4 迷子
「あの、先生、この子が迷子?
いや、友だちと逸れて困っているみたいなんです」
郁也は清水に、この子どもについてわかっていることを伝えようとしたのだが。
「橘くん、ちょっと待ってください」
清水が郁也の言葉を止めて、車から降りると傘をさしてこちらへやって来たかと思ったら、不思議なことを聞かれた。
「すみませんが橘くん、そこに子どもがいるのですか?」
「え、だってここに……」
郁也が子どもを目で示すも、清水は視線を彷徨わせている。
――え、どういうことだ?
(ポン助、ここにこの子、いるよな?)
≪いるけど、子どもっていうかぁ~、なんていうのぉ?≫
郁也はポン助に尋ねても、ポン助からは妙に歯切れの悪いというか、意味不明な答えしか返ってこない。
清水もポン助も一体なんなのか、と郁也が首を捻っていると。
「そこに、『ナニか』がいるのは、僕にもなんとなくわかりますが」
清水が目を細ーくして、子どもを見ている。
『ナニか』とは、どういうことだ?
それではまるで、この子どもが幽霊かなにかのようではないか。
――え、いや、もしかして、そういうことなのか?
郁也はようやくこういう考えに至った瞬間、ゾワッと全身に鳥肌が立ち、お尻と頭がモゾモゾし始める。
「橘くん、尻尾と耳」
清水からすぐに指摘されるが、しかし傘を手に持っていて隠しようがない。郁也が慌てれば慌てるほど、お尻と頭の上が騒がしい。
「モコモコ?」
すると子どもが泣きそうだった目を丸くして、郁也のというか、ポン助の尻尾を見ている。
しかし尻尾が雨に濡れるのが、地味に気持ちが悪い。
雨の日に散歩をする犬とは、こういう気分なのだろうか? と郁也が思っていると。
「とりあえず、車に乗りましょうか。その、子どもとやらも」
清水先生にそう促されたものの、子どもは果たして知らない相手の車に乗るのか? と疑問だったが、尻尾に釣られるようにあっさりと郁也と一緒に後部座席に乗った。
車の中に入ったことで、気分も落ち着いたし尻尾と耳は消せそうだったのだが、生憎と子どもが尻尾をむんずと掴んで離さない。
――もう尻尾はいいか、ちょっと痛いけど……。
尻尾は我慢することにして、郁也は清水に子どもについて説明した。
「この子、ヒヨリって子と約束しているみたいで、待っているって。
だから警察に行けば、そのヒヨリくんと連絡が取れるかな、って思たんですけど」
しかしこの子どもが幽霊であれば、警察も頼られても困るだろう。
それとも、ヒヨリくんがどこの子どもかだけ、警察に聞けばいいのだろうか?
いや、そもそもヒヨリくんをこの子どもと同じくらいの年齢だと考えていたが、大人であるかもしれないのか。
――えーっと、結局どうすればいいんだ?
郁也が様々な可能性を考えて、若干混乱してきていると。
「ははぁ、ヒヨリくんですか。
なるほど、なんとなく分かってきましたよ」
清水が、なんと納得顔で頷いている。
「え、清水先生、ヒヨリくんを知っているんですか!?
もしかしてご近所さんとか!?」
郁也が勢い込んで前のめりになるのに、子どもが掴んだ尻尾がピンと引っ張られた。
――あ痛っ!?
痛みで座席に引き戻された郁也は、今後絶対に動物の尻尾を悪戯で引っ張らないぞと決意する。
この様子を見ていた清水が、苦笑しながら「近所ではありませんが」と断って、告げることは。
「そのヒヨリくんと連絡をとるのは、おそらく警察に行っても無理でしょうね」
「やっぱり、ダメですかね」
薄々思っていたことだけれど、清水からも同意見を言われてしまった。
「……ヒヨリ、来ないの?」
これを聞いた子どもが目にブワッと涙を浮かべる。
ザァー……。
ちょうどその時、雨が強まってきた。
子どもがこのまま外でヒヨリ君探しをしていたら、濡れて風邪をひいてしまうかもしれない。
「えっと、あの、ヒヨリくんを俺も探すからさ?
そうだ、一度俺のじいちゃん家に行こう?
ここにずっといると、風邪ひいちゃうよ?」
郁也がまずは一旦連れて帰って、祖父母にも「ヒヨリ」なる人物について聞いてみようと考えていると。
「そうですね、山の上は、いい場所かもしれません」
清水がそんなことを言って、後部座席を振り向いた。
「高い所に行けば、ヒヨリくんにも君の声が届きやすいでしょう。
ちょうどウチの寺が山のてっぺんですし、そこでお迎えを呼んでみましょう」
――届きやすい? お迎を呼ぶ?
郁也には清水の発言が謎だったが、電波が飛びやすいということだろうかと考えて、とりあえず頷く。
「……ヒヨリ、来る?」
子どもが聞いてくるのに、郁也は「色々頑張ってみるね」と返すしかできないのだった。




