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最後の大聖女の災難と幸福【一章完結】  作者: 隠居 彼方
最後の大聖女の災難

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3/14

回想/子爵家



 おそらく、国の方はシェスがここまで持ち堪えるとは全く想定外だっただろう。

 聖女がたった一人派遣されるなど、前代未聞のことだったから。


 けれどシェスは、疲労を溜め込みながらもやり遂げてしまった。


 冷静になってみると、もっと早くに音を上げて、反省している雰囲気でも出しておけば良かったのではないか、とも思う。

 シェスは何も悪いことはしていないが、そうしていればあの試験官などは満足してくれそうだ。

 そうなれば、聖女の追加なり、任地の異動なり、シェスの待遇も改善されていたかもしれない。


――全く、なんであんなに頑張っちゃったんだろう……。


 そう胸の内に零しながら、シェスにはその答えが分かり切っていた。


 子爵家に戻りたくなかったからだ。


 実家であるティエル家に、シェスの居場所はない。


 だから、聖女であることにしがみつこうとして。

 失敗はできない、弱みを見せてはいけないと、自分を追い込んでしまったのだ。






 シェスはティエル子爵家の第一子だったが、誰からも誕生を喜ばれなかった。


 女児の誕生は、この国の多くの貴族家では喜ばれるものである。

 聖女となる可能性があるからだ。


 しかし、ティエル家では長年聖女が生まれておらず、聖女を期待しても無駄だと、後継となる男児を望む声が大きかった。


 ローワ王国は女神を貴び、女性を貴ぶが、貴族家の後継とはなれない。聖女と貴族家当主を兼任することが不可能だからだ。


 そのせいでシェスの母親は、男児を産まなければというプレッシャーを常に抱えていた。

 そのため最初に生まれた子どもが女児で、ひどく落胆したらしい。


 シェスは母親から、透明人間のように扱われた。

 名前を呼ばれたこともなければ、話しかけられもせず。

 勇気を振り絞って「お母さま」と呼びかければ、眉を顰められ。


 幼いシェスはどうして自分が母に疎まれているか分からず、随分と思い悩んだ。

 勉強や礼儀作法を人一倍頑張れば褒めてもらえるかもしれないと必死に努力したが、何も変わらず。

 母が男児を求めていると知った時には、どうしようもないと絶望するしかなかった。

 それでも諦めきれずに男性のような振る舞いを身に着けようとまでしてみたが、当たり前のように無駄に終わった。


 やがてシェスには弟が生まれ、母は弟に付きっきりになる。

 シェスへの態度は相変わらずで、弟との扱いの差をまざまざと目にし、シェスはようやく自分は愛されないのだということを受け入れた。


 弟への嫉妬がなかった、と言えば嘘になる。

 けれどそれ以上に小さな弟は可愛らしく、今度こそ自分に家族ができるかと思えば、期待が胸に湧いた。


 ただその期待も、空しいものとなる。


 母が常に弟の側にいて、シェスが弟に近付くことを嫌がったのだ。

 母はシェスを視界に入れたくもなかったのだろう。

 後継にはなれないシェスが弟を妬み、害をなすことがないようにと警戒していたのかもしれない。

 弟に近付かないようにと告げた母は、とても冷たい目をしていたから。


 それでも一縷の望みに賭け、弟と交流の時間を持ちたいと父に伝えてみたが、それもすげなく却下されてしまった。

 そんなことをしている暇があるならば、もっと有意義なことに時間を使えと言うのだ。

 父の言う有意義なこととは、ティエル家の利益になる婚姻を結べるよう、シェスが()()()()()淑女となるための努力をすることだった。


 父は一事が万事その調子で、家の利益のことばかり考える人だった。

 シェスのことは政略の駒としか見ておらず、家長としてしか彼女と接することがなかったのだ。


 幸いだったのは、両親がシェスを透明人間や駒として扱うことはあっても、あからさまに虐げるようなことはなかった、ということか。


 父は家のことは大事にしていたので、家の恥にならないようシェスにきちんと教育を施す手配をしたし、衣食住は子爵家にふさわしいものが用意された。


 シェスは両親に軽んじられてはいたが、使用人たちは淡々と仕事をこなしてくれ、嫌がらせや手抜きはなかった。

 そんなことをしたら父はティエル家が侮られたと判断しただろうから、皆賢明だったのだろう。

 かといって、シェスに情を持って接してくれるような者もいなかったけれど。




 そんなシェスに転機が訪れたのは、十二の時。


 その年になると必ず受けなければならない神聖力判定式で、神聖力を宿していることが認められたのだ。


 最初は信じられなかったけれど、じわじわとその事実はシェスへ沁み込んでいった。


 聖女になれば、あの家から出られる。

 透明人間を止めて、駒を止めて、シェスとして生きていける。

 そのことが、とても喜ばしかった。




 とはいえ、十五歳になってから三年間聖女候補として通った学院では孤立し、聖女となってからもとんでもない任地で苦労する羽目になったわけで、つらく苦しいことに変わりなく、どうしてこうなったのかと思うばかりである。


――本当に独りぼっちだったら、どちらにしても耐えられなかったな……。


 ティエル家での孤独な日々も、学院に入学してからの日々も。

 逃げ出さずに、心を失わずにいられたのは、シェスにはいつでも味方がいてくれたからだった。




 一番にシェスに情を教えてくれたのは、ティエル領にある神殿の神官長。

 サジェスという名のその人は、穏やかな好々爺で、神官長という職にありながら、いつも朗らかに、親身に接してくれる人だった。

 貴族令嬢として神殿の手伝いに行く度、彼は「ありがとう」と言ってくれ、頭を撫でてシェスを褒めてくれた。


 そのことが嬉しくて嬉しくて、シェスは頻繁に神殿を訪れるようになったのだ。

 神殿への寄与は称賛されることなので、父の反対もなく、シェスは安心して神殿に通うことができていた。


 他の神官たちも、シェスに優しかった。

 厳しい時もあったけれど、理不尽なことはなく、貴族令嬢として丁寧に扱われてはいたけれど、仲間としても見てくれていた。

 食事の時間、家ではいつも一人だったシェスに、食卓を囲み、団欒することを教えてくれたのも、神官たちだ。


 その中でも女性神官のアミティエとは、友人――というよりは姉妹のように親しくなれた。

 彼女はシェスより少し年上で、手伝いを始めた当初、不慣れだったシェスに懇切丁寧に教えてくれたものだ。


 祖父のようなサジェスと、姉のようなアミティエと。

 シェスは何度、彼らのいてくれる神殿で暮らしたいと思っただろう。

 シェスの居場所はそこしかなくて、笑顔になれるのも神殿でだけ。

 けれど神官になりたいと言っても父が許すことはないと分かり切っていたから、シェスはその願望を胸の内に閉じ込めるしかなかったのだ。




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