第四章51話『本格始動』
凍り付いた胴体を藍爛然によって粉砕されたことで避難先である古代樹に起こった異変に一早く気付いた野良及び滅者。
もうじきここが消滅すること、それが何を意味しているのかを即座に理解するとリーダー格の男性は副長に問う。
「科厄、手筈は整っているな?」
「当然なんですけど。せっかく倒してもらったとこ悪いけど故郷があんなことになってるなんてあいつら夢にも思ってないと思うわけ」
「どうでもいいがそれよか副長、いい加減何を作ったのか俺達にも教えろよ」
こき使うだけこき使い、未だ詳細を話さないことに痺れを切らした朔夜の問いに副長は自作した最高傑作を得意げに滅者に説明する。
だが嬉々として語る彼女の様子に次第に喪腐は表情を曇らせていく。
そんな喪腐に穏やかな、それでいてどこか罪悪感にも似た視線を向けるトップは彼女をリーダーに据えた第二部隊を構成することを密かに考えていた。
一つ、藍爛然の治める國、水鏡に蔓延させた病原菌の名は『解骨』。
その症状は骨が溶けることで感染者の身体は徐々に水風船のような丸みを帯びたフォルムに変形し、最後には跡形もなく爆散するというもの。
一つ、朱爛然の治める國、荒寥に蔓延させた病原菌の名は『狂尽』。
その症状は自制心の喪失、それにより見境なく三日三晩暴れ回り、感染者は大暴れの末に自身の人生も終えるというもの。
一つ、碧爛然が治める國、風月に蔓延させた病原菌の名は『月黄泉』。
その症状は日中と夜間での外出時間、その比率が日中に偏れば即お陀仏となり、感染者は活動時間が大幅に制限されるというもの。
一つ、藤爛然の治める國、紫翠に蔓延させた病原菌の名は『恋忘』。
その症状は仁義を重んじる國にとっては致命的とも言える思い入れが強くなるにつれて記憶が抜け落ちていくというもの。
一つ、天爛然が治める國、白夜に蔓延させた病原菌の名は『可燃皮脂』。
その症状は通常の発汗成分が水なのに対し、発症者の発汗成分は『脂』に変換されるというもの。
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一方その頃、五カ國では徐々に感染者が現れ始めていた。
いつものように日の下を飛行する一人の女性は特段高くもない気温に反した尋常ではない汗の量に額をハンカチで拭いていた。
この時、体調の異変には本人も気付いていた。
故に配達の済んだ彼女が天空都市に帰還しようと高度を上げると突如として彼女の大きく美しい、真っ白な羽は勢いよく燃え上がる。
声にならない断末魔が地上から程離れた上空で響き渡り、一瞬で全身が炎に包まれ火だるまとなった女性はまるで隕石のように落下する。
また別の國では流行り病としてその存在が住民たちに認知され始め、憶測交じりの情報が錯綜していた。
そんな中、表紙に『五大流行り病』と書かれた書物を持って情報屋兼BARを営む男性婦人、里の店に訪れた南風詩音はカプセル書物が機能した旨を伝え一刻を争う状況だと協力を仰ぐ。
「里殿! 里殿~!! 一大事! 一大事でござるよ!!」
「状況は把握してるから大丈夫よぉ。紫翠だけ他と違って記憶障害を引き起こされている。よっぽど私を警戒しているみたいねぇ」
「呑気なこと言ってないで早くこれを見て欲しいでござる。仰殿はこうなることを予見していたんでござるよ」
「どれどれぇ――――」
そう言って南風が開いて見せた前、碧爛然の置き土産には人工ウイルスの生成方法が事細かに記されていた。
里が店を構えるこの國に蔓延した病原菌『恋忘』生成には風月にある観光名所、月彩庭園に自生した勿忘草がベースとなっていること。
水鏡に蔓延した病原菌『解骨』は荒寥で作られる入浴剤の原理が転用されていることなどが五カ國分だ。
そして次のページには対処方が記されてあり、一通り読み込んだ里は今いる國が機能していないと考えるや各國に応援要請を出すと告げ、南風には必要物資をかき集めるように伝えると一度彼女を故郷へ帰す。
「私は人手を集めるわぁ。詩ちゃんは今から言うものを集めてくれるかしらぁ?」
「もちろんでござる!!」
その後、里が集めてくるよう指示したのは新月御影御一行が遠征先で発見し、帰城時に持ち帰っただろう『白色の油分』、『卵』、『お香』、復興時の客寄せとして交配した『薄紫色の勿忘草』と書物に記されていた今現在で判明している四種類の物資の調達を依頼する。
「――――さてと。御爛然が不在の國を守るのは私達、久しぶりに腕が鳴るわぁ」




