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御爛然  作者: 愛植落柿
第一章『水鏡』
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第一章16話『決着』

 あきらの反応からも分かる通り、完全に意表を突くことに成功した彼女はそう言って左右に体を揺らしながらゆっくりと立ち上がると、満身創痍の伽耶かやは刃のない愛刀を片手に最後の攻撃を試みる。

 欠損した左腕を始め、無数のかすり傷、火傷跡などこの数分間で刻まれたおびただしい数の生傷が彼女のダメージ具合を物語っている。

 しかしそんな傷だらけの伽耶かやは皮膚から吸収した水分で一時的に肉体を安定させると刀とマナ、双方が揃って初めてもたらされる()()によって身体能力を爆発的に底上げ、上昇させるとあきらとの間合いを一気に詰めていく。


 何ものにも代えがたい()という名の重みが乗った、伽耶かやが放つ渾身の攻撃を瞬時に察知したあきらは彼女の動き出しと同時に周辺に残留する水を自身のマナで蒸発させていく。

 しかし彼女の熱で地面にできた水溜まりが蒸発しきる頃、予め二人によって仕込まれたある細工しかけによってあきらは足元を掬われることとなる。

 水鏡組すいきょうぐみが仕込んだ仕掛けは皮肉にもあきら自身の手によって作動し、水溜まりのさらに下、地面そこに張り付いた氷が熱によって氷解するとその水が蒸発するまでの刹那に伽耶かやは最後の攻撃を仕掛けていく。


「地面に張り付いた氷、まさかあの時?!」


「肌感覚のええもんが狭苦しいとこを嫌うんは()()()()()から、やろ?」


 短時間ながら拳を打ち交わすことで互いに相対者を理解し合い、その上で見事言い当てた彼女の明確な弱点。

 その想定での立ち回りがものの見事に上手くハマり、功を奏したことで伽耶かやあきらが氷解した水を蒸発させるよりも僅かに早く、間合いを詰めると蒸発が間に合わない察して拳を振るうあきらに対し、伽耶かやはバク宙し彼女を真上に蹴り上げる。


 ――――だろうと予想をしていたあきら

 しかし実際にはそうではなく、伽耶かやは単なるバク宙で距離を取ると二人の間に突如として薄く横広がりな大量の薄い水が噴出する。


「これで最後や! 滝波たきなみ!!」


「……ッ! 力が入らねぇ、このままじゃ持ってかれる!!」


 勢いよく噴出するレースカーテンのような薄い水に腕の自由が利かない様子のあきら

 そんな彼女に伽耶かやは後出しの攻撃で指輪についた宝石、紅石榴べにざくろを的確に狙うと愛刀でそれを破壊する。

 彼女が振るった刀が指輪に付いた宝石に届くと、紅石榴べにざくろと呼ばれたガーネットには少しずつ亀裂が広がり、やがてそれは砕け散る。


 紅石榴べにざくろを破壊された影響か、あきらは目眩でも起こしたかのようによろめきながら数歩後退し、背後の木へと凭れ込む。

 すると彼女の放つマナは徐々に弱まっていき、やがてあきらは力ない最期を迎える。

 持てる全てを存分に発揮し、その上で己が命をも擲ったことで初めて実現する己が命を太陽に見立てるという最大にして最終の秘奥儀。

 その代償として今の彼女の肉体は秒針を刻むごとに灰化し、風に乗ってまだ薄暗い夜の空へと消え入る最中、会話一つですら死期を早めかねない彼女は(それがどうした)と言わんばかりに名残惜しそうに言葉を発する。


