9 もてなされる
ポン助はのん気なものだ。
タヌキには人間の外見なんてどれも同じに見えるのだろうか?
それに、お菓子があったとしても、ポン助の口に入るわけではあるまいに。
――いや、もしかすると俺が食べた味が、ポン助にもわかるとか?
郁也がポン助の味覚システムについて考えていると。
「お待たせ~♪」
彼女――清水の母がニコニコしながらお茶と饅頭を持ってきた。
「橘くんは育ち盛りなんだから、たぁんと食べて食べて♪」
そう言って清水の母が卓を挟んだ正面に座ると、饅頭の載った皿をずいっと郁也の目の前に寄せてくる。
「あ、ありがとう、ございます」
郁也は微妙にお尻を動かして彼女から距離をとると、素直に皿から饅頭を一つ手に取る。
コンビニで抹茶大福を食べた後だったが、食べ盛りの高校生なのでこれはこれで入る郁也である。
郁也の手には小さめなその饅頭を、ハムッと頬張った。
――あ、美味しい。
甘さが控えめで優しい味がする。
郁也はここへ越してくるまで、食事はスーパーやコンビニで買ったものばかりだったので、こういう誰かの手作りというものに未だ口が慣れていない。
けれどこれは、市販の一口目からガツンと甘さが感じられるものと違った、素材の味がわかる美味しさだった。
「……美味しいです」
「でしょ?
田中のおばあちゃんの手作りお饅頭は、お店を出せるレベルに美味しいんだから♪」
郁也の感想に、清水の母が嬉しそうにする。
この饅頭は田中さん家の饅頭であるらしい。
帰ったら祖父母に田中さんについて聞いてみるのもいいかもしれない。
そしてできれば、その田中のおばあちゃんとやらに会ったら、直接「美味しかったです」と言いたい。
そのためには、田中のおばあちゃんが怖くない人であることを願うばかりだ。
「田中さんのおばあちゃんの饅頭は、この山の御馳走ですね」
そんなことを言う清水も横から皿の饅頭に手を伸ばすと、清水の母が尋ねてきた。
「橘くん、確か事故で入院したのよね?
それからどう? 痛いとかない?」
「はぁ、もうすっかり良くなりました」
――タヌキと合体しちゃいましたけど。
郁也はそう応じながら、心の中でそう付け足す。
≪ゲンキなのはボクのおかげだからね、感謝が足りなくないっ!?≫
(はいはい)
確かに、郁也が生きているのはポン助のおかげなので、そこは感謝だろう。
ただ、助かった経緯がポンコツなのが引っかかるだけで。
それにしても、この清水の母はどこか既視感があるというか、似た人を知っている気がする。
――なんだろう? そういえばなんか聞いたことがなかったっけ?
郁也が記憶をひっくり返してウンウンと考えていると。
「橘くん、ほらあれ」
ふいに清水が声をかけてきた。
「なんですか?」
郁也は考え事を一旦止めて言われた方を見る。
すると清水が指さしている先の空にあったのは。
「……あ」
≪わぁ、虹だぁ≫
郁也が呆け顔で見上げた空に、ポン助が歓声を上げる。
そう、空に大きな虹がかかっていた。
「まあ、りっぱな虹ねぇ! キレイ!」
清水の母が立ち上がり、縁側まで出ていく。
「天気予報だと今日も一日雨で、まだまだ雨が続くっていう話だったけど、急に晴れたものねぇ!
これで梅雨明けしてくれたらいいのだけれど」
清水の母が、空を見上げながらそう話す。
「開けましたよ、梅雨は。ついさっき」
これに清水がそう言うと、悪戯っぽい笑みを郁也に向ける。
郁也と清水が,、神様が梅雨明けさせた瞬間を目撃しただなんて、きっと誰に話しても信じないだろう。
もし神様がどうのと言えば、誰からか「梅雨明けは梅雨前線が云々」という解説が返ってくるに違いない。
「虹は雨が降った後じゃないと見えないものですし。
これは神様たちの置き土産ですかねぇ?」
清水がそんなことを言うが、郁也はただ「キレイですね」としか言葉が出ない。
あの雨降り小僧だというあの子どもは、待っている間ずっとしょんぼりしていたけれど。
あの虹のようにきれいな笑顔で、あのヒヨリと遊んでいればいいな、と郁也は思うのだった。




