第十四章 -Beat the soul- 『チコッタ』
「あっつぅ~……」
「……ホントに暑いですね……」
服に付与されているという術のお陰で、多少体温調整もしてくれてるとは言え、照りつける日差しは容赦なく肌を焼く。
気分を出す為に、とりあえず口には出してみたものの、実は僕は暑いのは嫌いじゃない。
湿気も無いので、むしろ心地よい暑さだった。
ティアレも僕に合わせて言ってみただけなのか、右手で日差しを遮り、空を仰ぐ表情はとても明るく楽しげなものだった。
何となくイメージだけで言えば、透き通る様な白い肌のティアレは南国っぽくない様な気もする。
「ニャハハハ、これが南の大陸ニャ」
「すぐに慣れるでござるよ」
さすがに2人は慣れたものなのか、故郷に戻るという気持ちから来るものなのか、中央にいた時よりも生き生きとして見える。
(もっとも中央では散々だったので、単に2人の元気が無かっただけって可能性もあるけど……)
――南の大陸『ロドンゴ』北東に位置する、大陸最大の港街『チコッタ』。
数多くの特産品や民芸品を産出する、大陸の交易中枢としてだけでなく、リゾート地としても名高いここチコッタは、中央、東、両大陸からの観光客で一年中賑わう、非常に活気溢れる街だ。
(西や中央とは違って、街行く人達にやけに獣人が多いんだな)
耳と尻尾以外は、ほとんど人間と変わらないスズやセツカの様な獣人だけでなく、大型の獣がそのまま人の姿で二足歩行している様な種族や、亜人と言われる種族もかなりの割合に見える。
「南は獣人が多いから、『けもなぁ?』のイッチーには選り取りみどりなのニャ~。でも浮気はダメなのニャ」
(おい、待て……。なんだその不名誉な呼び名は……、って言うかそんな言葉どこで覚えた……)
「? 姫様、なんでござるか、そのけもなーとやらは?」
「アタシも良くは分からニャいのニャ。イッチーみたいな人の事をそう呼ぶって、エリオが教えてくれたのニャ」
(あんにゃろう……、余計な事を……。絶対ただ面白がってやってるだけだろ……)
ヤブヘビは勘弁なので、ジト目のティアレはあえてスルーする。
こういうのは下手に言い訳してもロクな事にならない。
モフモフは確かに気持ち良さそうだけど……。
「と、とりあえず、何か食べない? 僕メチャクチャお腹空いてるんだけど……」
話を逸らす目的も多少はあったが、船では大した物は食べられなかったので、お腹がペコペコなのも本当だった。
「あっ、それじゃアタシのお勧めのお店に行くのニャ」
「え……、ひ、姫様……、まさかいつものでござるか……?」
「ニャハハハ、そうニャ。けど別に苦手なら、無理して食べなきゃいいのニャ~」
2人の会話から不穏な空気を感じる。
テンション高めなスズとは対照的に、一気に表情が暗くなったセツカ。
わざわざマズイ物を食べさせようなんて事はないだろうけど、2人の両極端な様子が気になった。
「苦手? セツカさんの苦手な物って?」
「ニャハハ、イッチー辛いのは好きかニャ?」
「あ~……、うん。かなり好きな方だと思うけど」
実際アジアツアーで東南アジア諸国を回った時や、レコーディングで海外に行った時も、かなり本場の辛さに慣らされた部分はあると思う。
「ティアレはどうニャ?」
「えっ……、いや……、わ、私はちょっと……」
どうやらティアレは辛いのは駄目らしい。
黒猫亭で貰ったスープはちょっとピリ辛ぐらいだったから、全然駄目って事はないんだろうけど、恐らく極端に辛いのは苦手って事だろう。
何となく話が見えてきた。
多分スズはかなりの辛党。
様子からして辛いのが苦手なセツカが、それに付き合って頑張ってみた結果酷い目にあった。
そんなとこじゃないだろうか。
でもまぁ気持ちは分かる。
同じ物を食べて「美味しいね」って気持ちを共有するのは、誰かと一緒に食事をする醍醐味でもある。
(そういう事なら、喜んで僕が付き合おうじゃないか)
スキップする程ハイテンションなスズに続いて僕、どことなく重い影を引きずったセツカ、ティアレという順で、スズお勧めのお店とやらに向かう僕ら4人であった。
「いっらっしゃい――って姫様!? お戻りになられたんですか?」
「丁度今着いたとこなのニャ。今日は辛いのを2個と、辛くないのを2個。後は任せるのニャ」
「へい、そりゃもちろん! すぐにお持ちしますんで、お好きなとこにどうぞ」
ピークの時間からは外れた隙間の時間だったお陰か、それ程広くない店内にも客の姿はまばらだった。
見目良い観光客向けのお店と言うよりは、雑多な地元民向けの大衆食堂といった印象だ。
経験上、こういう場所の方が隠れた名店が多いので期待が高まる。
僕らがテーブルに着いてから10分と経たずに、さっそく最初の一品が運ばれてきた。
このスピードの速さも、ある意味美味しいお店のポイントかもしれない。
「おお! こ、これは……」
トムヤムクンヌードルスープ。
僕の目の前に出てきたのは、間違い無くタイで食べたそれと、寸分違わぬと言ってもいいひと品だった。
赤々としたスープに、ドンッと丸々乗った海老。
