第四章46話『善し悪し』
――――ドン!!!!
次に鳴り響いた発砲音はまるで砲弾を打ち放ったかのような爆音だった。
突如背後で鳴った爆音に万物の申し子は思わず足を止め、その間にフラッシュ弾で少女を救出することに成功した御影。
一方その頃、荒寥には激しい地鳴りに続き、ド派手な爆音のした未開方面に振り向く朱爛然の姿があった。
同時にそれが合図だと理解した拳を打ち交わしていた砦カシュアは一瞬の隙をついて姿をくらますと珍しく深追いする様子を見せない彼女の興味は外へと向く。
「姉さんの情報をもとに作らせた特注品だ。それはなにも朱爛然を呼び寄せるためだけの代物じゃない」
「たっ、助かった…。御影さんありがと」
「――いい。それより策がある」
御影の狙いは初回に限り応援要請も兼ねていた。
しかし本命は別にあり、音と閃光の二段構えによるヒットアンドアウェイに徹するのがあくまで時間稼ぎ要員だと理解した彼の真の狙いだ。
加えて少女の召喚術があればそれはより盤石なものとなる。
しかしどんな小細工を弄したところで無駄だと言わんばかりに万物の申し子は無言で殺意に満ちた視線を二人に送る。
「……」
「次来るよ!」
「??!」
一早く敵の攻撃に反応した少女は間一髪で飛び退いていた。
しかし反応の遅れた御影には投げ飛ばされた種子が直撃してしまう。
そして回避したと思い込んでいる少女には表面温度を操作することで熱し、乾燥させた『スナバコノキ』を投げつける。
「うっ」
「きゃっ!!」
「――――世界の構造たる我を討つなど浮世絵空事に他ならない」
空中で四方八方に弾けた『スナバコノキ』は少女を容赦なく襲い、種子を植え付けられた御影は次第にバラの棘に心を気付けられるような感覚に襲われる。
藻掻き苦しんだ末に地面に倒れた御影に無表情で目を向けると万物の申し子は翼を持っていないにもかかわらず浮遊し、今度は露零の元へと近付いていく。
「……っ。御影、さん」
「其方らの狙いは何だ? 我はただ、其方らに――」
はっつけられた『識』と書かれた紙切れが目に留まり、少女は無意識に顔付近に手を伸ばしていた。
しかしさっきの攻撃で切り傷を負った少女の手は途中でだらんと垂れてしまい、本能的に触れられることを嫌悪した万物の申し子は避けようと首を傾けるも嫌悪感に思わず少女を投げ飛ばす。
――――ちゃぽん。
小石が水溜まりに投げ入れられるような音に目を開けると少女のそばには愛猫ましろんの姿があった。
近くには水溜まりもあり、急遽駆けつけてくれたのだろう。
思わぬ形で愛猫と合流した少女は首元に真っ白なスカーフが巻かれていることに気付き、万物の申し子は誰の差し金だと思考を巡らせると同時に殺意を募らせる。
「……」
尋常じゃない殺意が顔前に張られている紙切れの下から溢れ出ていて、その様子に鳴き声で威嚇する愛猫ましろん。
鳴き声につられて目を向けると湯気のような殺伐としたオーラをうっすらと感じ取り、少女は御影が立てた作戦の概要を思い返す。
(私は手元に召喚できて、御影さんの國はみんな手元に寄せられる。でも私のは動線がないから――)
「御影さん!!」
御影の立てた作戦はこうだ。
予めフラッシュ弾、及び爆音弾の詳細を聞いたことで少女が召喚するのに必要な情報を共有する。
次に動線を必要としない少女の召喚術で敵の目を忍んで両者均等に所有する。
そして今、少女は味方からくすねたビー玉サイズのフラッシュ弾、及び爆音弾を投げつけると怪我を押して背後を取った御影は手元に寄せる動作を取る。
直後、超至近距離で二種類の弾は爆ぜ、万物の申し子の視覚と聴覚に甚大なダメージを与える。
「ああぁぁぁぁぁぁ!!」
この瞬間、御影は明後日の方向にフラッシュ弾を僅かに早く打ち放っていて、木の影から出て距離を取ったことで手元に寄せた分を寸前で回避していた。
(何だこれは? うね……いや、木の根か?)
その時、万物の申し子が拳を握ると途端に御影は苦しみに顔を歪め、少女の心室に居住いた鬼火は一時的に機能を失う。
苦しむ御影がよろけ、木の根に足を取られて転倒する様を視認した万物の申し子はその様子に口角をほんの僅かに緩めると攻撃対象を少女に定める。
だが万物の申し子の狙いに気付いていない少女は召喚した矢を自身に突き刺すと肉体ごと氷塊化することで敵の攻撃をやり過ごそうと考える。
しかし猶予は三十秒。
その間、少女は呼吸できなければ思考すらもままならない。
唯一氷解することのできる新たなパートナーを封殺された防御形態の少女を敵が攻撃することはなく、本質を見抜いた彼は最も苦痛を伴う方法で少女が息絶えるのを今か今かと無機質に待つ。
――その時、地面を走る炎の線が二人の周囲に円を描くと『とある』人物が万物の申し子に大胆にも宣戦布告し戦いは更に熾烈を極めていく。
「面白れェ奴がいるなァ。そこのお前、次はあたしの相手しな」




