第四章41話『地目変更』
一方その頃、喪腐と一緒に出向いたにもかかわらず、必要最低限の活躍しかさせてもらえなかった上に帰すための口実として木彫りの球体を手渡されたという事実に野良の男性は自身の無力を痛感し、酷く落胆していた。
今でこそ滅者の傘下に加わった野良だが元々はそんな野良を束ねていた張本人が彼なのだ。
故にこんな姿を同胞に見られたくない彼は人目に付かない屋外で心臓付近に一度目を向け、あることを考えていると何やら周囲がざわめき始める。
「なんだ?」
見つかってしまったか? とバッと顔を上げて辺りを見渡した彼は周囲に誰もいないことから次に野良の声に耳を傾ける。
するとこのざわめきの原因が喪腐の帰還だと気付き、彼は彼女に一言物申すため表通りに向かって歩いていく。
――――トッ、トッ。トタッ、トタッ。
歩く彼のペースはだんだん早まりいつの間にか走り出していた。
そしてその目的も『物申す』から『労い』へと変わりつつあった。
表通りに出て対面した彼は視界に入った瞬間、ボロボロの喪腐の姿に投げかけた第一声は当初考えていたものとは全く違っていた。
「喪腐先、俺の…野良達の本来の力を使えばあの場面から逃げることなんて容易だったはずだ。そのトリガーも先生が担っている。なのに何故……」
「肝心なところをぼかしたのは悪かったわ。でも私が受け持っているのはクラス教室なのよ? その意味をよく考えてみてくれないかしら。それに一個人として評価するならあなたは早熟すぎるのよ」
「――っ、とにかく無事で何よりだ。それより宝玉は喪腐先が持っていると副長は言っていたが…もし無ければどうなるか分かったものじゃない」
「心配しなくても大丈夫よ」
そう言って必死に笑みを浮かべるボロボロの彼女はどこかに行こうとするが、彼を含めた野良は彼女がいつも愛用している白い手袋がないことに気付いていた。
そして野良の一人が意を決して手袋について尋ねると彼女の表情は一変して脱力した様子で膝から一気に崩れ落ち、駆け寄ってきた教え子たちに何度も何度も謝罪する。
「ごめんね…ごめんなさい……。みんなが作ってくれた手袋は燃えてしまったの、私に近付くのも危ないわ」
しかしその話を聞いても尚、誰一人として彼女の傍から離れようとする者はいなかった。
それどころか敵地に赴いて稼いだ日銭をはたいて購入していた何の変哲もない慰め程度の手袋を手渡すとある教え子は彼女に肩を貸し、またある教え子は言われてもいないのに真っ白な手袋の再受注を勝手に承ったりと好き勝手していた。
そんな教え子の行動に救われた喪腐は今も密談中と思われるログハウスの前まで肩を貸されながら連れて行ってもらうと「もう大丈夫よ、ありがとう」と伝え、中へは一人で入っていく。
「はぁ~、やっぱり喪腐先っていつ見てもべっぴんさんだよね~」
「女子目線でそれって相当評価高いよな? 悪い噂も全然聞かないし」
「先生のそういうところに惚れたのはリーダーだけじゃないから気にすることないっすよ」
「なっ、違っ…俺はただ約束を守ってもらいたいだけで……」
彼ら野良が傘下に付く以前は褐色肌の人物など日焼けでもしたのだろう、すなわち日の光すら差さないこの地とは無縁の生活を送っていた敵だと勝手に決めつけていた。
しかしそんな謂れのないことを払拭する意味合いも込めて自ら教育者になると名乗りを上げたのが喪腐という女性だった。
この時、彼女が教育者になること+傘下に付くことを条件に野良のリーダーが滅者に出した要望は未来永劫、弾き出されることのない安住の地を提供しろというものだった。
一方その頃、未だ密談が行われているログハウス内に入った喪腐は彼らの会話に横槍を入れると奪取した宝玉を副長に投げ渡して会話に混ざり始める。
「はっ、お前ともあろう女が情けねぇ」
「どの口が言っている。それよりその火傷、一体何があった?」
「ちょっとしたアクシデントがあったのよ。でも問題ないわ」
本来なら横やりを入れた喪腐に真っ先に物申すだろう副長も先にお出しされた『宝玉奪取』という彼女の功績に黙り込まされていた。
代わりに彼女は一部模造品があるものの宝玉がこれで全て揃ったこと、今すぐにでも古代樹の最深部に眠っている万物の申し子を目覚めさせに行けることを伝えるとトップはその前に詰めておくことがあると言って最後の確認をする。
「科厄、その前に古代樹が消失してからの動きは分かっているな? 野良にも話は通しておくべきだ」
「はいはーい、国を作るならログハウスを建て慣れたあの子達の技術と人手は必要だと私も思ってたわけ。だから喪腐の許可をずっと待ってただけなんですけど」
「ええ、もちろんいいわよ。私はね」




