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第十四章 -Beat the soul- 『フューレン=バルハイド』

「姫様だー! 姫様がお戻りになられたぞー!」

「おお……、姫様……ありがたや、ありがたや……」

「ひめしゃま~、ひめしゃま~」


 ――南の大陸ロドンゴ中部


 近接戦闘では世界最強と名高い、バルハイド族が暮らす村『バルハルド』。

 ただしこのバルハルド村もレディウス村と同じく、『村』と呼ばれているのはあくまで慣習で、実際には中部最大と言ってもいい小都市である。


 最大の特徴はその人口比率で、獣人中心のロドンゴの中でも、その住人の大半を獣人が占めるという珍しい街だった。


 元々はバルハイド族のみで形成されていた集落だったが、当然時代の流れはある。

 現在では商人や鍛冶屋など、外からの人間も数多く流入している。


 それでも周辺に強力な魔獣や魔物が少なくない大陸中部で、わざわざこの村を観光で訪れようという酔狂な暇人はいない。

 定期的に行き来している行商人なども、護衛ありきで成立しているものだ。



「なんだかスズさん、凄い人気ですね……」

「そうだね。まるで村のアイドルみたいな扱いだね」


 手を振りながら馬車を追いかけてくる子供達は理解出来るとしても、有り難そうに手を合わせている老人達はさすがにちょっと意味が分からない。


(生き仏じゃないんだから……)


 そんな街の人達に笑顔で応えるスズを見ていると、これがこの村では日常的な光景なのかもしれない。


 中央程ではないにせよ、想像以上に街並みも整えられていて、ラントルムと同じぐらいの規模はある様に見える。

 木造や高床式の建物が多いのは、土地柄や気候によるものなのかもしれない。


 僕らはその街の中央通りにあたる幅広い石畳の道を、頭首の屋敷(つまりはスズの家)がある街の中心部へと馬車を進めているところだった。


 ただ一つだけ気になるのは、ニコニコと手を振るスズとは対照的に、村が近付くにつれ、セツカの表情に陰りが見え始めた事だ。

 最初は体調でも悪いのかと思っていたが、どうもそういった様子とも違う気がする。

 何か気掛かりな事でもあるのか、心ここにあらずといった感じだ。


 けれど結局それが何だったのか分からないまま、僕らを乗せた馬車は目的地である屋敷前へと到着したのである。



 ――屋敷の前には、腕を組んだ巨大な()が立っていた……。


 近付くにつれ、仁王像さながらの、威風堂々たる佇まいが明瞭になっていく。

 馬車から降りると、スズを先頭に全員無言のまま自然と一箇所に集まる。


 2mはあろうかという巨躯だけでなく、その鍛え抜かれた肉体は、優に僕の3倍ぐらいはありそうだった。

 手、腕、足、どれ一つを取ってみても、僕程度ではそうだと認識するよりも先に、息の根を絶たれるであろう事が容易に想像出来る凶器に等しい。

 ほとんどが人間と変わらないスズとは違い、その容姿はまさしく虎。


 セツカから話は聞かされていたとは言え、こうやって実際に対峙してみると、その全身から湧き上がるエネルギー、隠そうともしない闘気は想像を絶する物だった。


 「達人ともなれば、殺気や闘気すらも覆い隠したまま死闘に臨む事が出来るでござる。されどあの方は、それを隠す必要すら持ち合わせていないのでござる」

 というのはセツカの言葉だったけど、ようやく今になってその意味が分かった。


 スケールが近い分だけ、直接感じるプレッシャーはむしろ神龍の時以上とも言える。


 神龍を除けば、現在近接格闘戦闘において、この世界に並ぶ者無しと言わしめる存在。

 数千年前から、戦場こそあるべき場所と、闘いこそ生きる道と定め、脈々とその血を受け継いできた一族。

 そんな一族の中にあって、過去歴代頭首の中でも最強と名高い生ける武神。


 『フューレン=バルハイド』、その人だった。



 思わずゴクリと喉が鳴る。

 気が付けば、いつの間にかセツカは片膝を着いて頭を垂れていた。


「……既に話は聞いておるぞ、セツカよ。此度の失態……、決して見過ごせる物ではないぞ」


 歴戦の戦士に相応しいと言うべきなのか、その声だけでも戦意を喪失するには充分な、(しわが)れた野太い声が響く。


「……はっ、覚悟は出来ております……。もとより拾っていただいた命……、如何様(いかよう)にも……」


 セツカのその台詞でようやく分かった。

 なぜ村に近付くにつれ、その表情が曇っていったのかを。

 

