第四章48話『総力戦』
増援三人に殺意の乗った哀れみの眼差しを向ける万物の申し子。
真正面から向けられた並々ならない眼に緊張感の走った三者はそれぞれ散開すると露零を抱きかかえた藍爛然は無数の水球を発生させる。
「今日は大雨警報出てるからきいつけや。泡水散布!!」
「汚水、硬水、洪水のトリプルパンチがどれだけ僕の負担になると思ってるんだか…。水はけ悪くなるし発癌物質を吸水するこの感覚、君にも嫌というほど共有してあげるよ」
「永久凍土、灼熱焦土、極楽浄土ならどこに行きてェ? 同じ地獄でも行き先ぐらいは決めさせてやる、よッ!」
「極楽浄土は地獄じゃないんだけどまあいっか。それより誰が選ばれても身を引かないなら最初から言わないで欲しいなぁ」
藍爛然の言葉に続いたのは同じく増援組の藤爛然、そして岩石から自力での脱出を果たした朱爛然だった。
今いる三者なら誰が選ばれるのかという賭けを一人で勝手に行った朱爛然に敵がアンサーを返すことはなく、記憶を失っても健在な相変わらずの戦闘狂だとほとほと呆れ返る他二人は彼女はさておき攻撃に移る。
空気中に含まれる水分をベースに空中に無数の水球を発生させた藍爛然。
疎らに散りばめられたその合間を目にも止まらぬ速さで一文字に突き進み、万物の申し子に急接近すると朱爛然。
彼女は露零が故郷を訪れて以降、幾度とない砦との衝突で経験に実力が追い付きつつあった。
「できてたことができなくなる感覚は言い表せねぇ程もどかしかったぜ。毒黒塒!!」
口から立ち上る黒煙が蛇がとぐろを巻くが如く両腕にまとわりつく。
天掌燁以上の火力に加え、毒性の煙を纏った拳が万物の申し子を襲う。
しかし毒性があるにもかかわらず、一切躊躇せずに拳を打ち合う形で応戦されたことに彼女は驚きの表情を浮かべる。
「――っ?!」
「白呂千歳」
対して応戦する万物の申し子も拳に白煙を纏わせていた。
それは悠久の時を生きたが故の経験から来た即席の技だった。
だが付け焼刃とは思えない程に洗練された彼の技量、力量に押し負けた朱爛然は地面にめり込む程の勢いで殴り飛ばされる。
「まさかあの燦が力負けしたん??! 地空も先輩なんやから闇落ち一歩手前の坊ちゃんに合わせたって」
「――だってさ御影。種族特有の力も再現できるのか見ものだね」
「いや、奴はそれができていた」
「砂上大嵐!!」
休む間もなく立て続けに攻める御爛然の面々。
直情型の味方が先陣切って注意を引き付けている間に宝玉に回帰した『原初の力』を継承した碧爛然と藤爛然による合わせ技が続けて万物の申し子を襲う。
彼にはない力と力を掛け合わせた複合戦術は効果覿面だった。
身動きすることもままならない万物の申し子は密集させた木の根で繭を模すと内部では反撃に転じるための準備を着実に進めていた。
「あんたの立てた作戦やけどあとどれくらいかかるん? このままやとこっちが先に押し切られてまうで」
「範囲は絞るよう言ってあるわ。でもさっきから連絡が取れないのよ」
「――――愚かしい。我を壊すということは『その子』である其方らが築いたものもいずれ壊されるという証明にしかならないというのに」
皮肉を込めた口調で小さく呟いた彼の脳裏には『神』なる者に統治された外界の光景が浮かんでいた。
紛いなりにも神に含まれる彼は自身の管轄領域に『有為天変地異』と命名し、半永久的な寿命の大半を注いで『転命創始樹』を作り出した。
そんな彼にとって子らの行動は環境破壊以外の何物でもない。
だが御爛然には誕生を目前にした雛鳥が何としてでも内側から殻を破ろうとするくらいの気概が感じられた。
ザ――――ッ。
当時の出来事を回想していると感傷に浸る暇も与えないと言わんばかりに藍爛然の技『滝波』によって直上、真下から滝のような、波のような水が彼を襲う。
その攻撃に微動だにこそしない彼だったが顔前にはっつけられた『識』と書かれていた一枚の紙切れは流されてしまい、滅者によるマインドコントロールは完全に解けてしまう。
「わ…れは……」
「なんや? 急に様子が――」




