第28話 老人と城
本日、更新でございます('ω')
「これはこれは……お帰りなさいませ、ニーベルン様。外界の様子はいかがでしたかな?」
「……あなた、誰?」
ルンを連れての『グラッド・シィ=イム』攻略は、紆余曲折ありながらもマニエラとベディボア侯爵の許可を取りつけ、敢行された。
そして、それが俺達に何かしらの進展をもたらすだろうことが、今ここで証明されている。
『ヴォーダン城』に到着した俺達とルンを、ロゥゲが出迎えたのだ。
老人の異様な風体におびえるルン。それを見て、ロゥゲが上機嫌に笑う。
「おやおや、吾輩をお忘れになるとは。いいえ、いいえ。忘れてしまうべきでしょう。あなたは、全てを忘れてしまったほうがいいでしょう」
「ロゥゲ。ヒルデからあなたに全て語らせろ、と言われた。教えてくれ、一体この場所に何が起こって、これから俺達の世界に何が起こるんだ?」
ヒルデの名を耳にした老人の目が、わずかに鋭くなる。
「なるほど。ヒルデはあなた様に託したのですな? さてはて、このような老体が口にできることは多くありませんぞ。ヒッヒッヒ」
丸くなった背を揺らしてロゥゲが笑う。
知っているが教えない、という意思表示かもしれない。
「しかして、ニーベルン様をお連れであれば知ることも叶いましょう。こちらに……」
足音を立てずに衣擦れの音だけを残しながら、ロゥゲが外郭をするすると進む。
美しく手入れされた庭園の所々には、捻じれた騎士鎧の魔物が直立不動で立っており、差し込む黄昏の赤い光に長い影を落としていた。
「ユーク君。どうする」
「ロゥゲを追いかけます。少なくとも、この迷宮で意思疎通がはかれる唯一の存在ですから」
そう答えて、老人のあとを追う。
意志の疎通がはかれているとは思えないが、少なくとも言葉は通じている。
そして、今回は初めてこちらの要求に応えてくれた。
やはり、ルンはこの『グラッド・シィ=イム』にとって特別な存在らしい。
彼女を伴うのは正解だったようだ。
しかし、それと同時にまずい事実を抱えるハメになってしまった。
──『迷宮の生物は外に出られない、出すことができない』。
それが、ルールであったはずだ。
ルンを救出した際に、彼女が紛れ込んだ民間人だろうと判断したのも、それに則ったもの。
だが、違った。
ルンが生き残った『グラッド・シィ=イム』の住民であるならば、その属性は迷宮の生物ということになるにもかかわらず、連れ出せてしまった。
つまり、この迷宮は人為的な『溢れ出し』を許容するほどに、危険な状態にあるということだ。
いつ、どこで、どんな『大暴走』を引き起こすかわからない。
(『グラッド・シィ=イム』を見たのでしょう? あれがこの世界を覆い尽くします。黄昏と歪み肥大化した意志だけがやがて世界を覆い尽くすでしょう)
不意に、ヒルデの言葉が脳裏によみがえった。
黄昏が覆い尽くす?
待てよ? この黄昏の光……徐々に地下水路エリアに差し込む範囲が広がっている気がする。
進入時間によるものかと思っていたが、違う。
思い出せ、最初と先ほどとを。
間違いない。地下水路の階段エリアには、初回攻略時よりずっと奥まで黄昏の光が差し込んできている。
「……どうかされましたかな?」
声に思考を途切れさせると、口元を弧に歪めたロゥゲが居た。
ああ、くそッたれ。この老人は、知っているのだ。
「いいや。それで、俺達をどこに連れて行こうっていうんだ?」
「知りたいことを知れる場所に」
ロゥゲが杖で一点を指す。
あんなに探しても見つからなかった城への進入口。それが目の前にあった。
以前探したときにはなかったはずだ。狭めの金属製の扉。勝手口的なものか、人ひとりが出入りするのでギリギリのもの。
しかも、扉が開け放たれている。
「どうぞ、こちらへ」
暗闇の広がるその中へ、老人はすすんでいく。
ルーセントの視線が俺に向いたので、俺はうなずいて応える。
「行きます」
「もし罠であれば、一網打尽はまずいな……モリア師、ついてきてくれ。他はここを確保。ミリアムは他のパーティにここの事を報せに走ってくれ」
「了解」
『スコルディア』の副官でもある『盗賊』のミリアムが駆けだしていく。
ここが、旧き良き冒険者を志すルーセントのすごいところだ。
冒険者でありながら自己の利益を追求しすぎず、目的も見失わない。
王城に踏み込めば多数の宝物を独占できる可能性がありながら、迷宮攻略を優先させるというのは、なかなかできることではないように思う。
ルンを守るように中央へ配置して、『ヴォーダン城』に足を踏み入れる。
ねっとりとした膜を通るような感触。
「これは……」
「うん。『無色の闇』と、同じっぽい、ね」
「はい。城に入ってから気配が濃くなりましたね」
レインが周囲を〈魔力感知〉でチェックして呟く。
その横では、やはり緊張した面持ちでシルクが周囲を警戒していた。
「君のパーティメンバーはかなり迷宮への感覚が鋭いようじゃの?」
「そうでしょうか?」
「モリア師。彼らはかなり深いところまで踏み入っている。当然だろう」
ルーセントの言葉に、「ふむ」と老魔術師が顎髭に触れる。
「儂がこの感覚を得るためには随分深くまで潜ったものじゃが。いやはや、若者の成長というのは目覚ましいものじゃのう」
「モリアさんもわかるの?」
「わかるともさ。老骨に響くよ、この拒否感をはらんだ圧はの」
モリアが柔らかな笑みでマリナに返す。
「拒否感……。そう、なんだ。これ、拒否感、だったの、ね」
レインと同じく、俺もなるほどと納得する。
確かに、このまとわりつくような緊張感と違和感は、拒否感なのだと。
世界を踏み越える者を、世界が拒んでいるのだ。
それを感じつつ、絨毯の敷き詰められた細い廊下を進んでいく。
数十フィート先に、老人の背中があり……それが、ある場所で止まった。
見れば、大きな扉がある。
それを開いて、ロゥゲがにやりと笑う。
促されるままに入ったそこは、大量の本や巻物が収められた場所だった。
「ここは?」
「王立資料庫でございます。吾輩、あいにくと口下手にございまして」
「いや、違うのう」
似非な笑い顔をするロゥゲに、モリアがジロリと視線をやる。
「お主、『言葉にすることによる認知』を回避しておるな?」
「どういうことですか、モリア師」
「ユーク殿、お主も魔術師の端くれであればわかるであろう。言葉とは認知から生じ、力ある言葉は魔力でもって現象へと変ずる。この者は、よほど強い魔力か呪いを宿しておるのじゃろう。それを直接語ることを憚られるほどに」
魔法の詠唱の事だ。
何をしたいかをイメージし、詠唱を行い、魔力に乗せることで魔法は完成する。
だが、それ以前に『言霊』という言葉がある。
口に出せば実現する、というような迷信じみたものだが……そうか、それは魔法のようなモノかもしれない。
「この者は、語りたいのじゃよ。そして語るべき言葉を、ここに隠した。さぁ、冒険の醍醐味……知識の収集を始めようぞ」
いかがでしたでしょうか('ω')
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