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最後の大聖女の災難と幸福【一章完結】  作者: 隠居 彼方
最後の大聖女の災難

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国境/相思



「シェス、また干からびないでね」

「またって言うな……」


 気まずい思いで、シェスはソルの差し出すタオルを受け取った。

 シェスに甘い幼馴染は、彼女の涙が落ち着くまで待っていてくれたのだが、ずっと見られていたことが気恥ずかしい。


「水も飲んで」

「ありがと……」


 水筒を手渡され、素直に受け取った。


「夜明けまでもう少しかなー。日が出たら出発しような」


 日の出まで待つのは、夜行性の多い魔獣との遭遇を避けるためだ。

 危険がないか探るように窓の外の様子を窺うソルの横顔を見、シェスは重たい口を開いた。


「あのさ……、出発するのは、私一人でいいんだけど……」

「え?」

「この国に残るってなると大変だろうけど……。でも、エヴァジオン家の人たちと行動した方がお前のためになると思う」

「は?」


 鳩が豆鉄砲を食らったような顔で、ソルはシェスに視線を戻す。


「何言ってんの?」

「ここまでやってもらったのに、裏切るようなことを言ってるって分かってる。でも、これ以上ソルを巻き込むのは……」

「何言ってんの?」


 もう一度言って、ソルはきつくシェスの手首を掴んだ。

 滅多にないソルの厳しい顔に、シェスは息を呑む。


「ソル、」

「巻き込むとか、そんなのはどうでもいいんだよ。むしろ巻き込んでくんないと困る。この一週間、シェスがいなくて、どんだけ苦しかったか……」

「たかが一週間、」


 たかがなんて、そんなことはシェスも思っていなかったけれど、ソルを跳ね除けるように言おうとして、遮られた。


「すんげえ長かったよ! シェスが酷い目にあってるかもしれないって、もしかしたら、命だって……、そう思ったら、いてもたってもいられなくて……。オレはもう、あんなの絶対に嫌だ」

「……ごめん」


 握られた手の強さから、必死の言葉から、ソルの想いが伝わる。

 シェスがソルの立場だったら、同じく気が気でなかっただろう。

 シェスは素直に謝って、けれど簡単には引き下がれなかった。


「でも、お前、せっかく頑張って神殿騎士になれたのに……。それに、記憶のことだって……。国を出たら、手掛かりを探すことだってできなくなる」

「神殿騎士を目指したのは聖女になるシェスと一緒にいるためだから、別に未練とかないよ」


 きっぱり言われて、シェスは目を丸くした。


「そ、そうだったの……?」

「言ってなかったっけ?」

「聞いてない……」


 茫然とするシェスと、きょとんとするソルとで見つめ合う。


「記憶の手掛かりを見つけるのに、あちこち神殿を巡る神殿騎士は都合が良いのかなって思ってた……。神殿への恩返しも兼ねられるし……」

「うん、神殿への恩返しにもなるかなーって思ってたのは、合ってる。でも一番の理由はシェスだよ。だから神官でも良かったんだけど、聖女のお付きには女性の方が優先されるから」


 あっけらかんと言ったソルだが、続けながら苦笑した。


「っていうか、シェスから見てオレってそんなに記憶に拘ってるように見えてた? そりゃ、最初は結構落ち込んだりしてたけど……」


 問われて、シェスは黙り込んだ。

 時折この幼馴染は、遠い眼差しをすることがあったのだ。

 所在がないような、迷子のような、そんな佇まいを見せることが、あったから……。


 そんなシェスの沈黙を受け取って、ソルは困ったように首を傾ける。


「まあ、正体不明じゃシェスのお婿さんは難しいかなって悩んでたりはあったかな? 親が貴族ならいいのにって思ったりしてさー。似合わねーよな。だからシェスが聖女になるって決めた時は、オレも嬉しかったんだ。聖女なら、身分関係なく結婚が許されるから」

「……へ?」


――今、とてつもなくツッコミどころしかない台詞を聞いた気がする……?


