第十四章 -Beat the soul- 新たな旅の始まり
トッド親方から有難く荷馬車を借りた僕らは、スズとセツカの里帰りに同行すべく、一路南の大陸『ロドンゴ』を目指す事となった。
馬車は想像以上に立派な物で、親方の言葉通り、僕ら4人と荷物を乗せてもまだ余裕がある程の、広々とした造りだった。(組んず解れつは別として)
ティアレと一緒に毎日顔を見に行ってはいたものの、久しぶりのお出掛けにココルのテンションも高い。
意外な事に(僕にとっては意外ではないが)、ココルはセツカやスズともすぐに打ち解けた様で、今もスズとじゃれ合っている。
「それでは皆さん、お気を付けて行ってらっしゃいませ」
いつもの様に優雅に一礼するエリオ。
「ありがとうございます。すぐに戻ると思いますけど、とりあえず行ってきます」
「お部屋はいつでも空けられる様にしておきますので。それと、『サイン』、ありがとうございました」
そう言って目配せをしてくる。
今朝も出発前に、また猫亭恒例のいつもの壁サインを書かされてきた所だ。
「ははっ、あんな物で良ければ」
猫亭の人達には、本当にいつも良くしてもらっている。
あの程度で宿の助けになると言うなら、お安い御用だった。
「そう言えば、1個だけ気になってたんですけど」
「何で御座いましょうか?」
一応気を使って、エリオの耳元に口を寄せて小声で聞く。
「3人の中でエリオさんだけが、独身なんですよね。何か理由があるんですか?」
「縁が無い」と言われてしまえばそれまでだったが、3人の中で一番男前で物腰も柔らかく、しかも長男であるエリオだけが独身というのが、密かにずっと不思議だったのだ。
しかし僕は、直後にこの質問をした事を後悔する。
エリオが時々見せる、闇しか感じられない満面の笑みを浮かべると
「知りたいですか?」
「い、いや……、やっぱりいいかなぁ……」
そう答えたにも関わらず、エリオは逆に僕の耳元に口を寄せて
「私はこれでも、この街で強い影響力を持つ方々と、非常に強いパイプを持っております。……それは金と暇を持て余した貴族のマダムであったり、それは王族の麗しき深窓の令嬢であったり……。後は言わなくとも、聡いイッチー様ならお分かり頂けますよね?」
「あ、はい……」
(……うわぁ……、本当に聞かなきゃ良かった……)
変わらない笑顔のままのエリオが余計に怖い……。
「まぁ、それだけの面子が揃ってりゃ、滅多な事はねぇとは思うが、気ぃ付けてな。」
「留守の間、私と親方でギターと弦の開発を進めておくでしゅ! 戻った時には試作品ぐらいは完成させておくので、楽しみにしておくでしゅ」
別にいいと言ったのに、結局親方とミンクも見送りに来てくれた。
「2人もわざわざありがとうございます。試作品、期待してますよ。まだ色々とお願いしたい物もあるので、戻ったら覚悟しておいて下さいね」
「ガッハッハッハ、そいつぁいい。任せておけよ、あんちゃん」
「はわわわ……、が、が、頑張るでしゅ!」
ここから港までは馬車での移動になる。
御者はセツカが務めてくれるという事なので、お言葉に甘えて僕ら3人は荷台の方だ。
「それでは出すでござるよ」
セツカに答えるように、ココルがブルルッと一声啼くと、馬車はゆっくりと三毛猫亭から遠ざかって行く。
僕、ティアレ、スズの3人は、荷台の後ろに固まると、三毛猫亭の前に集まる見送りの人達の姿が見えなくなるまで、大きく手を振り続けるのだった。
――そして現在、
僕ら4人は、南の大陸ロドンゴ行きの船に乗る為に、ルベルス港までやって来た訳だが……。
「うん? なんだろう、何かあったのかな?」
「なんですかね……。凄い人だかりですけど」
予定の船は停泊しているが、乗船の為のタラップが出ていない。
予定時刻的にはとっくに乗船可能なはずだけど、どうやら肝心な乗客の受け入れがまだ始まってないみたいだった。
(何かトラブルでもあったのかな?)
