第十四章 -Beat the soul- 魂のリズム
「しかし……、何て言うか凄い人だね……」
「……フューレン様は、ああしてあえて道化を演じておられるのでは、と思う時があるでござるよ……。誰よりも、一族と姫様の事を案じておられるのは確かでござるし……」
通された客間で一息ついた所で、そんな会話になった。
(まぁ確かにそれぐらい頭が回らないと、武闘派集団の長なんて務まらないのかもしれない)
屋敷は思っていたよりも質素な造りで、普通の家を大きくしただけといった印象だった。
とは言え、元々が庶民の僕からすれば、猫亭の最上級スイートなんかよりは、遥かにこの方が落ち着けるのも事実だ。
スズだけは儀式の準備があるとかで、自室に向かったらしい。
1週間遅れのスズの成人の儀と、僕らの歓迎の宴とやらを、この際一緒にやってしまおうという趣向みたいだ。
「そう言えば、会場はどこか別の場所とか言ってたけど」
「戦神の祭壇でござるな」
『戦神の祭壇?』
意図せず僕とティアレの声が被る。
「今この街がある場所は、元々バルハイド族が暮らしていた土地ではないでござるよ。ここから少し離れた森の中にある祭壇、そこにバルハイドの始祖たる『戦神ウォード=バルハイド』様が降臨なされた。言い伝えにはそうあるでござる」
「つまりそこが元々のバルハイド村?」
黙って頷くとセツカは続けた。
「その祭壇を中心に据えた、小さな村だったという話でござる。しかし時が過ぎれば姿も変わるもの。今ではコロシアムが作られ、闘技場や祭儀場として使われているでござるよ」
「コ、コロシアム……」
「ハハッ、案ずる必要はないでござるよ。イッチー殿が、姫様の命をお救いしてくれた事実は変わらないでござる。フューレン様もああは言っておられたが、本気でイッチー殿と決闘をするつもりなんて無かったと思うでござるよ」
それを聞いて一安心だ。
場所は整えたから「さあ、いざ尋常に」、なんて言われたらたまったものじゃない。
屋敷の使用人が用意してくれたお茶を飲んで寛いでいると、控え目に扉をノックする音が聞こえてきた。
「お待たせしました~。馬車のご用意が出来ましたので、どうぞ~。スズは先に行っておりますので、あちらで合流になりますぅ」
そう言って現れたのはスズのお母さん、ウルハさんだった。
複雑な刺繍が施された背中の大きく開いたドレスに着替え、羽飾りやアクセサリーで彩られた姿は、こうして改めて見ると、驚く程美しい女性である事が良く分かる。
それでも意志の強そうな大きな瞳や、ぽってりと厚い唇などは本当にスズに良く似ていた。
「そんなに遠いんですか?」
「いえいえ~、歩いても10分程度ですけど、大切なお客様を歩かせる訳にもまいりませんからねぇ。セツカ、お願い出来るかしらぁ?」
「御意に」
それぐらいなら歩きますよ、と言い出すより先に決まってしまった。
これも無理に断るのはかえって失礼だろうと判断して、ティアレと頷き合う。
「それじゃあ、よろしくお願いします」
どうやらウルハさんも僕らと一緒に行くらしく、セツカを先頭に、やや緊張した面持ちのティアレと共に用意された馬車へと向かうのだった。
――戦神の祭壇
体育館程はあろうかという巨大な円形コロシアムは、ぐるりと取り囲む様に多くの篝火が焚かれ、既に集まっていた千人近い獣人達の異様な熱気に包まれていた。
夜の帳が落ちた満天の星空の下、ゆらゆらと揺れる篝火によって浮かび上がる石造りの闘技場は、かつてこの地に降り立ったとされる戦神を想起させる、どこか幻想的で荘厳な光景だった。
闘技場の中心には、戦装束に身を包んだ現頭首フューレン=バルハイドが、僕の身長ぐらいはある鉄塊にも似た大剣を背負い、無言のまま目を閉ざしている。
先程入口で別れたウルハさんが、そっとその隣に寄り添った。
僕ら3人が案内された席に腰を降ろすと同時に、フューレンさんは静かにその両目を開けた。
「今宵はよくぞ集まってくれた、誇り高き我らがバルハイドの同胞達よ。我が娘もようやく成人の儀を迎える事となった。これも皆の支えあってこそ。まずはワシから感謝を伝えさせてくれ」
そう言うと、ウルハさんと揃って、ゆっくりと時間を掛けて頭を下げた。
頭を上げると、そのままウルハさんだけが、闘技場の入場口らしき方へと姿を消す。
次に姿を見せたのは、父親の出で立ちと良く似た、けれど女性用にアレンジされているのか、所々愛らしさも備えた衣装を纏ったスズだった。
さすがにいつもの様にふざけた様子は無く、その大きな瞳で真っ直ぐに前を向いて歩く。
その後ろにウルハさんが続いて、闘技場の中央へと戻って来る。
静まり返る闘技場。
ガチャっという重々しい金属音の後、フューレンさんがその背中の大剣を、力強く、天を貫けとばかりに高々と振り上げる。
――次の瞬間
『うおおぉぉぉぉぉおぉおおおおおおおおおぉおぉぉお!!!!!』
千人近い獣人が一斉に立ち上がり勝鬨を吠える。
「ひめさまぁぁあああああああああ!」
「姫様ばんざぁぁあああああああああああい!!!」
「うわあああああああ、姫様! 姫様!」
「姫様おめでとうございます!」
全員が口々に悦びの声や、祝いの言葉を叫び、場は一時騒然となる。
しかし無秩序無軌道かに思えたその叫びも、フューレンさんが左手を上げると同時にピタリと止まった。
「そして……、詳しくは話せぬが、我が娘……コホン、『スズ』と真名を受けた娘の命を救ってくれた、勇敢なる若者2人にも深く感謝を」
セツカに促されて、ティアレと2人でその場に立ち上がる。
『パチパチパチパチパチパチパチ!』
(……あれ? なんかスズの時と随分扱いが違うと言うか、凄く社交辞令的な空気を感じるんですけど……?)
