第十四章 -Beat the soul- 『夢の旅路』
広々とした闘技場の中で、ただ一人真っ先に立ち上がり、両手のひらが痺れる程の拍手を送っていたのは僕だけだった。
周りの人達が、若干驚いた様子で僕を見つめている。
けれどそんなのは全く気にならなかった。
ドラムンベースかトライバルハウスでも聴いた後の様な、不思議な高揚感。
この世界に来てから初めて味わった、この世界の音楽。
加えて向こうの世界でも滅多に経験する事の出来ない、卓越した技術と切磋琢磨によって築き上げられた素晴らしい演奏。
そんな心揺さぶる音楽を届けてくれたスズと演奏者達に、僕は惜しみない賞賛を送らずにはいられなかった。
数秒遅れて会場が喝采で満たされる。
「うぉおおおお!!!
「姫様さいこぉぉぉおおおおおお!」
「やっぱり姫様のドンゴが一番だぁあああ!」
(スズが皆に慕われているのは、もしかしたら現頭首の娘や、次期頭首候補筆頭という立場だけじゃなくて、このドンゴの腕前が理由なのかもしれないな)
僕がそんな事を考えている間にも、興奮は次々と人々に伝播していき、闘技場が一瞬で熱気に包まれていく。
スズもそんな皆に向けて、笑顔で手を振って応えていた。
冷めやらぬ熱狂の中、フューレンさんが静かにスズに歩み寄る。
居住まいを正そうと身構えた人達を、そっと右手で制すと
「よい、気にせず続けてくれ。……さあ、今宵のドンゴも冴え渡っておる! 戦神の調べは我らバルハイドと共に!」
『戦神の調べは我らバルハイドと共に!』
フューレンさんの掛け声に続いて、皆が一斉に勝鬨を揃える。
「戦神の調べ?」
「今の曲名でござるよ。二千年以上前からバルハイドに伝わると言われている、戦歌でござる」
(戦歌……。確か戦いの前に戦士を鼓舞したり、戦勝を称える為の音楽だったか……)
確かにさっきの曲ならば、戦意を高揚させるには理想的なのかもしれない。
事実初めて耳にした僕でも、不思議な熱の余韻を感じている。
「……さて、今宵はもう一つ趣向を凝らしてみたいと思っている」
ようやく騒ぎが収まり始めた所で、フューレンさんはそう切り出した。
「聞けば、娘の命を救ってくれたイッチー殿は、楽士だと言うではないか!? 出来る事ならば、この宴の席で、是非我らにも一曲お聴かせ願えないかと思うのだが、どうだろうか!?」
(いや、初耳ですけど……)
唖然とする僕、オロオロするティアレとセツカをよそに、やんややんやと盛り上がり始める観衆達。
そろそろ酒が回ってきた人達も出始めたのか、囃し立てる声や、指笛、下品な煽りまで聞こえてくる。
(……なるほど……、ようやく流れが読めてきた……。これでなんで僕が、わざわざ宴の席にギターを持ってこさせられたのも分かった)
つまりはこういう事だろう。
村のアイドル的存在であるスズが、何処の馬の骨とも知れない、いけ好かない奴に誑かされたらしい。(誑かしてないけどね……)
ところが都合が良い事に、そのいけ好かない奴は楽士だという。
それならば一族が誇る、最高のドンゴの演奏の後に一曲やらせて、せいぜい赤っ恥をかかせてやって溜飲を下げよう。
恐らく筋書きはこんなとこじゃないだろうか。
(あれ~……、確かフューレンさんは、道化を演じてるだけって話じゃなかったっけ……?)
セツカを見ると、青ざめた顔で気まずそうに視線を逸らした。
どうやらこの行動は、セツカにとっても相当に予想外だった様だ。
「……ハァ……」
(なるほどね……、それならそれで一向に構わない。プロを舐めてもらっちゃ困る。そういう事なら……、そんな思惑には乗ってやらない)
立ち上がり、ティアレと目を合わせると、それだけで僕の考えを察したのか
「ハァ……」
と、僕と全く同じ溜息を一つだけついた後、ケースを開けて慎重にギターを手渡してくれた。
相棒を肩から掛けると、闘技場にそれまでとは違ったざわめきが広がっていく。
「カポはいりますか?」
「うん、お願い」
「ハーモニカはどうします?」
「それじゃあ……、Aキーで」
恐らく今この場で、本当の意味でただ一人の味方であるティアレが準備を手伝ってくれる。
でも実の所、僕は周りの事とか、僕を笑いものにしたい空気とか、その辺はどうでも良かった。
あれだけの素晴らしい演奏を、心躍る音楽を届けてくれたプレイヤーとセッションする事が出来る。
ただその事に対する期待と興奮、そして喜びに胸が高鳴っていた。
ゆっくりと、スズが待つ小さなステージに向かう。
「ニャハハハ、本当はずっとイッチーと一緒に演れるの、楽しみにしてたのニャ~」
(そう言えば、今までスズとセツカの前で演奏した事は、一度もないんだったな……)
見事に色々なタイミングのすれ違いがあったのは確かだけど、まさか聴かせるのとセッションが同時なるとは思わなかった。
そっとステージの端に腰掛ける。
なぜか久しぶりに向こうの事を思い出していた……。
ツアーツアーの日々で、一番日本を駆け回っていた頃。
ツアーというのは、当然僕ら5人だけが移動すればいいなんて単純な物じゃない。
