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御爛然  作者: 愛植落柿
第四章『紫翠』
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第四章43話『吸水療法』

「思ったよりも早く戻ってきちゃった」


「そんなことないですよ。応援要請の時はまたすぐに行ってしまいましたし積もる話の一つも出来なかったので」


「もしかしてシエナさんも話したいって思ってくれてたり??」


 彼女の口調からは若干の隔たりが感じられた。

 その分、露零(ろあ)は積極的に話を振ることで彼女との距離感を以前のように戻そうと考えたのだ。

 そんな感じで楽しく談笑していると真逆に位置する三階へと続く階段の前に到着する。

 しかし近付くにつれて階上から流れてくる空気の変化を強く感じることで徐々に二人の口数は減っていき、階段に足をかける頃には二人揃って無言になっていた。


 そうして三階に上がった二人はまるで高級旅館のような緊張感漂う空気感に気を引き締めると藍爛然(あいらんぜん)生明伽耶(あざみかや)の待つ部屋へと向かって歩いていく。


「シエナさん歩くの早いよぉ~。先頭なのはいいけどたまには後ろも振り返って欲しいな」


「これでも少しは――」


「気にしてくれてるんだよね~♪ 横目で見てたのわかってるもん」


 直近で一度顔を見せに戻ったが、その時は本当に顔見せ程度でろくに話も出来なかっただけに実質はこれが初の帰省といっても過言ではない。

 故に少女の持つ『遠視』の存在を完全に忘れていたシエナだったが彼女は思い出したと同時に『洞察力』や『視野の広さ』が以前にも増して磨きがかかっていることにも気付く。


伽耶(かや)様、露零(ろあ)を連れてきました。入りますね」


「お姉ちゃんただいま~!」


 出発時点よりも砕けた言葉遣いで自身の帰國を知らせる露零(ろあ)

 しかし室内に入ると少女の予想していた光景とは全く異なり、藍爛然(あいらんぜん)生明伽耶(あざみかや)は見るも無残な姿で横たわっていた。


「お姉ちゃん! 一体何があったの??」


 呼吸器官をやられているのか、(くだ)代わりに水を内包したシャボンの中に藍爛然(あいらんぜん)は全身収まっていた。

 自身が國を離れている間に再度襲撃でもあったのだろうか。

 しかし応援要請に戻った際に彼女がピンピンしていたことからそれはないと考えると当事者に直接聞こうと伽耶(かや)の顔を覗き見る。


「…………」


 目は動いているが言葉を発する気配はない。

 そんな姉の顔を心配そうに眺める少女はこの時、まだ気付いていなかった。

 その視線は少女の背後に隠れた人物に向けられていたことに。


「ダメですよ。伽耶(かや)様は今治療中なんですから」


「シエナさん、お姉ちゃんに何があったの?」


 露零(ろあ)の問いに彼女は身内同士のいざこざだと説明した。

 広く顔が利く(さと)によって仮説段階ではあるものの、情報は以前から共有されていたのだ。

 故に一度目に帰還した少女の再出発と同時に水鏡(すいきょう)組も動き出していたと彼女は言う。


 そんな彼女に哀れみの視線を向ける伽耶(かや)はそっと瞳を閉じるとその瞬間、露零(ろあ)の身に付けているミサンガは何の前触れもなく「プツン」と千切れ落ちてしまう。


「わわっ! 心紬(みつ)お姉ちゃんに貰ったミサンガ切れちゃった。ねぇ、あと二日しかないんだけどお姉ちゃんの具合どう? それまでによくなりそう?」


「最善は尽くしますが途中参加できれば上々といったところですかね」


「そっか…。それじゃあお姉ちゃんのことよろしくね」


 露零(ろあ)の言葉を聞いた伽耶(かや)は声が出せないことを心底恨むと部屋を出ようとする妹を目で追うが、その視線を遮ったシエナは先に少女を退室させると二人きりになったのをいいことに謀反とも取れる『ある』発言をする。


「――さてっと、伽耶(かや)様の身に何かあれば介抱という名目で私には束の間の自由が与えられます。露零(ろあ)にはああ言いましたがこの二日間で私用は済ませるので安心してください」


「…………」


 従者の不審な動きをいち早く察知し、本人に直接詰め寄ったことがかえって徒となってしまった伽耶(かや)

 身内だから話せば分かるといった彼女の浅はかな持論を『ぬるま湯思想』だと一蹴されたことで従者と口論になってしまったのだ。

 そして口論が続く中、突如として土砂災害に見舞われた二人のうち運悪く伽耶(かや)だけが重傷を負ってしまっていた。


 その瞬間、シエナは自身の行動が招いた結果だと考え、尋常ならざる罪悪感に苛まれることとなる。

 結果論ではあるが自身が手を汚していれば遅かれ早かれ十中八九、同じ状況になっていただろうだけに今この場での目的遂行を断念し伽耶(かや)を城へと連れ帰ることを優先して現在に至る。


 一方その頃、療養中の姉の部屋から先に一人退出した露零(ろあ)は(そういえばシエナさん、お姉ちゃんが話したがってるって言ってたのにあれじゃあ会話なんてできないよ)と考えていた。

 しかし面会中のミサンガが切れた出来事に思考が塗り替えられると青梗(せいきょう)との約束を思い出し、露零(ろあ)は彼に一報を入れるべく自身の部屋へと向かって階下に下りていく。

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