別に賞賛や賛辞を期待してた訳じゃないけど、どことなく皆の目線も冷たい気がする。
「(姫様は村の皆、特にバルハイドの民からは、強く慕われているでござるよ……。恐らくはイッチー殿の事を快く思わぬ者も……。……全く面目次第もござらん……)」
隣のセツカがそっと耳打ちしてくれる。
(なるほど……そういう事か……。まぁ確かに村一番のアイドルが、いきなり男連れで戻って来たら、そりゃあまり気持ちの良いものじゃないだろうからね……。男じゃないけど……)
「それでは今宵は心ゆくまで楽しんでくれ! 宴の準備を!」
フューレンさんの掛け声を引き金にして、次々と料理や酒が運び込まれ、一瞬にして場は宴会会場と化す。
僕らの前にもこれでもかと豪華な食事が並ぶ。
正直かなりお腹が空いていたので、とりあえず面倒な事は忘れて料理に集中する事にした。
ところが食べ始めて暫くすると、別の気になる事が僕の意識を奪った。
(……あれは、確か……スズが言ってた『ドンゴ』? だったっけ?)
いつかトッド親方の店で、スズがセツカと一緒にはしゃいでいた時に聞いた打楽器の名前だ。
サイズは色々あって、ボンゴとも言えるしコンガとも言える。
多分サイズ的な名前の違いはなくて、あの打楽器自体を指して『ドンゴ』と呼ぶんだろう。
2連のそれらを抱えた演奏者達が、煌びやかな衣装を翻して闘技場の中央へと集まり始める。
そして何よりも、その演奏者達の中心に用意された壇上に上がるスズ。
スズだけが他の演奏者とは違い、6連のドンゴの前に不敵な笑みを浮かべて立っていた。
「バルハイド族の頭首として必要な条件は、実は腕っ節だけではないのでござるよ」
不思議そうな僕の様子に気付いたのか、セツカがそう教えてくれた。
「……? と言うと?」
「ドンゴの腕前。それがもう一つの条件でござる」
「じゃあフューレンさんも?」
「(戦闘ではまだ遠く及びませぬが、ドンゴの腕は既に姫様の方が上でござるよ)」
周りを気にしたのか、小声でそう言ったセツカの顔は、とても誇らしげに見えた。
『タンッ! タンタンッ! タンタッタタッタッ!』
何の前触れもなく弾けた音が、所狭しと駆け回り、闘技場を飛び出し、夜空へと跳ね上がる。
決して闇雲な乱打などではなく、低音、中音、高音、ベースライン、メロディーライン、それぞれ綺麗にパート分けがされていて、打楽器だけでしっかりと一つの曲を奏でている。
原始的な打楽器の、いや、原始的な打楽器だからこそ生み出せる魂のリズム。
人類史最古の楽器は、恐らく自身の体の一部や物を叩く事から始まったと言われている。
単純な、単純故に呼び起こされる魂の記憶。
数百万年前の、遠い遠い祖先の遺伝子に刻み込まれたリズム。
こうして夜空の下、篝火を囲い、食事を共にし、体を揺らし、声を上げ、
時に怒り、時に悲しみ、そして時に感謝し、時に喜んだであろう悠久の歴史。
正直この世界に来てから、自分以外の演奏が聴けるとは思ってなかった。
どこかもう諦めていたと言ってもいいかもしれない。
それがこんな形で、しかもこれほど素晴らしい音楽に巡り会えるとは、夢にも思わなかった。
そしてそんな中にあって、たった一人だけ技量のレベルどころか枠組みが、見えている世界が違う演奏者がいる。
絶対音感という物を一つの尺度として考えるならば、それはまさしく『絶対律動感』。
外的な基準ではなく、己の中に己のリズムという物差しを生まれ持った存在。
『魂のリズム』。
それがスズだった。





