12 タヌキだった
目を覚ましたら、目の前に清水の顔のどアップがあった。
郁也はビックリして起き上がろうとするが、上手く体が動かない。
――なんだ!? 今、どういう状態だ!?
郁也がジタバタしていると、視界を茶色いものがチラチラとよぎる。
そしてお腹の辺りがくすぐったくて、なにかに撫でられているようだ。
この歳になって、誰かにお腹を撫でられるなんてことはない。
記憶にあるのは、幼児期にお腹を壊して病院にかかり、医者にお腹の具合を確かめるために触られたくらいか。
そして今、郁也は別にお腹を壊してはいない。
郁也は「やめろ!」と叫ぼうとした。
「キュン!」
けれど、奇妙な声が出た。
「おや、喋れないんですね。
ですが具合はどうですか?
君は倒れたんですよ」
確かにポン助と夢で会ったということは、現実で意識を失ったのだというのはわかる。
けれど、どうして自分は清水と見合うように横になっているのか?
そしてどうして声が変な風に出るのか?
謎すぎて郁也が固まっていると、清水が隣の誰かのデスクから手のひら大サイズの鏡をとって、郁也にかざす。
「ほら、今はこうなっています」
その鏡に映っているのは、タヌキであった。
しかも祖父母に家の周囲でたまに見るものよりも二回りほど大きい、立派なタヌキだ。
郁也が顔をペタペタと触れば、鏡の中のタヌキが短い前足で毛むくじゃらな顔に触れ、目を瞬かせれば、タヌキのつぶらな目がパチパチとする。
「キュ⁉」
郁也は「はぁ⁉」と言おうとして、そんなタヌキの声が響く。
どうやら本当に、郁也はタヌキになってしまったらしい。
耳と尻尾だけではなく、全身タヌキになってしまうとは。
そして清水の膝に載せられて抱っこされているから、清水と見合っているようだ。
「まさか全身タヌキになるとは、不思議ですねぇ」
清水がそう言いながらナデナデしてくる。
どうやらお腹を撫でているのはこの男だったようだ。
「僕は昔から、何故か動物の類に嫌われていましてね?
こうやって抱っこさせてもらえなかったんですよ。
いやぁ、念願かなって嬉しい、嬉しい」
郁也は「それをやめろ」と言いたいのだが、いかんせん「キュッキュ!」としか声に出ない。
それでもジタバタしている雰囲気からわかるだろうに、清水は都合よく気付かないフリをして撫で続けている。
毛を逆なでするのをやめてほしいのだが、清水は本当に動物を撫で慣れていないらしい。
しばしそんな妙な状態が続いていたのだが。
「そういえば、そろそろ戻らないと、愛がやってきますかね?」
清水に言われて、崎山のことをすっかり忘れていたのを思いだす。
この状態はマズい、下手をすると害獣駆除業者に引き渡されてしまうかもしれない。
――戻らなきゃ、戻れ俺!
どうやれば戻れるのか、というのはさっぱりわからないながらも、郁也はとにかく「戻れ~!」と念じ続けていると。
ポンッ!
軽い衝撃音と共に無事に身体が人間に戻り、「やった!」と喜んだその時。
「橘くん来てるぅ?」
突然ノックもなく数学準備室の戸が開き、崎山がそこに立っていた。
その時の郁也は人間に戻ったものの、居場所は清水の膝の上で抱っこされている、という状態である。
「……ナニしてたの? 二人して」
崎山に不思議そうな顔をされたのは、仕方のないことだろう。