「はぁ…はぁ……。お前が最後の相手でよかったぜ。あたしの全力を耐え凌いだんだ、誇っていい」


「……最後に一個聞いとくわ。あんたはどこまで知ってるん? この世界のこと、()()について」


 するとあきらは本当の意味で自身の最後を悟ったのか、満足そうな、それでいて穏やか笑みを浮かべると再びゆっくりと口を開き、()()ともとれる最後の言葉を残す。

 彼女のその言葉はさっきまでの攻撃的な口調とはまるで違い、先の戦いを経て()()さえ芽生えたように感じさせるものだった。


「――さぁな。だがお前……いや、藍爛然あいらんぜんにもあたし同様追及心はあるんだろ? 知りたきゃ進むことだ。結果、それが()()()()()()にもなる」


 その後、あきらは跡形もなく灰となって夜の空へと消えていき、伽耶かやは彼女が灰となって消えた空をどこか寂しげな表情で眺めていた。

 しかし伽耶かやが眺める空にはもう彼女の面影は一切なく、墓まで持って行ったその()()を最早聞くすべはない。

 そうして彼女の最後を見届けた伽耶かやの意識も次第に夜の闇へと飲まれていき、そのままその場に倒れ込む。


 ――――ドサッ。


「お姉ちゃん!!」


 その様子を避難先の安全地から静かに見ていた露零ろあは遠目にも分かる右腕の欠損した姉の身を案じ、安全地から飛び出すと伽耶かやのもとへ急いで駆け寄り彼女の身体を左右に軽く揺さぶる。


「お姉ちゃん! しっかりして!!」


 その時、一匹のどこからともなく和猫が少女の目の前を横切り、猫に続いて見覚えのある人物も倒木の陰から姿を現す。

 その猫は初雪の如く白色の毛並みと黄色い瞳を持ち、その毛並みは戦場に舞い降りた天使と比喩しても遜色ないほどの純白さだった。

 そして和猫に続いて現れた人物、彼女の正体は先輩従者の心紬みつ露零ろあは思いがけない彼女の登場に困惑し、驚きを隠せないでいた。


「シエナの言っていた通り酷い有様ですね。露零ろあ、もう大丈夫です。後は私が引き受けるのであなたもゆっくり休んでください」


心紬みつお姉ちゃん…。ううん、それより伽耶かやお姉ちゃんが大変なの」


 我が身よりも真っ先に他人を気遣う少女の意思を汲み、初心を取り戻した心紬みつは従者としての心得こころえを胸中で今一度唱えると、伽耶かやの容体を一刻も早く確認するべく主君の現状を遠目に確認しながら近付いていく。

 遠目からでも分かる右腕欠損、さらに近付くにつれて否が応でも鮮明になっていく無数の生傷に彼女の心には救急箱替わりの巾着袋を落としたことにも気付かないほどの動揺が走っていた。

 しかし表面上では何とか動揺を押し殺しながら距離を詰めると彼女は伽耶かやの傍で膝をつき、一呼吸置いてから次に彼女の()()を覗き始める。


「……っ! 失礼します」


伽耶かやお姉ちゃん、大丈夫なの……? そうだ、私にもできることってなにかある?」


 伽耶かやの怪我の原因は自分にあると自責の念を抱いている露零ろあだが、そんな思いとは裏腹に何をするでもなくただただ不安そうに二人のことを見つめていた。

 しかしこのまま終始足手まといで終わるわけにはいかないと思い直し、意を決した少女は心紬みつに今の自分にできることはないかと先輩に尋ねる。


 しかし、そんな少女の思いをこの切迫した状況で汲み取る余裕はいくら読心を有する彼女にもなかった。

 故に「いやいや、露零ろあも安静に――」と言って診る順番待ちをさせようとする。

 だがしかし、そんな会話をしている間にも刻一刻と身体が蒸発するという謎現象が進行していく重傷者、伽耶かや

 すぐそばに横たわる主君の一大事に露零ろあとの会話を中断すると、彼女は平常心を取り戻すべく自身の胸に手をかざすしながらそっと瞳を閉じることで不要な情報を全て一度シャットアウトする。


 するとそれ以降、彼女の対応に変化が現れ始める。


「……っ、そうですか? 私の方はもう少しで怪我の具合を読み取れるのでそれじゃあ露零ろあは巾着袋の中から透明の液体が入った小瓶を取ってきてもらえますか?」


「うん! まかせてよ」

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