(セツカはこうなる事を分かっていたんだ……)


 もちろん僕なんかが簡単に理解出来る様な世界じゃない。

 けれど戦国時代などに当てはめれば、なんとなくイメージする事ぐらいは出来る。


 だからと言って、『はいそうですか』と納得出来る事ではないとしても、口出しが許される様な物なのかどうかも判断がつかない。


「うっ……」


(うっ?)


「うっ、うちの()が危ない目に合っただろうがぁあああああ! たた、大切なうちの娘に、傷でも付いたらどうするんじゃぁあああ!!」

『……はい?』


 僕とティアレが綺麗にハモった。


(……あれ? なんかイメージが……)


「そうだ、切腹だ。うん、これは切腹ものだな……。オイ! 誰か! 誰かおらぬかっ!」

「ハッ! ここに」

「今すぐ切腹の準備を致せ!」

「……ハッ! ただちに」


 どこからともなく現れた家臣らしき人物が、現れた時と同様に音も無く姿を消した。


「そんな事したらダメニャああああああああ! セツカはちゃんとアタシを助けに来てくれたのニャ! セツカがいなかったら、今頃アタシはここに帰って来れてないのニャ!!! そんな事したら、父様とはもう絶交なのニャ!」


 そして唐突にブチ切れるスズ。


「ヒィ……。ぜ、ぜ、絶交……? な、何という事だ……。オイ! 貴様、何をしている!?」

「ハ、ハッ! 切腹の準備を――」

「アホかぁあああああ! そんな事したら娘に絶交されるだろうがっ! そんな物今すぐ片付けろ!」

「ハ、ハッ! ただちに」


 あたふたと何やら準備を進めてた家臣達が、今度は申し訳なさそうに片付けを始めている。

 傍から見てると理不尽な事この上ないが、誰一人としてそんな素振りすら無いので、案外日常茶飯事なのかもしれない。


「それじゃあ、絶交は無しにしてあげるのニャ。父様とは今まで通り仲良しなのニャ」

「よーし、よしよしよしよしよし。心配したぞぉ~、良く帰って来たなぁ~」


 今度はなんかじゃれあう猫の様に、2人でゴロゴロと喉を鳴らしている。


(……あれ? ……これもしかして、ただの親バカじゃね?)


 うちの姪っ子ちゃん達がまだ小さかった頃、全く同じ光景を目にした覚えがある……。



 ようやく落ち着いたのか、虎のオッサンが居住まいを正す。

 今更だけど……。


「コホン……。ま、まぁさすがに何のお咎めも無し、という訳にはいかんが、セツカの沙汰は追って考えるとして……だ。……そっちの2人は――」


 言いかけた父親を置き去りに、いつも通りガバッと僕の右腕に抱き着いたスズ。

 そして――


「こっちはイッチー。スズの()()()ニャ! スズはイッチーからスズって名前を貰ったから、今はもうスズなのニャ」

『……』


 完全に場の空気が凍りついた……。


 ただ一人何の疑問も持たずに、(何も考えてないとも言える)向日葵の様な笑顔で僕の腕に擦り寄っているスズ。


『……はい?』


 今度はオッサンと僕の声が綺麗に重なった。


(あ~……、それ、今この場で言うんだね……。スズに空気を読めとか、そりゃさすがに無理があるけどさぁ……。それにしたって、もうちょっと……、ねぇ?)


「キッ」


(キッ?)