独特の辛味と酸味の効いた香りが、空腹の胃袋を余計に活性化させる。
辛いのが苦手なティアレとセツカには、ベトナム風のフォーが運ばれている。
綺麗に透き通ったクリアスープに牛の薄切り肉。
別皿には山盛りのもやしとパクチー、カットライムもちゃんと添えられている。
(あっちもメチャクチャうまそうだ……。後で分けてもらおう)
密かにそんな事を考えながらも、まだ追加の品もあるのでさっそく頂く事にする。
『いただきます』
そう言って揃って手を合わせた僕とティアレに、スズとセツカは一瞬驚いた様子だったけど、すぐに
『いただきます』
と同じように手を合わせていた。
セツカのござるや服装からしても、もしかしたら同じような習慣がある地域なのかもしれない。
まずはスープを一口。
どっしりと濃厚なエビの風味に、ガツンと口内で暴れる辛味、そして爽やかな酸味。
「かっら!」
「ニャハハハ、イッチー大丈夫かニャ?」
「……うん、けど凄く美味しい……」
そう、本場の辛さとはまさにこういう物だ。
辛いけど美味い、いや、辛いからこそ美味い、そういった種類の辛さだ。
無理矢理作った辛さとは決定的に違う、全然嫌な辛さじゃないのだ。
テーブルには箸立てもあったので、僕は迷わず箸を取る。
麺はきし麺の様に平べったく太い米粉麺だった。
これがきめの細かいツルツルとした舌触りなのに、しっかりとツユ絡みが良く、驚く程トムヤムクンスープとの相性が良い。
向こうで食べた本場の細麺よりも、むしろこっちの方が美味しいぐらいだ。
続けて運ばれてきたのは鳥のサテーとチャーゾー。
サテーは、まんまマレーシア風の焼き鳥だと思えばいい。
これに甘めのピーナッツソースを付けながら食べる。
プリプリと身の締まった鶏肉から、噛み締めるとたっぷりの脂の旨みがジュワっと染み出す。
ピーナッツソースは向こうのとは違って甘辛いソースだけど、これもまた鳥のサテーには良く合う。
最後のチャーゾー。
ベトナム風と言えばゴイクン(生春巻き)だけど、実は本場では、揚げ春巻きや蒸し春巻きの方がポピュラーだ。
小さめの一口サイズなのと、皮がライスペーパーなのも特徴だ。
これを好みで、チリソースと一緒にレタスに包んで丸ごとかぶりつく。
こっちはパリパリの皮の中に、たっぷりと詰まった豚肉と野菜。
それが瑞々しいレタスと、チリソースの隠し味になってる二ョクマムの香りと一体になって、口の中いっぱいに複雑な食感と風味が広がる。
気付いた時には、4人全員テーブルの上にこれでもかと乗っていた料理を、全て平らげた後だった。
セツカは本当に苦手なのか手を出さなかったけど、ティアレは結局最後の方は、僕とトムヤムクンヌードルを交換しながら食べていた。
(もちろん今更、間接なんちゃらなんて甘酸っぱい事は言わない。僕とティアレは、今まで散々食事を共にしてきているのだ)
「あ~……、本当に全部美味しかったよ」
食後のベトナム式コーヒーを飲みながら、余韻に浸る。
僕は甘い物はそれ程得意じゃないんだけど、このメチャクチャ辛い物を食べた後のベトナムコーヒーは格別だった。
特徴的なドリッパーで、ゆっくり時間を掛けて落とした、エスプレッソの様に濃厚なコーヒーに練乳を溶かし、それをぎっしり氷の詰まったグラスに移して冷やして飲む。
これはコーヒーが苦手と言ってたティアレもえらくお気に召したみたいで、嬉しそうにストローを咥えている。
「気に入ってもらえてアタシも嬉しいのニャ。でもイッチーは随分詳しいみたいだけど、知ってたのかニャ?」
「あ~……、うん、そうだね……。……多分」
そう言えばこの2人には、記憶云々の話はまだした事が無かった。
その辺なあなあのままになってるティアレが、今では全く気にした様子が無いのですっかり忘れていた。
「ま~それはどうでもいいんだけどニャ」
(どうでもいいんだ……)
「出来れば今日はここには泊まらずに、このまま南下して、行ける所まで行きたいと思っているのでござるが……、お二方はそれでも構わないでござるか?」
スズが言おうとしてた事を先回りしたのか、セツカが控え目に提案してくる。
一時はどこかのんびりとした2人だったけど、やっぱり目的地が見えてきた以上、一刻も早く戻りたい気持ちがあるのかもしれない。
ティアレと目を合わせると、迷う素振りすら見せずにコクコクと頷いている。
「うん、僕らもそれで構わないよ」
「かたじけない。巻き込んでしまった上に、無理を言って――」
「ほらほら、そういうのは無しですよ」
頭を下げようとしたセツカを、やんわりとティアレが嗜める。
「一時的とは言え、今は僕らは一緒に旅をする仲間でしょ。変な気遣いは無用ってやつです」
「ニャハハ、イッチーならそう言ってくれると思ったのニャ」
素早く自分の席を立って、いつもの様に右腕に抱き着いてくるスズ。
もういい加減慣れたのか、無反応な2人に対して、店主とウェイトレスの女の子だけが、目をキラキラさせながらそんな光景を眺めていた。
――こうして僕ら一行は一路バルハルドを目指して、チコッタの街を後にしたのだった。





