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第十六章 -Part of your world- 不協和音

 旅を続ける生活をしていて身に付いた事が二つある。


 一つはどこでも眠れる事。


 そしてもう一つは、いつでも眠れる事。


 それは向こうにいた時からほぼ習慣として自然に身に付いたものだが、こっちに来てからは少しだけ変化した面もあった。


 『休める時に休む事』。

 バスや電車や飛行機での移動という訳にもいかない現状では、移動中の馬車だろうが、野営した草むらの上だろうが、眠れる時にしっかりと寝て体を休める事が重要だ。


 そういった意味では現在横になっている船の船室なんて、ベッドがある分だけ贅沢すぎる環境と言ってもいいだろう。



 チコッタ港を出てから半日以上が過ぎ、恐らく外はまだ日も昇らない暗紫色に包まれた夜明け前。

 船員以外は寝静まり、時折微かに聞こえてくるのは、キシキシという船体の軋む音と、あれから降り続く雨が甲板を叩く音だけだった。


 ――カンカンカン! カンカンカン!


 出航時の穏やかな音色とは打って変わって、情け容赦のないけたたましい鐘の音に、僕ら4人は揃って叩き起される。


「……鐘の音……?」

「非常事態を知らせる鐘ですね……」

「ンニャ!? な、な、なにごとニャ?」

「何か問題でも発生した様でござるな……」


 慌てふためきながらも真っ先に自分の鉤手甲を身に付けたスズ、顔色一つ変えずに刀を手にしたセツカの2人はさすがとしか言いようがない。


 とにかく外の様子を窺う為に鍵を外し廊下への扉を開けると、船内のあちこちからは慌ただしく走り回る足音や怒鳴り声が響いてきた。


 丁度その時、反対側の通路の向こうから走って来る船員の姿が目に入った。


「あのっ! 何かあったんですか?」

「ああ……、セイレーンがまた出たらしい……。とにかく船室で待機して」


 船員はそれだけを言い残すと、そのまま甲板へ上がる階段がある通路へと走り去ってしまった。


「セイレーン……」


 静かに扉を閉じて室内へ戻ると、皆の不安そうに揺れる瞳が僕に集まる。

 どうやら船員の声が室内まで聞こえていたらしい。


 無言のまま自分のベッドに重い腰を降ろすと、深い溜息が自然と口から漏れ出た。


(悪い予感に限って当たるっていうのは本当だな……)


「……私、何か飲み物を淹れますね」


 重苦しい場の空気を変えようとしてくれたのか、ティアレが皆の分のコーヒーを作り始める。

 やがて室内に漂い始めた芳ばしい香りに刺激され、ようやく少し頭が冷静になってきた。


「皆……、どう思う?」


 ティアレから受け取ったコーヒーを一口啜ってからそう切り出す。


「……どう思う、とは、どういう意味でござるか……?」

「この一件……、僕ら、と言うより主に僕が、だけど……、無関係だと思う……?」


 全員が揃って黙り込む。

 僕の()()ではないとしても、何か関係があると考えていたのは僕一人だけではなかったみたいだ。


「だとしても! ……イッチーさんに……、何の責任もないと思います……」

「そ、そうニャ。こんニャの、むしろイッチーの方が被害者みたいなものなのニャ~」

「ありがとう……。でもやっぱり……、見て見ぬ振りは出来ないよね」


 思わず浮かんだ苦笑いに、セツカだけが厳しい表情で僕を見つめると


「……拙者が行くでござるよ」


 ただそれだけを呟いて立ち上がった。

 一口飲んだだけのコーヒーをテーブルに置くと、音も無く刀を腰に差す。


「そ、そんなのダメニャ! セツカが行くならアタシだって行くのニャ!」

「そうですよ! 私もきっと何かお役に立てるはずです」

「……だ、そうだよ? セツカさん?」


 ハーっと大きな溜息をついたセツカだったが、その表情はとても柔らかいものだった。


「もう僕らは全員、旅の仲間でしょ? ()()()

「なっ! ……全くもう……、ズルいでござるな……」


 ついさっき鐘の音で叩き起された時なんかよりも、遥かに狼狽えた様子で顔を赤くしているセツカはとても可愛らしく見える。

 けれどずっと鳴り響いていたその鐘の音も、いつの間にか聞こえなくなっていた。


 不安を煽っていた音が止んだ事で、逆に別の不安が胸に去来する。

 鐘が止まった理由についてだ……。


 皆も同じ事を考えているのか、真剣な表情でそれぞれ目を交わす。

 それでも影を落としていた正体不明の畏れは、すっかりどこかへ消え去っていた。


(そうだ……、この仲間達が一緒なら何も怖がる必要なんてない)