「キ、キキ、キサマぁああああああ!!! うちの娘に何してくれとんじゃぁあああ! オイ! 誰か! 誰かおらぬかっ!」

「ハッ! ここに」


 再び現れた家臣らしき人。


(ご苦労様です……)


「今すぐに打ち首の用意を致せ! 今すぐにだっ!」

「……ハッ! ただちに」

「いや、待て! ……いっその事、このワシ自らの手で……。オイ、小僧! 決闘だ! 決闘の準備だ!」


(いやいや……、どう考えても僕完全に死ぬでしょ、それ……)


「ダメニャあああああああ!!! そんな事するなら、スズはイッチーと駆け落ちするのニャ!」


(いや、しないが……)


「ヒィ……。か、か、駆け落ち……だと……? 手塩に掛けて育てた愛娘が……、こんな何処の馬の骨とも知れないヘナチョコに……」


 ガックリと肩を落とし、その場に崩折れる。


(ヘナチョコって……)


 これまた酷い言われようだった。



「あらあらあらあらあら、随分賑やかだと思ったら戻ってたのねぇ、『チキータ』」


 そう言ってのんびりと屋敷から出てきたのは、丁度セツカと同じぐらいの身長の、スズにとても良く似た女性だった。

 スズと同じく、耳と尻尾以外は人間種と変わらない。


「チキータ……?」

「(姫様が産まれた時の名前でござるよ)」


 膝を着いたままのセツカが、小声でそう教えてくれる。


(そう言えば、そんな話だったっけ……。確かに、そっちの名前はまだ聞いてなかったな)


「ミ”ァア!? か、母様、その名前はダメなのニャ! スズはもうイッチーに、スズって名前を貰ったからスズなのニャ!」

「あらあら、そうなのぉ? 良かったわねぇ、可愛らしい名前を貰って、スズ」


 身長以外は見た目がそっくりなので、予想通りと言えば予想通りだが、どうやらこの女性がスズの母親らしい。

 一瞬でスズという名前を受け入れた所からすると、竹を割った様なスズの性格も母親譲りなのかもしれない。


「オ、オイ、お前まで! そんな簡単にスズなんて呼ぶんじゃない!」

「あらあら、アナタ、お客様の前でみっともないですよぉ?」

「い、いや、しかしだな――」

「ア・ナ・タ・?」

「ヒィ……」


 どうやら親バカだけでなく、尻にも敷かれているらしい……。


(でも笑顔は全く崩さないまま、目が全く笑ってないのは確かに怖い……)


「どうも皆さん初めまして。私はチキ――、じゃなくてぇ、スズの母で『ウルハ=バルハイド』と申します~。皆さんのお話は報告で伺っておりました。今回は娘を、スズを助けていただいて、本当にありがとうございました。夫のフューレンに代わって、深くお礼を申し上げます」


 そう言って深々と頭を下げてくる。


「い、いや、止めて下さい! 今回の事は、僕らも被害者ですから」

「そ、そうですよ。私達もスズさんとセツカさんには、色々と助けてもらってますから、お互い様ですよ」


 結果的にそうなっただけで、この助けた助けられたの関係は、もうそろそろ終わりにしたいというのが正直な気持ちだった。


「そう言っていただけると……。ですが、それはそれ、これはこれ。何も無い村ですが、今夜は皆さんの為に歓迎の宴をご用意しますので、どうかゆっくりと寛いでいって下さい」

「……えーっと……」


 ティアレと2人で顔を見合わせる。

 度が過ぎる遠慮は、かえって相手に失礼かと、恐らく考えている事は一緒だろう。


「ほら、アナタも。娘の命の恩人でもあるお客様を、おもてなしの一つも無しに帰したとあっては、バルハイドの名が廃りますよ」

「う、うむ……。そ、そうであるな……。ワ、ワシも同じ事を言おうと思っていたのだ」

『……』


 今間違い無く、全員の気持ちは一つになっている。

 『いや、絶対思ってなかっただろ』と……。



 何はともあれ、とりあえず矛は収めてくれたらしく、僕とティアレは歓迎の宴とやらにお呼ばれする運びとなったのだった。

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