第22話 『塔』と『闇』
──例の黒い壁の出現から数日。
空には多数の【手紙鳥】が飛び交い、それが混乱の度合いを示していた。
例の黒い壁……『反転迷宮』と名付けられたそれは、世界各地の迷宮に出現している。
ウェルメリアだけではない。北の隣国ルーナブルクや東にあるポルッカス共和国の大型迷宮でも同様の現象が確認され、迷宮事情に詳しいウェルメリアに報せがもたらされている状態だ。
そして、その情報がママルさんの伝手で『ラ=ジョ』にいる俺達に届けられている。
ベンウッドという大型戦力をどこにどう投入するか、という意図もあるようだが……ここに俺達がいるからという理由もあるだろう。
ビクトール王の期待が重すぎる。
ただ、情報が集まってくるおかげでわかったこともいくつかあった。
「なぁ、ベンウッド。これって……」
「ああ。でき過ぎだ」
作戦本部となったギルド建屋の一角、情報を取りまとめていたベンウッドと二人でテーブルにある地図を凝視する。
『反転迷宮』が発生した迷宮を、簡素な世界地図に記していくと、ある法則性があったのだ。
そして、それは俺の推測を裏付けるものだった。
「『深淵の扉』があるところばかりだ」
「ああ。見事に、な」
『反転迷宮』の出現した迷宮。
その全てが、『深淵の扉』があるとされている迷宮だった。
ルーナブルクにある『サルバン都市遺跡群』。
ポルッカスの『リットーニ大洞穴』。
ウェルメリアのクアロト近郊にある『アウ=ドレッド廃棄都市迷宮』。
あと、未攻略か未発見の迷宮がいくつか。
そこに『王廟』も含まれている。
「……しかし、これでどうしてフィニスは無事なんだ?」
俺達のホームタウンであるフィニスは迷宮都市だ。
『深淵の扉』が確認されている超高難易度迷宮『無色の闇』の真上にある街である。
だが、今のところフィニスが『反転迷宮』の発生に巻き込まれたという報せは届いていない。
「攻略されてるからか? それとも、迷宮の崩壊があったからか?」
「そんなことワシにわかるか。そういうのは、ママルの仕事だ」
おいおい……しっかりしろよ、ギルドマスター。
「『塔』があるから」
「ん?」
首をひねる頼りない迷宮伯二人の後ろから、そう声が上がった。
振り向くと、ニーベルンがこちらをじっと見て立っている。
「『塔』?」
「そう、『塔』。世界を繋ぐきざはし。ルンの世界では、結構研究が進んでた」
聞いたことのない話ではあるが、黄金の巫女たるニーベルンの言だ。信用に値する。
そして、そう考えればいくつかの推論をたてることも出来た。
「そうか……なるほど。イメージの問題だったが、少し違ったな」
「何がだよ」
「俺はあの場所がいくつもの世界の端が折り重なった場所だと思っていた。だが、おそらくそうじゃなかったんだ」
『グラッド・シィ=イム』崩壊時に見た『無色の闇』は何もなかった。
おそらくあれは、世界と世界の狭間に緩衝材のように満たされた何かで、全ての世界であってどの世界でもない場所なのだろう。
そして、ニーベルンが示した『塔』。
あれこそが、今まで俺達が『無色の闇』と呼んでいたものであり……世界と世界を繋ぐ、『深淵の扉』そのものなのだ。
だが、なぜ世界の外海ともいえるあの『闇』が漏れ出したのか。
あれは迷宮同様に……いや、迷宮以上にあれは異界だ。
この世界に存在していいものではない。
「……『深淵の扉』があるからか?」
この世界の端。異世界との接点。
時間の流れすら違う、こことは違う場所への扉。
それが、穴となって『闇』をこの世界へと流入させている。
「たぶん、そうだと思う。『反転迷宮』の中は、もう『無色の闇』で満たされてると思う」
「あれか……あれの中に行くのはもうゴメンだな」
『グラッド・シィ=イム』を脱出した際に歩いたあの場所。
何も存在しない、どこまでも広がる透明な闇だ。
「……ってことは、蛇口を締めに行くわけにゃいかんのか」
「元栓を締めよう」
俺の言葉に、ニーベルンが小さくうなずく。
「解決にはそれしかないと思う」
「どういうことだ?」
ベンウッドめ、察しの悪い。
「フィニスの『無色の闇』──『塔』に潜って、『深淵の扉』を閉じるなり破壊するなりして、現象を止める」
『塔』こそが、各地に存在する迷宮の……つまり、異界の根源であるとすれば、それを『攻略』して最奥にある『迷宮核』を機能停止にしてしまえばいい。
『無色の闇』の『迷宮核』は十中八九、『深淵の扉』だろう。
「破壊は無理だな。ワシらが試した」
「そんな記述、〝記録〟にはなかったぞ!?」
「意図的に書いてねぇんだよ。破壊試行自体が、現地に到着した調査団の独断だった。こんなやべぇ迷宮、残しておけねぇってな。でも、どうやっても壊れなかった」
破壊がだめなら機能停止させるしかないが、それには専門的な調査が必要だ。
あれが次元を越えるような超強力な魔法道具だと仮定して、それをコントロールするのにいかほどの時間がかかるだろう。
しかも、あの危険な迷宮の中を専門の調査員を護衛しながら進むのは相当な困難が予想される。
不可能に近いと言っていい。
「……とはいえ、方針は固まった。ビクトールに手紙を飛ばすか」
「そうだな。踏み込むにしても実際のところ、『無色の闇』がどうなってるのかの事前調査も必要だろうし」
『反転迷宮』の出現から、魔物は凶暴性を増している。
冒険者とギルドはその対処にてんてこ舞いだ。
この案が採用されても、踏み込む冒険者が居なくてはどうしようもできない。
で、あれば。
あらかじめビンセント王に打診をしておいて、王命でもってAランク冒険者の招集をかけてもらわねばなるまい。
「マストマ王子にも報告をしておくよ。ルン、おいで。一緒に説明してくれ」
「うん、わかった」
走り寄ってきたニーベルンと軽く手を繋ぎ、俺は作戦本部を後にする。
すぐそばのマストマ邸をみやると、おかしなことになっていた。
「なんだ、あれ……?」
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