第５４話　再起と訪問者

「……ジェミーだ……！」

「『サンダーパイク』登録の魔法使い、ジェミー・オーセンで間違いないな？　救助を出すかどうか、いま揉めてるところだが」

「出してくれ。いや、俺が行く」

　ベンウッドに向き直って、そう告げる。

「おいおい、病み上がりだろうが。無茶するな」

「行かせてくれ。俺が置き去りにした……仲間だ」

　ジェミーが生きていて、未だ無事なのは奇跡と言える状況だ。

　きっと、神かそれに類するものが俺に与えてくれた機会だと考えるべきだろう。

　……それが、死の女神の誘いかもしれないとは疑うが。

「ベンウッド、頼みがある」

「ダメだ。それに頷けばお前は飛び出していくだろ？　冷静になれ」

「俺は冷静さ。いつまでそういられるかわかったもんじゃないがな」

　ざらついた救難配信が心をざわつかせる。

　いま、『無色の闇』は階段エリアすら安全とは言えない状況だ。

　いつジェミーの救難配信が途切れたっておかしくはない。

　冒険者として借りは返さねばならないし、仲間としてこれに応える必要がある。

「【退去の巻物《スクロールオブイグジット》】をもう一つ探してくれ。金は出す」

「……ああ、くそ。頑固者め。わかったよ。だが、救援を出すかどうかの判断は儂がする。これはギルドマスターとしての職務だ」

　席を立ったベンウッドが「一日待て」と言い残してパーティ拠点から出ていった。

　あの様子なら、もう一押しで許可を出してくれるだろう。

　あの迷宮で多くの仲間を失ったベンウッドならわかってくれるはずだ。

「あたしたちはいいけど、ユークは大丈夫なの？」

「ようやく馴(・)染(・)ん(・)だ(・)みたいで体の調子は悪くない。それと、救出には俺一人で行く」

「ええ!?　ダメだよ、そんなの！」

　マリナが眉を吊り上げる。

「『無色の闇』は危ないし、ジェミーさんはあたしたちを助けてくれたんだから。あたしはついてくかんね！」

「わたくしもです。ユークさんは一人にすると無茶をするでしょう？」

「わたしも行くっすよ。あの人は、同類みたいなもんっすから」

　次々と詰め寄られ、思わずたじろぐ。

「ボクも、いく」

　詰め寄ることはないが、断固とした意志を灯した瞳でレインが俺を見る。

「これをつけられた以上、一番危険なのは、ボク、だった。だから、行かなくっちゃ」

「ああ、それ……な」

　レインの首につけられたままの【隷従の首輪】。

　資料を見るに、命令者はサイモンとベシオ・サラスの二人。

　命令には視認が必要なので、レインは姿を見られないよう家から出ていないらしい。

「レイン、ちょっとこっちに」

「ん？　うん」

　近寄ってきたレインの細い首に指先を向けて、小さく魔法を詠唱する。

　丁寧に、注意深く、魔法式を構築してそれを放つ。

「──〈魔法式破壊(ディスペル・マジック)〉」

　パチンッと小さく爆ぜる音がして【隷従の首輪】がするりとレインの首から抜け落ちた。

「……はずれた？」

「ああ。いつまでもつけているようなものじゃないからな」

「こんな、魔法……知らない」

　レインが床に落ちてすっかり魔法道具(アーティファクト)としての機能を失った【隷従の首輪】を見つめる。

　アレが外れたことは喜んでくれていると思うが、彼女にとって、こうも簡単に魔法道具(アーティファクト)を破壊する魔法は、あまり好ましいものではないかもしれない。

「周りには黙っておいてくれ。これ、多分『暗黒魔法』なんだと思う」

　身に覚えのない魔法やスキルが、ねじ込まれている。

　それらが外から流れ込んだことによって、俺は少しばかり人の道を離れたようだ。

「もしかして、その刻印……！」

「ああ。俺はどうやら〝青白き不死者王(ノーライフキング)〟の使徒になっているようだ。神殿には黙っていてくれよ」

　呪いと祝福は表裏一体だ。

　どちらにせよ、それは人ならざる者が現世の人に何かしらの贈り物(ギフト)をもたらすときに使う言葉であり、都合の良し悪しで違う言葉を使っているに過ぎない。

「大丈夫なんですか、それ？」

「今のところは問題ない。いくつか魔法と、特技が増えただけだしな。あまり性質のいいものじゃないが、そう忌避するべきでもないと感じる。死の女神なりに俺を気に入ってくれたんだろうさ」

　シルクにそう答えて、俺の中に芽生えた魔法のいくつかを確認する。

　どれもこれも、俺向きだ。

　派手さはなく、ただ応用が利く。彼女(ペルセポネ)は、俺らしい英雄譚を死後の世界に持ち帰らせたいようだ。

　……やれやれ。

　英雄の真似事を口にして見せはしたが、俺が英雄になんてなれるはずがない。

　だが、冥途の土産の一つも準備しなくては、使徒としては失格かもしれないな。

　ならば、その最初の一幕はもう決まっている。

「ジェミーを助けに行く」

「わかりました。攻略プランを作成しますね。あの魔法の巻物(スクロール)がある前提でいいですか？」

「……本当についてくるのか？」

　俺の再度の確認に、全員が苦笑いする。

「ユーク！　あたしたちは仲間でしょ。絶対に一人で行かせないからね」

「そうっすよ。ユークさんはときどき水くさいっす」

　マリナとネネがニコリと笑って、うなずく。

「いいですか、ユークさん。一人で行かれてしまったらわたくし達が困ってしまいます」

「今度は、ボクたちが、ジェミーさんを助けよう。……みんなで」

　また一人で走るところだった。

　一人では大して何もできやしないくせに。

「そうだな、みんなで行こう」

　全員で頷き合ったところで、ドアを誰かがノックした。

　ベンウッドがもう戻って来たのだろうか？

「はい、どなたっすか？」

　素早く動いたネネが扉の前で確認をする。

　こういう時にネネが動くのは、あまり覚えのない気配が近づいたときだ。

「おい、開けろ。戻ってるんだろう？」

　扉の先から聞こえたのは、ベシオ・サラスの声だった。