 僕は冷めてしまったコーヒーを一気に飲み干すと、ギターケースを手にして力強く扉を開けた。



 足音を殺して階段を登り甲板の様子を窺うと、先程部屋の前を走っていった船員が床に倒れているのが視界に入った。

 セツカが素早く船員の傍らにしゃがみ込み状態を確認する。


「……気を失っているだけでござる」


 皆揃って胸を撫で下ろすが、これで尚更油断出来る状況ではない事が分かったのも確かだ。


 未だ降り止まない雨は甲板を濡らし、日も登らない空は陰鬱な雲に覆われ、星一つ見る事が出来ない。

 空との境界線すらあやふやな水面は不気味に揺らめき、うねりに合わせてキシキシと鳴く船体の音だけが闇夜の海上に虚しく響いていた。


 そしてそんな闇に呑まれた船の船首近くに、()()は当然の様に腰掛けていた。


 妖しく光る双眸と目が合う。


「……子供……?」


 ぼんやりと朧げにしか見えない輪郭は、小柄なミンクよりも更に小さく思えた。


「いえ、セイレーンはほとんど姿が変わらないと言われています。気を付けて下さい、イッチーさん」


 ティアレにそう言われて、緩みかけた気をもう一度引き締める。


(つまりあんな見た目でも大人の可能性もある訳か……)


 徐々に闇に目が慣れてくるにつれ、甲板に大量に倒れ伏した船員達に気が付いた。

 申し訳ないが今は一人一人確認している余裕はない。

 とにかく全員無事である事を祈るばかりだ。


 キンッと甲高い音が聞こえた方を見ると、手甲から爪を伸ばしたスズが、そしてその隣には柄に手を掛けたセツカの姿があった。

 2人が動けば、恐らく秒と掛からずにあのセイレーンは絶命するだろう。


(けれど本当にそれでいいんだろうか……)


 理由は全く分からないが、妙に胸の辺りがザワつく。

 そうじゃないだろうという疑念が消えてくれない。


「……2人共、ちょっと待って……」


 自分でも無意識の内に、そんな言葉が口をついていた。


 表情など見えるはずもない闇の中で、そのセイレーンが()()()様に思えた。


 ――次の瞬間、視界がぐにゃりと歪む。


 強烈な立ちくらみを覚えて平衡感覚を失う。

 

 それが歌声だと気付いた時には、スズとセツカが床に倒れる音が聞こえた。


 脳内を直接揺さぶる振動に飛びそうな意識をギリギリで繋ぎ止め、膝に力を入れてどうにか踏み止まる。

 僕ですらこうなのだから、音に敏感なスズやセツカには相当キツイに違いない。

 隣ではティアレが膝をついて苦し気に頭を抱えているが、僕自身立っているのがやっとでどうする事も出来ない。


 一体どんな発声器官をしているのか、和音とメロディーが同時に聴こえてくる。

 声を奪う為にとっさに【ミュート】を発動させるが、歌声は微塵も変化する事なく夜の海へと響き渡っていく。


(……なんでだ……? 全然効果が無い……)


 もしかしたら歌声それ自体が魔術的な作用なのかもしれない。

 だとすれば、術に適性を持たない僕のスキルでは干渉出来ない可能性はある。


 立て続けに【サウンドリフレクション】を発動させて、セイレーンを音の反射板で取り囲んでみるが、これも同様に全く効果が無かった。


(どうする……、イチかバチか例の教団を相手にした時の様に、ヴォリューム全開の爆音を叩きつけてみるか……?)


 何にせよあまり長く悩んでいる余裕はない。

 仲間達の心配もあるが、僕自身がそれ程持ち堪えられないだろう。


 覚悟を決めケースを降ろす為にしゃがみ込むと、膝をついたままのティアレが這い寄ってきて手を貸してくれた。

 ずっと僕と一緒に旅を続ける事で、他の2人に比べて音への耐性が高くなってきているのかもしれない。


「ありがとう……」


 それだけを伝えるのがやっとだった。

 最後に受け取ったピックを摘む指も震える。


「……イッチーさん……」


 ティアレの縋る様な目の奥から、『本当にこれでいいんですか』という意思が伝わって来る。

 それは僕自身の迷いでもあったが、今は仲間を守る事の方が優先だ。


 どうにか立ち上がり、もう一度セイレーンと対峙する。


 震える指に力を入れ、ピックを叩きつける!


 ――寸前の所でその手が止まる。


 何か強烈な違和感を覚えた。

 その違和感の正体を探ろうと意識を集中させてみるが、容赦なく脳内を揺さぶる歌声に意識も散り散りに霧散してしまう。


(……歌声……? ……音……?)


 それまで可能な限り意識の外へと締め出そうとしていた歌声に、逆に意識を集中させてみる。

 デタラメな不協和音にデタラメなメロディー。


 それらデタラメな音一つ一つを丁寧に拾い集めていく。


......................................................


・風龍セフィラート、土龍ロドンゴの加護により、新たなスキルの習得を確認


・特殊複合スキル【スコアリング】の発動を確認


......................................................


 ――瞬間

 頭の中に鮮明な五線譜が浮かび上がり、拾い集めた音全てがその楽譜に正確な譜面を描いていく。


 一音、また一音、一つも取り零さぬ様、慎重に、慎重に拾い集める。


 1小節が過ぎ、2小節が過ぎ、4小節が過ぎた頃には疑念が確信に変わりつつあった。


 セイレーンが紡ぎ出している音のそれら全ては、正確に、寸分違わず、()()()()()()()()()()()()()()のだった。

まずはここまでお付き合いいただいてる読者の方々に感謝を。

今回のお話で遂に30万字を超えました。

ここまで書き続けてこれたのも、続きを楽しみにしてくれている皆さんのお陰です。


これからも応援よろしくお願いします。

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