第四章44話『第二のストッパー』
翌夜、一切の足音を立てることなく藍凪を抜け出したシエナは以前下見を行った、人知れず建てられた前任者『メコ』の墓に足を運んでいた。
殺生石で作られた墓石は本来、砦の肩書を持つ混血種には壊せない代物だ。
それは肉体が滅んで尚、現世に留まる不浄の魂を封印し続けるために御爛然が結託して拵えたものだった。
しかし、シエナは長らくの水面下活動によってついに殺生石を壊す術を得たのだ。
彼女は手のひらに肉球を突出させると使役する猫に放たれた攻撃を肉球で吸収、蓄積し続けることで増長した超特大の衝撃波で粉砕しようと手のひらを墓石へと向ける。
「させるかよ!」
「――っ! 相変らずの不作法ですね。色恋に走って逃げたあなたが今更私に何の用です?」
殺意の乗った不機嫌そうな表情を向けた先にいたのは露零の知らせを受けて急遽帰國したのだろう青梗だった。
並々ならぬ力の集約を感じ取った彼は射出されては止める術がないと感じるや抜刀する。
しかし突出した肉球で軽く往なしたシエナを前に説得できるのはもはや自分しかいないと考えると間髪入れずに会話を試み、一方のシエナは当時の出来事を振り返る。
「あんたとの付き合いは長いがそもそも思考回路が違うんだろうな、なんで希代の詐欺師にこだわるんだ?」
「離れていた期間の方が長いですけどね。私の罪を帳消しにしてくれた人は命を落としてしまった。詳細を語らずして肩代わりしたがために感謝を伝える間もなく逝ってしまったんですよ」
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この國、水鏡に住まう動物は滞在時間に比例するものの、白変種が大半だ。
しかし人間を除いて唯一色を持つことを許された金魚を水鏡の住民は赤神様と呼び崇め称えている。
当時、砦という肩書を得る以前のシエナは人間としての知識が全くと言っていいほどに無く、無知なことに加えて極度の空腹も相まって人間の信仰対象を運悪く食してしまった。
そこを通行人に目撃されたことで無意識のうちに働いていた彼女の悪行は瞬く間に國中に広まり一夜にして居場所を失ってしまったのだ。
それからというもの彼女は身を潜めての逃亡生活を余儀なくされ、一時期は未開に逃げ隠れしていたこともあった。
そしてひょんなことから再度故郷に足を踏み入れた彼女は当時の藍爛然、そして付き添いとして同伴していた一人の従者によって城へ招かれることとなる。
その時期は今シエナが呼び起こそうとしているメコを排出した國、荒寥と彼女を砦として迎え入れた水鏡が一時的に手を組み討伐に成功した直後の出来事だった。
故にその出来事を教訓に国産で尚且つ天然もの、大罪人にして故人となったメコに代わる候補をスカウトしに来たといったところだろうか。
そうして招かれた城では案の定、藍爛然の口からこの國の現状が長々と語られた後、正式にスカウトされる。
その際にすでに調べのついている彼女を含めた猫一族の迫害についても言及し、条件次第では現状改善も可能だと匂わせることで彼女の興味を最大限に煽る。
「この子の力があればあなたは生まれ変わることができる。いいえ、今も不吉の象徴として見られている猫全体の悪印象を払拭できるの。いい返事を期待してるわ」
「私のせいでこれ以上、猫達が落下死損じて苦しむ姿はもう見たくない。この罪が消えるなら私は何だってしてみせる!」
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「あの人は死期を悟っていた。だから命を擲ってでも何かを後世に残したかったんでしょう」
「――こうなることを見越して伽耶は俺に話したんだろうな。絹流と木綿流こそあんたが過去に施された因果を断つ力と結び付けそのものだ」
「……っ?!!」
「とにかくそいつに縋ってもいいことなんて一つもないし、ましてあいつが生き返るなんてことは天と地がひっくり返ったとしてもありえない。なら心紬が二の舞にならないよう導いてやれよ」
(私が…導く……?)
この時、青梗は別れ際に恋仲にある女性と交わした会話を思い出していた。
その内容とは≪戻ってきた際に伝えたいことがある≫というもので、女性は間接的に彼が死なないよう釘を刺していた。
そのやり取りがなければ封じられた墓石を壊す術がたとえあったとしても一度きりだと考え、自身が身を挺して受けることで手段を奪う選択をしていた。
故に胸中で感謝を告げると衝撃の事実を知ったことですっかり意気消沈した様子のシエナの気が変わらないうちに二人は共に藍凪へと向かって元来た道を引き返す。