正直に言えば、僕らとしてはそれ程急ぐ用事がある訳でもない。
スズは元々そんな事気にしないだろうけど、引率役のセツカも今更ジタバタしても仕方が無いと達観しているのか、どこかのんびりした様子だ。
一番重要な成人の儀に間に合わなかった以上、1日遅れでも2日遅れでも大差無いのかもしれない。
順番待ちの先頭の方では何か揉めているのか、時折罵声が聞こえてくる。
恐らくは、ずっと待たされている乗客と船員の間で、口論にでもなっているのだろう。
「ちょっと拙者が様子を見てくるでござるよ」
いつの間に移動したのか、すぐ傍まで来ていたセツカがそう一言だけ残すと、素早く人ごみの中へと足を進める。
一体どんな技術なのかサッパリ分からないが、ただ普通に歩いている様にしか見えないセツカは、スルスルと人ごみの奥へと消えていった。
「ニャハハ。セツカのあの足捌きと体捌きは、アタシも未だに真似出来ないのニャ~」
(いや……、今隣にいるスズも、一体いつ移動してきたのか全然分からないよ……)
「という事は、あれは体術とか格闘術の一種なんですか?」
セツカとスズが桁外れなだけで、ティアレも短剣と弓の技術はかなりのものらしい。
珍しくその手の話に食いついたと思ったけど、何か感じ入る所でもあったのかもしれない。
当然僕にはサッパリ分からない世界だ。
「そうニャ。アタシも詳しくは知らニャいけど、セツカの故郷に伝わる古い武術って話ニャ。興味あるなら、ティアレも教えてもらうといいのニャ。……その代わり、セツカの修行は死ぬ程厳しいけどニャ……」
「あ、あはは……、考えておきます……」
次期当主筆頭という立場のスズがそう言うぐらいだから、それは相当なんだろう。
軽く引いたティアレが目を泳がせていると、ようやくセツカが戻って来た。
行った時と同じ様に、ほんの些細な足運びと体の傾きだけで、スルスルと人ごみを抜けて来る。
「どうだった?」
「……それが……、今一つ要領を得ないのでござるが……」
言葉通り訝しげな表情のままセツカが続ける。
「船は多少遅れるものの、予定通り出るそうでござる。……ただ、その出港を見合わせている原因の方なのでござるが……」
「何かあったのかニャ?」
「……その、あったのか、なかったのか、の部分が一番あやふやなのでござるが……。どうやらここよりもう少し東の航路で、セイレーンが出たとか出ないとか……」
「セイレーンが?」
以前ティアレからも聞いた話だった。
『セイレーンの伝説』。
美しい歌声で船乗りを惑わし、船を遭難、座礁させ、最後には食い殺される。
「でも確かその話は――」
「そうでござる。所詮はただの言い伝え。眉唾に尾ひれから何から付けて伝わっただけの物。拙者もそう伝え聞いているでござるよ」
「それに今更セイレーンが人を襲って食べるなんて、それこそおかしな話ですもんね……」
スズもウンウンと頷いている所を見ると、どうやらただの言い伝えというのは、全員の共通認識の様だ。
「人死にが出たとか、船が遭難したとか、そういった事は一切起こってないという話でござる。何かが誤って伝わっている可能性も捨てきれないでござるな……」
さすがに僕ら全員あんな事に巻き込まれた直後だ。
セツカが心配する気持ちも良く分かる。
「けどここでウダウダ言ってても、始まらないのニャ!」
あっけらかんと沈黙を破ったのはスズだった。
「じゃあずっとここで暮らすかニャ? アタシはイッチーと一緒ならそれでもいいけど、そういう訳にもいかニャいんじゃないのかニャ~?」
「……確かに姫様の言う通りでござるな……」
「そう……ですね……。そんな事一々気にしていたら、この先旅なんて続けられませんし」
ティアレがそう言うのなら、僕はそれ以上何も口を出す必要はない。
あの日心に決めた、『少しでもティアレの旅の支えになる事』。
その気持ちは今でも全く変わっていないのだから。
「それにニャ!」
弾けるように声を上げたスズが、ガバッと僕の右腕に抱き着いてくる。
「もし何かあっても、イッチーが何とかしてくれるのニャ~」
「いや……、僕に戦力的な期待をされても困るんだけど」
「あっ! スズさん、またそうやってすぐイッチーさんに抱きついてっ」
「ひ、ひ、姫様……。こ、こんな大勢の人の前ではしたないでござるよ……」
良いか悪いかは別として、結局一瞬にしていつもの賑やかさを取り戻す僕ら4人。
こういう時、スズの底抜けの明るさは本当に心強い。
「イッチーさん、乗船が始まったみたいですよ」
ティアレが指差す方を見ると、確かにタラップが降ろされ、先頭の方から徐々に人が流れていく様子が分かった。
「あ、そうだ」
独り言の様に呟いた僕に唯一反応したのは、やっぱりティアレだった。
分かってますと言わんばかりの笑顔で答える。
「いつものやつですね」
「いつものやつってなんニャ??」
「何か忘れ物でもしたのでござるか?」
不思議そうな2人に、ティアレがそっと耳打ちをする。
「うんうん」とか「なるほどなるほど」とか言ってる2人が、揃ってニンマリと笑顔を浮かべる。
「それじゃ、イッチーさんどうぞ」
最後にティアレが、僕を紹介する様にして手で指し示す。
周りにはまだ大勢の人が順番を待っているが、そんな細かい事は気にしない。
「コホン……」
咳払いを一つだけ。
「それじゃあ次に目指すは、南の大陸!」
『バルハルド!』
――僕ら4人の声が綺麗に揃い、良く晴れた空へと高らかに響き渡った。
これでようやく第二部も終わりを迎えました。
本当は14章最後までを第二部に収める予定だったのですが、書くのが楽しくてついつい13章が長くなってしまいました。
という訳で、14章は第三部に跨いで続きます。
ある意味一番キリの良い所で二部を終わらせられるので、結果オーライと言えば結果オーライかも?
これからもまだまだイッチーとティアレ、そして新たな仲間達の冒険は続きます。
この冒険を楽しんでもらえたら、そしてこの冒険の旅にお付き合いいただけたら、作者として嬉しく思います。
ブクマや評価、感想などもお待ちしています。
読者さんの反応というのは、想像以上に作家には伝わりにくい物だったりします。
是非生の声をお聞かせ下さい。
海凪美波流





