第二章45話『生死を分かつ幕引き』
「御影さんなんで面を付けないの?!」
そう叫ぶ露零の腰元には小さな小さな、身に付けるにはあまりにも小さすぎる狐面を下げていた。
少女は自身が通ってきた道から爆発音が鳴り止まないことに不安そうな表情を見せ一瞬俯くと、目前には二つの影が迫っていた。
「……」
「御影、さん?」
顔を上げた少女の目前に立っていた人物は黒の狐面を身に付けた人物だった。
黒の狐面、それを少女はここ一か月の間に目にする機会があった。
故に目の前に立っているのが御影《みかげ
》だと理解するまでそれほど時間を要さなかった。
彼の後ろには出血多量の死懔が立っていて、置かれた状況を瞬時に理解した少女は逃げようと後退りする。
――スチャ。
しかしそんな少女の息の根を止めようと、黒い狐面を身に付けた御影は銃を抜く。
そしてゆっくりと腕を上げて銃身を少女に向けると、彼はなぜかもう一方の手を腰元にある銃に添える。
まだ御影としての意識が僅かにでも残っているのだろうか。
ただ、少女は向けられた銃を前に(迂闊なことは言えない)と考え、何も言葉を発さなかった。
しかし次の瞬間、御影のとったある行動に少女は「だめ!!」と声を上げて思わず駆け寄る。
直後、発砲音が鳴り響き、血飛沫はなぜか御影から噴水の如く飛び散り、少女は彼の返り血を浴びる。
この時、御影は自決しようと添えた手で銃身を自身の方へ向けていた。
そして心臓付近に銃身を持ってくると彼が引き金を引く瞬間、少女は声を上げて彼の方へ走り出していた。
「――がっ!!」
遅れて死懔の叫び声も聞こえ、少女は恐る恐る目前の御影を見る。
すると彼の放った銃弾は心臓からは外れていたものの、腕を貫通して発射されていた。
そしてその弾丸は何の偶然か背後に立っていた死懔の腕にも貫通していたのだ。
少女に覆いかぶさる様によろめき体制を崩す御影と着弾個所を押さえ、悶えながら膝をつく不運な男、死懔。
少女が御影を避けて死懔を見ると、彼にはまだ辛うじて意識があった。
流れ弾に当たった彼は必死に回復に努めているように見え、少女は遠くから彼目掛けて矢を放つ。
しかし彼は目を見開き何やら呟くと突如、周辺の木々の根元部分が一斉に大爆発を始め、連鎖倒壊のように次々と倒れてくる木々に三人は成す術もなく埋もれてしまう。
※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「っ!? 露零、向こうでは一体何が…」
そう呟いたのは『砂漠の悪魔』なる人物を切り伏せた心紬だった。
彼女は南風が言葉を綴るまでの時間を稼ぎ切り、そして南風の即席で綴った言葉によって一瞬硬直した彼を切り伏せていた。
砂埃が舞うほどの大爆発、そして倒壊音が聞こえたのはその直後の出来事だった。
(……あれは撤退の合図、目的は達成したのか?)
そう考えるは身を潜め、回復に努めていた駐屯兵長なる人物で、合図に彼は目前で倒れる『砂漠の悪魔』を回収して逃げる方に思考を切り替えていた。
彼は仲間の滅者が前衛に立って奮起している間、おはじき型で粘着質の爆弾を手で弾き飛ばし周辺の木々や地面に付着させていた。
こちらも仕込み終わった爆弾を起爆させればいつでも戦線離脱することができる状況。
ただ、問題は二人が回収対象から離れないことだった。
いくら爆破で場を乱すと言えど、下手をすれば味方にも被害を出しかねない。
そんなこんなで頭を悩ませていると背後から肩をつつかれ、バッと振り返った駐屯兵長はその人物が南風であることにお化けでも見たような声を上げる。
「――うるさいでござる。貴殿らは拘束できないんでござるよな? 実は極秘で『未開』に拘留施設を建てたんでござるが一緒に来るでござるか?」
穏やかな表情とは裏腹に、高圧的な口調で詰め寄る南風。
彼女の問いに冷や汗を浮かべる駐屯兵長は沈黙を貫いていた。
一日で弾かれるという地質を利用した脱出ができないと分かっている以上、安易に頷くことはできない。
そんな駐屯兵長の扱いに、早くも困った南風は次に心紬に彼をどうするべきか尋ねる。
「心紬殿~。夜霧は今頃全焼しているはずでござるしどうするでござるか?」
「そうですね。隊舎なら一時的な拘束はできると思いま――」
次の瞬間、彼ら彼女らのいる近辺は突如一斉に大爆発を起こし、四人は爆風によって四方向に吹き飛ばされる。
この時、南風は不意打ちにもかかわらず、高い身体能力で受け身を取っていた。
しかし他の三人は受け身もままならないまま進路上にある木に全身を強打する。
爆破させたのは駐屯兵長ではなかった。
むしろ彼は木に接触した直後に(誰が爆破したんだ?)と疑問符を浮かべ、しかし四方向にばらけたことで回収しやすくなった仲間を背負うとそのまま彼らはどさくさに紛れてしれっと戦線離脱を果たす。




