1 雨の朝
どんな時でも、朝は必ずやって来る。
タヌキ人間になってしまった郁也にも。
目を覚ました郁也の耳に入る音は雨音だ。
そろそろ梅雨入りが近いのか、今日は朝から雨である。
「ふぁ……」
郁也は大あくびをしながらも雨による湿気からの蒸し暑さに耐え切れず、止まっている扇風機を動かす。
ここが山の上だからか、引っ越す前に住んでいた所よりも涼しいため、未だクーラーのお世話にならずとも過ごせるのは助かってる。
あちらでは例年ゴールデンウィークあたりから、既にクーラーが必要になったというのに。
実際この家でクーラーがあるのは居間だけで、祖父母はそれでこれまで困ったことはないらしい。
暑くなったら窓を網戸にして開けっぱなしで寝るという、無防備状態である。
そのことに最初はビビった郁也とて、山の自然の風に慣れたらそちらが心地よく、わざわざクーラーを設置してもらう気になれず、それでいいかなと今から思っている。
それにもかかわらず、昨夜は何故かいつにもまして暑くて寝苦しく、夜中に夢現ながらも何度も寝返りを打った。
今も湿気以外にも布団の中の、特に両足の間が暑苦しい。
何故だろうと思った郁也が薄手の上掛け布団を剥いで見下ろしたら、そこには茶色いモッフリとしたものが挟まっている。
――なるほど、暑かったのはコレのせいか。
どうやらポン助の尻尾を前に持ってきて両足で挟んでいたらしい。
もしこれが冬だったら湯たんぽ代わりになったのだろうが、この時期は邪魔でしかない。
にしても、いつの間に尻尾が出てしまっていたのか?
頭を探れば、耳も出ている。
「こらポン助、なに勝手に出してんだよ」
≪うぎゅぅぅ、まだ寝るぅ……≫
郁也が呼びかけると、脳内でそんな寝言が響く。別に寝ていてもいいから、尻尾と耳を勝手に出さないで欲しい。
これは一体どういう条件で出るものなのか?
気持ちが合わさったタイミングではなかったのか?
昨日の今日では、その謎の解明に至るには難しい。
――とりあえず、じいちゃんかばあちゃんが様子を見に来る前に仕舞わなければ。
郁也が「消えろ」と何度も念じながら尻尾と耳をギュッと押さえていると。
ポムッ!
軽い音を立てて尻尾と耳が消えた直後。
「郁也、起きたかい? 気分はどうだい?」
「ファッ!?」
祖母の声がしたかと思ったら、部屋のふすまを微かに開けられ、郁也は布団の上でビクッとする。
純日本家屋な橘家の建具はドアではなくふすまと障子で、ゆえにノックなんていう文化はないのだ。
「どうかしたかい?」
郁也の悲鳴が聞こえたらしく、祖母が問いかけてくる。
「ううん!? どうもしない!
ばあちゃんに気付かないでビックリしただけ!
元気だよ俺!」
「そうかい?
なら朝ごはんができているから、起きておいで」
郁也が若干テンション高めな返事をしたのに、祖母は安心したような笑顔で頷くと、ふすまを閉めた。
――危なかった!
タイミングが悪かったら、タヌキ人間な姿を祖母に見られるところだった。
こういう場合、帽子でも被っていれば耳を隠せるだろうか?
いや、尻尾が服を無視して出現するので、耳も帽子を突き抜けるのかもしれない。
このあたりは要検証だろう。
もし尻尾も服で隠せるのなら、裾の長いダボっとした服装の方が誤魔化せるということなのだが、一昔前の長ラン姿の自身が脳裏に浮かび、すぐに打ち消す。
――これじゃない、もっと格好いいのが他にあるだろう、俺。
想像力の貧困さにため息を吐きながら、郁也は制服に着替える。
≪ムニャァ、それ、ボクの木の実だぁい……≫
ポン助はまだ寝ぼけていた。