そこには、僕らの食事を用意してくれる人、宿泊先の手配をしてくれる人、楽器の管理調整をしてくれる人、会場の確認やスケジュールを管理してくれる人。
もちろん中には現地で合流するスタッフもいるけど、大半は僕らと同じバスに乗り、同じ食事を摂り、一緒に旅をする大切な仲間達だ。
短くても数ヶ月、長ければ年という単位の時間を共に過ごす仲間達。
「もうすぐ子供が生まれるんだ」、「子供が小学校に上がった」、「次の会場にカミさんが見に来るんだ」、「実は彼にプロポーズされたんです」。
自慢げに子供の写真を見せてくる人、奥さんからの手紙を何度も読み返す人、困り顔で友達へのサインを貰いに来る人。
それぞれにそれぞれの大切な人がいて、家族があって、守りたいものがあって、そんな様々な想いを乗せて僕達は旅を続ける。
僕ら自身や、どこかの誰かの為じゃなく、初めて目の前の仲間達の為に、移動中のバスの中で書いた曲。
あまり人気の出た曲ではなかったけど、僕らやスタッフの間では一番思い入れの深かった、とても大切な曲。
「ちょっと変則的なリズムだから、後から僕についてきて」
それだけを伝えると、スズは黙って頷いた。
『夢の旅路』
シックスエイトと呼ばれる、ワルツにも似た複合拍子のスローバラード。
ケルトを強く意識した、民族音楽的な曲調。
ゆったりとした牧歌的なハーモニカのメロディーに、変則アップダウンのキレを効かせたギターを被せていく。
歌い出しは緩やかに。
見渡す限りの草原を進む、馬車に揺られる様に……。
私は今日もあなたを一人残して旅に出る。
けれど、私の想いはいつもあなたと共に。
遠く離れた見知らぬ地でも、目を閉じればあなたの姿が鮮明に浮かぶ。
この気持ちを歌に出来ればいいのに。
そうすればきっと、吹き抜ける風に乗って、同じ空の下にいるあなたの元まで……。
そんな思いを込めた曲だった。
そっと寄り添うように、スズのパーカッションがゆっくりとフェードインしてくる。
変則的なリズムだというのに、寸分のズレも無くピタリと合わせてくる辺りは、さすがとしか言い様がない。
その時……、僕はほんの僅かな違和感を覚えた……。
それが具体的に何なのかは分からない。
言葉でどう表現すればいいのかも分からない。
抑えて欲しい所で抑え、上げて欲しい所で上げ、溜めが欲しい時には溜め、走りたい時には着いてきてくれる。
それは申し分のない、何一つ違和感など感じる必要も、理由もない完璧なセッション。
そこまで考えてから、ようやく違和感の正体に気付いた。
(そうだ……、何一つ違和感が無い事が、この違和感の正体だ……)
仮に僕の技量を100、スズの技量を100としても、普通はそれが200を超える事は無い。
それを400や500、1000にまで高める事が出来るのは、【音の一体感】。
けれどそれは、個人の技量や理屈などでは到底届かない領域。
真摯に音楽と向き合い、共に音を積み重ねていく事で初めて生まれる調和。
(……これじゃあ……、これは、まるで……、【アキ】のドラムじゃないか!)
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・スキル【集音位置設定】
1.ギターピックアップ 設定完了
2.口元 設定完了
3.ハーモニカ 設定完了
4.ドンゴ1番~6番 各ヘッド部 設定完了
・スキル【イコライザー】
各バランス 確認、全バランス設定 完了
・スキル【ヴォリュームコントロール】
音量5に設定 完了
・スキル【モニリング】
モニタリング位置 確認
モニタリング音声 スキル使用者、演奏者へのフィードバック設定 完了
・スキル【アンプリファイア】オン
指向性 演奏者を中心に放射状拡散に設定 完了
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――瞬間
音の奔流と同時に、辺り一面が虹色に染まる。
ありとあらゆる種類の光が、複雑に絡み合い、混ざり合い、時に分かれ、再び重なり、僕ら2人を中心に次々と夜空に噴き上がっていく。
(……これが……、もしかして、精霊……?)
確かティアレの話では、人工物が多い場所では精霊はあまり姿を現さないという事だった。
それなら今までの、各街の演奏の時に現れなかった理由は一応理解出来る。
(じゃあなんで急に、僕にも視える様になった?)
数百、数千、瞬く間に数万、数十万にまで膨れ上がった光の渦は、やがて僕らの演奏に合わせてゆっくりと踊り始める。
まるで音の無い花火が、目の前で次から次へと打ち上げられる様な光景。
そんな光景に言葉を失くし、ただ呆然と夜空を見上げる人々。
瞬きすら忘れて、両目から溢れる涙を拭おうとすらしない人々。
現実の物とは到底思えない、幻想的な光の群れが渦巻く夜空の下。
見上げた天球にも、負けじと輝く満天の星星。
無限の星星に彩られたステージの中、僕らの音楽は、
ゆったりと、穏やかに、どこまでも、どこまでも響き渡っていく……。





