第20話 騒ぎと確信
『ラ=ジョ』まであと数時間というところに来て、俺達はようやく足を止める。
背後にあった半球形の真っ黒な何かは、今は夜の闇に溶けているが、星の瞬きすら見えぬ黒い空がそこにそれがあることを物語っていた。
「もう大丈夫な位置だと思う」
場所的には一つ目の配信中継用魔法道具を設置した場所の近く。
あらかじめキャンプポイントとして確保しておいた場所だ。
「一息つこう。みんな、お疲れ様」
努めて明るめの声を出すが、彼女たちの焦燥を払拭するには至らなかった。
「あれ、一体何なんすか?」
「大雑把で乱暴な推測しか立てられないな」
ネネへの返答に、シルクとマリナが反応する。
「ユークさんには、予想がついてるんですね?」
「あれ、なんなの? ちょっとヘンだよ」
さて、ここで口にしてしまうべきかどうかは迷う。
俺とて、まだ混乱の最中に在り、確信の薄い推論を軽々しく口にしない方がいい気もしている。
だが、そんなことをお構いなしに、レインが口にしてしまった。
「……『無色の闇』」
やはり、レインも俺と同じ結論か。
俺と同じ感覚を共有しているのだから、当たり前といえば当たり前か。
「ユークの刻印が、反応してた、から。それに、気配がした」
「気配、ですか? わかるのですか?」
シルクの言葉に、レインが頷く。
「うん。ボクには、わかる」
「新しい魔法か何かっすか?」
「んふふ、秘密」
ちらりと俺に流し目を寄越して、レインが少しばかり悪戯っ子のように笑う。
仲間たちに詳しく説明することはできないが、レインは俺の祝福の片鱗を少しだけ持ってる。
彼女がそう望み、俺が甘えた結果だ。
レディ・ペルセポネが渋い顔をしないといいと思うが、今のところ苦情は来ていない。
もしかすると、これも折り込み済みだった可能性もある。
「ね、それはともかくとして、どうして? あるのは『王廟』でしょ? 『無色の闇』はウェルメリアじゃない」
「ああ、それなんだが……やはり『グラッド・シィ=イム』出現に伴う事象じゃないかと思う」
これに関してはニーベルンも加えて話し合いをしたいところだ。
この状況を誰より危惧していていた彼女の事、おそらく何かしらの答えを俺達に示してくれるだろう。
付け加えると、俺にしても立てていた仮説が半ば証明されてしまった。
「……拡大は止まったみたいっすけど、どうするんすか?」
「とりあえず、少し休んで戻ろう」
しかし……『死の谷』に入ると毎回せわしなく撤退する羽目になるのはどうしたものか。
もしかすると、相性が悪いのかもしれない。
冒険者の間でささやかれるちょっしたジンクスの類ではあるが、迷宮によっては相性の悪さというものがある。相性というか間の悪さというべきか。
しかるべき装備、しかるべき仲間、しかるべき準備を整えて入っても、どうしてもダメということがあるのだ。
「温かいスープでも腹に入れておこう。ネネ、警戒は魔法の巻物を使うから、少し眠ってくれ」
「大丈夫っすよ。こんな状況じゃ寝れないっす」
「〈眠りの霧〉でも飛ばしてやろうか?」
俺の提案に、ネネが「うぐ」と声を上あげる。
強制休息をとらされるのは何も俺だけではない。
ネネだって働き過ぎだ。特に『クローバー』に正式加入してからの彼女は、少し張り切り過ぎに思う。
「わかったっす。スープをもらったら横にならせてもらうっす」
「よし。さて……今日のスープはなにかな?」
【常備鍋】を取り出して、お玉でコンコンと叩いてやると、ふわりと芳醇な香りが漂った。
鍋の中ではふわふわと溶き卵が躍っており、どこか柔らかでエキゾチックな香りがする。
「これは……俺も初めてだな」
「でも、いい香り」
レインが目を輝かせて【常備鍋】を覗き込む。
相変わらずの魔法道具フリークっぷりに思わず嬉しくなってしまう。
「みんなもしっかり休憩をとってくれ。夜が明ける前に『ラ=ジョ』に戻るぞ」
俺の言葉に全員がしっかりと頷いた。
◇
生憎、宣言通りとはいかなかった。
恐慌状態に陥った魔物が多くおり、ところどころで足止めを食ってしまったためだ。
安全のために最短ルートを通れなかったのも痛かった。
とはいえ、夜明けすぐに『ラ=ジョ』に戻ってくることができた俺は、やはり半ば混乱状態となっている市街地を抜けてギルド建屋に向かう。
隣を駆けるのはレイン。そして、俺の背にしがみついているのはニーベルンである。
他の仲間たちはそれぞれに休息と情報収集を頼んでいる。
「ついていけばよかったな」
そうこぼすニーベルンだが、状況は把握しているようだ。
そして、その結論は俺達とも一致している。
問題は、それに対処する方法が俺達にはないということだ。
ああなってしまえば、『王廟』に速攻をかけて原因を取り除くという手段はとれない。
少なくとも、あの黒い壁の向こうに突っ込んでいくというのは無謀だ。
「……ん?」
ようやく見えてきた冒険者ギルドの建屋の傍に、人だかりができている。
この状況だ、陳情に訪れる住民がいたっておかしくはないが……どうも様子が違う。
「すみません。ここを通してほしいんですが、何かあったんですか?」
見知った顔の住民を見つけて、そう声をかけてみる。
「ああ、フェルディオさん。ラフーマ様がいらっしゃったんですが、少し揉めている様でして……」
「ラフーマ殿下が?」
「はい」
ラフーマ王子はマストマの兄にあたる人物だ。
武芸と軍事に通じた人間で、少しばかり考えが古臭く、それが故に長老たちの支持を得ている欲どおしい脳筋というのが、マストマ王子の言だったが……なるほど、サルムタリアの軍を有事で動かすとなれば彼が出張ってきてもおかしくはない。
「それにしても揉めてるって?」
「はい。この街を皆様の魔法道具ごと接収すると」
やれやれ、事情を聞かないとわからないがこんな事態になってまでそんなことを言い出すなんて、どうやら噂通りの人物のようだ。
さりとて、こんな所で足止めを食っているわけにもいかない。
むしろ正規軍の指揮者がいるならちょうどいい。いち早く情報共有をしなくては。
なにせ、これは一国ですむ話ではない。
──そう……〝淘汰〟は終わってなどいなかったのだ。
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