 シェスにとって無難なところから突っ込むと、似合わないどころか、ソルの外見だけは貴族以上に貴族である。

 ここまで豪奢な金髪は、王族でさえ珍しい。

 ソルは王家の血さえ引くのではないかと、一部の人間が囁いていたほど。

 とはいえ、エヴァジオン家が探しても彼の親は見つからなかったのだけれど。


「だからまあ、記憶については気にしてると言えば気にしてるけど、シェスが気にしないなら気にしないっていうか……。シェス、気にする?」

「いや、私も、お前が気にしないなら気にしないんだけど……。っていうかごめん、言い方悪いけど今それどころじゃなくなってる」

「うん?」


 シェスの様子に不思議そうにするソルに、彼女は恐る恐る切り出した。


「あのさ、ソルは……」

「うん」

「私のこと、好きなの? 恋愛的な意味で」

「うん」


 当然のように頷かれた。


「いや、平然と頷くなよ!?」

「え、だって好きだし。隠してたつもりもないし、シェスにはとっくに気付かれてると思ってた」

「気付いてない!」

「……言うタイミングは確かに逃してたもんなー。シェス自己評価低いし、気付かないか」

「そうだよ!」


 開き直ってシェスは肯定した。


「正直、私のこと好きとか、お前の趣味を疑うよ。っていうか信じられないよ。私だよ?」

「そこまで言う? シェスらしいけど……」


 呆れまじりにソルは笑う。


「シェスはさ、そうやって自分に厳しいけど、オレはシェスの良いところいっぱい知ってるよ。頑張り屋さんで、自分のためにも他人のためにも一生懸命なお人好し。うじうじだってしてるけど、いざとなったら勇気を出せて、それがすごくかっこいいんだ。寂しがり屋で、だから人に共感して優しくできる。それで……、誰だか分かんないオレの側にも、ずっといてくれた」


「な……っ、ば……っ」


 予想外の台詞が次々と飛び出して、シェスは言葉を失った。

 頭の天辺からつま先まで熱くなるようで、顔が赤くなっていくのを自覚する。


 そんなシェスの手を優しく握りなおして、ソルは甘く微笑んだ。


「シェスが好きだよ。これからもずっと側にいたい。……だめ?」


 蕩けるような眼差しに耐えきれない。

 シェスは俯いて、それでも何とか声を絞り出した。


「……だめ……じゃ、ない……」

「良かった」


 太陽以上に輝くような笑顔を浮かべたソルを、シェスが直視していなかったのは幸い、だったのだろう。


「へへへ、これで遠慮なくシェスを口説けるな」

「え、遠慮してたの……? お前が……?」

「してたの、これでも。ほら、学院入学前からシェスは修行頑張ってたし、学院でもそうだったし、この一年間はアレだったじゃん? 邪魔はしたくなかったからさ」

「それはその……、ご配慮いただきまして……」

「いえいえ」


 ペコリと互いに頭を下げて。

 何をやっているのかと、シェスは笑みを零していた。


 かけがえのない存在を失わずに済んだことが嬉しくて。

 ソルの想いが自分と()()であったことに、胸が熱くなった。


 分不相応と知っていて、シェスがたったひとつだけ、譲れなかったもの。

 それがこの、幼馴染だったから。


「……でも、もう、口説くとか、そういうのはしなくていいから」

「え~。ずっと我慢してたのに~」


 不満そうに唇を尖らせたソルに、シェスは精一杯の勇気をもって、顔を真っ赤にしながら告げる。


「ずっと前から……、私もお前が好きだから。口説くとか、必要ない――」


 そんなシェスの告白に対するソルの反応は劇的で、黄金の瞳が煌めき、頬が薔薇色に染まった。


「シェス! それ本当!?」


「お前……、うるさいんだけど……、本当です……」

「滅茶苦茶嬉しい!!」


 叫んで、ソルはシェスを力強く抱きしめる。

 大人しく抱きしめられながらも素直になれずに、シェスは顔を顰めた。


「ソル、大げさ……」

「全然大げさじゃないよ~。足りないくらい!」


 憎まれ口を叩きながらも、これ以上ないほどの喜びを覚えているのは、シェスも同じだった。


 分不相応だと分かっていたから、幼馴染として側にいることは譲れなくても、告白することなど考えられなくて。

 最初から諦めていた恋だった。

 それなのに――。


 目の前の幼馴染は、シェスの気持ちにこんなにも嬉々として、幸せが溢れ出すような笑顔を向けてくれるのだ。


「シェスが俺の顔好きなのは知ってたけど、恋愛かどうかはちょっと確信がなかったんだよなー。オレたち、両想いだったんだな~」

「うぐ……」


 浮かれ切った様子でソルは言う。

 幼馴染の顔に度々見惚れていた自覚はあるので、シェスは盛大に恥ずかしがるしかない。


「ってことは、オレたち、今日から恋人同士! 恋人同士ってことで間違いないよね!? いちゃいちゃし放題でいい!? いちゃいちゃします!!」

「よくない! 宣言するな!」


 シェスは抗議したが、次の瞬間には唇で唇を塞がれてしまったので、それ以上は何も言えなくなってしまったのだった。




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