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最後の大聖女の災難と幸福【一章完結】  作者: 隠居 彼方
最後の大聖女の災難

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8/14

思索/王家



 問題は、このままではエヴァジオン家はシェスの巻き添えになってしまう、ということだ。


 王家の主張の通り、シェスが大聖女でない、という結論になったとしたら。

 エヴァジオン家は後ろ指を差されることになるだろう。

 今のところはエヴァジオン家の方が主導権を握っているようであるが、今後彼らはどう事を進めるつもりなのか。


 正直なところシェス自身は、「いや、私なんかが大聖女とか、確かにありえない」と思っていた。

 王家のやり方は間違っているが、思いは同じである。


 けれど。


――多分、多分だけど、私、大聖女っぽいんだよなぁ……。


 卒業試験で、神聖力が想定以上の数値だったのも。

 一年間も、一人で聖女の任をこなせたのも。

 少しずつ、シェスに大聖女としての力が移っていたからなのではないか。


 何よりも、今。

 シェスは自分の体に神聖力が満ち溢れているのを感じていた。


 独房にある、力を封じる仕掛けが役に立っていない理由も、そこにあるのだろう。


――なんで、本当に、私なんか……。


 不思議で仕方がなかった。


 シェスは自分がいかにちっぽけな存在か知っている。

 だから、たったひとつのこと以外は、分を弁えてきたつもりだ。

 大聖女の力など、望んだことはなかったのに。

 穏やかに笑って暮らせるなら、それだけで良かったのに。


 そんな風に生きていくことさえ、この国は、シェスに許してくれない。


 だから――。


「私は、ここを、出ていく」


 誰に聞かれるかも分からない。

 だからシェスは、声にならない声で告げた。

 音にすることはできなくても、決然と。






 王家がシェスをこのまま生かしておくか処刑するかの確率は、半々といったところだろう、と彼女は考えていた。


 王家にとって、シェスは邪魔でしかない。

 だがもし本当にシェスが大聖女だったとしたら、と考えた時。

 シェスを殺して、次にラヴィソンが大聖女の力を得られるとは限らない。

 それならば、聖女の力が減少傾向にある現状、神聖力を搾り取る方が都合が良い、と判断するかもしれなかった。


 冤罪で処刑されるのも嫌だが、使い潰される方がもっと嫌だ、というのがシェスの気持ちだ。

 この一年間の過酷な日々を思い出せば、遠慮しかしたくない。


――いや、でも、処刑したがるかな……。大聖女はラヴィソン様でしかありえない、って感じだったし……。


 その考えに辿り着いても、シェスはもう、然程恐怖は覚えなかった。


 魔獣討伐を数多く経験してきたシェスは、それなりに自分の実力に自負を持っている。

 王城にも実力者はいるだろうが、神聖力を使えるので身を守るだけならば何とかなりそうだと思えた。


 時間はたっぷりあったので、戦いのシミュレーションも済んでいる。

 神聖術の練習も欠かさなかったし、軽くではあるが体も動かしてきた。


 王家とエヴァジオン家の対立を知ったのも、そうした行動の中でのことだ。

 情報収集のため、遠くの音を拾う遠耳の術を使ったのである。


 遠耳の術により得た情報は、シェスがここから逃げる決意を後押しもしてくれた。

 外で何が起こっているのか知らなければ、シェスは機を逃していたかもしれない。

 エヴァジオン家が時間を稼いでくれていると分かったからこそ、早々にここから去らなければと、そう思えたのだ。


 決行は――。


 断罪から一週間目の、この夜。


 それまでの時間潰しにと、つらつらとシェスは過去に遡り、思索に耽っているのだった。








――それにしても、王家の人たちがあんなに感情優先じゃ、駄目だよなぁ……。


 ラヴィソンが大聖女にふさわしいというのには、シェスも同意する。


 シェスとラヴィソンは同い年。王立学院では同学年だったので、彼女がどれ程素晴らしい女性かは、シェスも己の目で見てよく知っていた。

 才色兼備で、それでいて努力も怠らず、誰にでも優しい。王太子が惚れ込むのも分かるというものだ。


 だからといって、ラヴィソンが大聖女に違いないと妄信するのは、国のトップにあるまじきことである。

 万が一にも大聖女を誤るようなことがあれば、被害を受けるのは国民であり、損なわれるのは国なのだから。


 それなのに――。


 王太子は思い込みのまま、軽率に振る舞った。


『またも我らを欺こうとするか』


 またも、とはシェスの卒業試験での出来事あっての言葉だ。


 あの頃既に、国の上層部においては先代大聖女の死期が近いという危機感が共有されていたのだろう。

 学生であり下位貴族出身であるシェスには知らされていなかったため、この状況下になってやっと、試験教官や騎士たちの警戒に満ちた態度が腑に落ちる。

 一年前から、シェスには大聖女詐称疑惑が浮上していたのだ。


 それに対する王家のやりようは、まともではなかった。

 シェスを警戒し、虐げただけで。

 思い込みでシェスを判断して。

 調査すら、きちんと行えていなかった。

 一年もの時間があったというのに。


 察してはいたが、遠耳の術でそれを知った時、シェスは聖女にあるまじき暴言を吐いてしまったものである。


 王太子は優秀と名高く、それならば今後のローワ王国も安泰だと、過去のシェスは尊敬すらしていたのだけれど、今は彼の治世に不安を覚える。


 シェスへの断罪も、振り返れば振り返るほど、杜撰なものだった。 


 王家であれば、やりようはいくらでもあったはずだ。

 それなのに、彼らは大聖女判定に疑義を残してしまっている。

 エヴァジオン家との確執も生じており、シェスを陥れることには成功しているものの、それを成功と呼べるのかは微妙だった。


――高を括ってたんだろうな……。


 大聖女にはラヴィソンが選ばれるに決まっていると。

 王太子は優秀ゆえに失敗も少なく、それが慢心に繋がったのかもしれない。


 だから、準備を、行動を、怠った。

 理性的に、真っ当に物事を進めることを、最初から放棄して。


 そうして彼らは、大聖女を失うのだ。




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