。
その人物は四季折々の花弁を散らす中でいつの間にか転命創始樹が実らせていた林檎のような果実をもぎ取り手にすると、薄ら笑いを浮かべながら万物の申し子に向かって一言呟く。
「――――私が力をあげましょう」
「何を言っている?? 其方は誰だ?」
「貴方はそれで満足でもかつての恋人はどうかしら? 二者択一、世界はいつだってそうでしょう」
その人物にはとても言葉では言い表せない不思議な魅力があった。
促されるがままに差し出された林檎に手を伸ばし食した瞬間、現実世界も連動して誰も予期せぬ事態が起こる。
「さっきから一体何なんや? 地空、まだウチらに話してないことあるんとちゃうやろな?」
「さっき話したことで全部さ。今起こっている出来事は僕らが持つ力を掛け合わせた何かしらか…あるいはロストテクノロジー。なら僕達も最終プランに移行しよう」
「そうね。露零、宝玉の欠片を組み込んだ特性の矢があるの。私達全員で全力で隙を作るから止めは貴女に任せるわ」
「うん、わかった!」
オート回避プログラムでも組み込まれているのかと思えるほどの身のこなしで御爛然の猛攻を回避し続けた万物の申し子は身体を修復し終えたのも束の間に理性崩壊したことで見境なく暴れ始め、その代償なのか力が増していることに気付いた一同は短期決着以外の選択肢はないと今一度気を引き締め直す。
そして真っ先に攻撃を仕掛けたのは一國の精鋭部隊に隊長として所属していた経歴を持つ碧爛然だった。
直後、間髪入れずに彼は先代が最強と謳われた所以である『追い風』を吹かせることで味方陣営を鼓舞すると露零を除いた他の面々も一斉攻撃を仕掛けていく。
「――――邪魔だ、退け!」
ドスの利いた声で言い放ち、禁断の毒林檎を食したことによってリミッターの外れた万物の申し子は炎+風の掛け合わせで熱風を発生させると全員もれなく吹き飛ばし、本能の赴くままに古代樹へと向かって彼は移動を開始する。




