第四章42話『決行』
「万物の申し子が目覚めた後のことは憶測の域を出ない。各國にばら撒くウイルスも先に渡しておくべきだ」
「いちいち注文が多いんですけど。その全てが私の負担なことにいい加減気付かないわけ?」
「そういえばそれを錠剤にしてくれたのも副長だったわね。もちろん感謝しているわ」
できる人間には負担がかかるとは言うが唯一性の高い彼女への負担はまだまだこんなものではなかった。
死懍に依頼された、より貫通力の高い釘の生成や出来はしなかったが魔銃に装填する残弾の量産など、相当数の依頼が毎日のように舞い込んでくるのだ。
そんな彼女の体調を気遣ってこれからの数日間、休養させることを提案したのは喪腐だった。
彼女の言葉に副長は何かの糸が切れたような表情を浮かべ、一方の発言者はトップの返答を静かに待っていると「それより先に――」とトップは言い、その言葉にいち早く反応した副長は透明の袋に梱包された丸みを帯びた石を五つ、卓上に置く。
「それじゃあお言葉に甘えて私は休ませてもらうから、じゃあね」
「待てよ副長、これの説明はないのかよ?」
「疲れたから今日はなーし。でもまだ封は切らない方がいいと思うわけ」
「俺の依頼した釘は?」
「しらないしらなーい。りんちーの前に喪腐先の服も見繕ったんだよね、私もパンク寸前なわけ」
そう言って多忙を極めた反動か、全てを突っぱねた副長は呼び止める声を無視して一人ログハウスから出て行ってしまう。
その様子を静かに見ていたトップと喪腐はアイコンタクトのみで一つの答えを出すと万物の申し子を目覚めさせるために古代樹内部から地下へはこの四人で潜ることになると説明する。
※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
一方その頃、地底都市『紫翠』では敵と最悪の鉢合わせをしてしまったものの、運よく見逃がされた一人の住民の手によって重傷を負った露零とオヌは男性婦人、里の営むBARに運ばれていた。
BARのオーナーは息を切らせた男性に担ぎ込まれた二人を奥のベッドに運ばせると早速治療を開始し、先に目を覚ましたのは露零だった。
「あれ…なんで里さんがいるの?」
「逆よぉ、逆。あなた達が私の店に来たのよぉ」
そう言われて室内を見渡すと確かにそこは彼女の営むBARであり、室内にはオヌの他にもう一人、第三者の姿があった。
その人物は二人をここへ運んだ張本人であり、少女も彼に対する記憶が薄っすらとだがあった。
少女は彼にお礼を伝えると事の顛末を確認する。
すると里も興味深そうに二人の会話に交わり、彼は少女が気を失ってからの出来事を語り始める。
その内容とは、数日の間に世界を脅かす脅威が現れるということ。
そのことをこの世界で最も顔が広い人物、里に伝え備えることこそ彼の目的だった。
その言葉を聞いたオーナーは早速各國とコンタクトを取ろうとするが少女はある懸念を伝える。
「ちょっと待ってよ、御爛然に今会うのは危険だよ。燦さん記憶が無くなってるの」
「そんなに疎くないから心配いらないわぁ。宝玉のことも把握しているから最初は砦に掛け合うつもりよぉ」
「んァ…? 俺たちがなんだって?」
「相変らず寝起きの治安最悪よぉ。豊富な品揃えがこの店のウリだから引火させないで頂戴ねぇ」
そんな軽口を叩くオーナーは意識の戻ったオヌに奪取された宝玉を回収しないことには御爛然は動けないことを伝え、少女には風月の遠征組にも依頼主として一時中断と帰還要請をすぐにでも出すと共有する。
そして別口からの情報と照らし合わせた結果、猶予が二日しかないことを告げると宝玉が不要となるまでの丸二日、オヌにはこの店で療養に専念してもらうと言い彼の主食『血実』を提供することで半ば強引に彼を店に縛り付ける。
「露零は見た感じ大丈夫そうだけどどうするのぉ? 一度故郷にでも帰る?」
「うん、お姉ちゃんに色々報告しなくちゃだから。助けてくれてありがとう」
「酷なことを言うようだけどぉ…きっと露零も駆り出されると思うのよねぇ」
「んぇ?」
「ううん、何でもないわぁ」
その後、退店した少女は故郷へと向かって歩きだす。
地上に三つ巴の形で構える三國が交わる交差地点に店を構えているだけあって少女はすぐに地上に出ることができた。
それからしばらくして故郷である水鏡に帰國した少女は姉の住む城を囲う城門前に到着する。
――――ギィィィ。
しばらく待っていると城門は年季を感じさせる錆び付いたような大きな音を立てて開き、少女は早くも(また戻ってきちゃった)と考えながら藍凪へと入っていく。
「おかえりなさい。八割がた情報は得ていますが伽耶様は露零と直接話したいそうなので後で部屋に行ってあげてください」
「そうなの? それじゃあシエナさんも一緒に行こうよ」
「私も…ですか?」
少女の言葉にきょとんとする居候にして砦という役職持ちの女性、シエナ。
しかし一度築いた関係性がそう簡単に風化することはなく、考える彼女の手を引いて二人は二階へ上ると正反対の位置にある三階へと続く階段に向かって歩いていく。




