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第十三章 -A hard day's night- お嬢様

「そ、そんな……」


 ティアレが青ざめた顔で呟く。


「何か……、事情があるんですね?」


 この世界に来てから何となく感じていた事だけど、根掘り葉掘り他人の詮索をしたり、こちらから積極的に首を突っ込んでいくのは、基本的にタブーらしい。

 なのでセツカに話す気がないなら、ここで話を打ち切ろうと思っていた。


「……別にもう隠すつもりもないでござるよ。それにそもそもお忍びというだけで、他言無用を厳命されている訳でもござらん」

「お忍び……?」

「ああ……。拙者も全てを把握している訳ではござらんが……」


 そこでセツカは、この下水道で僕らと出会ってから初めて肩の力を抜き、語り始めた。

 『全て把握している訳ではない』と前置きながらも、ほぼ全容に近いと思われる、今回の一連の騒動の経緯と、その裏で蠢く悪意について……。



「お嬢様……、いやこれももう無用か……。()()は東の大陸『バルハイド族』の次期頭首候補筆頭……。現頭首『フューレン=バルハイド』様の御息女なのでござる」

「ひ、姫様……?」

「……バルハイド族って……」

「ティアレ知ってるの?」

「はい……、話で聞いているだけですけど……」


 僕が驚いたのは姫様の方だったけど、どうやらティアレにとってはそっちの方がインパクトが強かったみたいだ。

 きっとこれも何か理由があるんだろう。


「ああ、()()バルハイドで合っているでござるよ……。


 バルハイドは元々戦闘能力の高い獣人種の中でも、特に近接格闘において並ぶものなし、と言われる程の力を持った一族でござる。

 故に古より『戦場にバルハイドあり』と言わしめる程、常に戦場では先陣を駆け、そして数知れぬ武勇、武勲を打ち立ててきた真の武士(もののふ)でござる。


 現に成人を――。……成人……。……なんという事だ……」


 セツカはそこで突然大きな溜息と共にガックリと肩を落とし、こめかみを押さえる様に片手で頭を抱えた。


「ど、どうしたんですか?」

「……いや……、当初の予定では、もう既にバルハルド村に戻っているはずだったのだ……。つまり……、つまり明日、正確には今夜日を跨いだら、それが晴れて姫様が成人を迎える記念すべき日だったのでござる……」

「そ、それは……」


 思わずティアレと顔を見合わせるが、お互い何て声を掛ければいいのか言葉が見つからない。


(そんな大切な日に、こんな事態に巻き込まれている姫様本人はもちろんだけど、護衛兼教育係と言っていたセツカの心労も相当な物だろう……)


「ともかく……、もうじき15歳になられる姫様の実力はもう既に、()()一つで生きてきた拙者に匹敵すると言っていい程でござる」


 そう言って、また左手でポンポンと腰の刀を叩いた。


 セツカの実力を直接見た訳ではないけど、剣一筋に生きてきた人間の域に15歳で辿り着くというだけでも、その才能は計り知れないだろう。


「しかし同時に……、過ぎた力は、それを利用しようとする輩を引き寄せてしまうのも、また摂理……。かつての大戦時にも、数多くのバルハイド族の戦士が名を上げたその影で、人知れず消えていった戦士も決して少なくないという話でござる」

「……という事は、今回の一件も?」

「……、ここから先は手前の憶測も混ざるでござるが……」


 苦しげに呟くセツカの様子から、何かしらの情報は掴んでいた事が伺える。

 それ故、未然に防げなかった事に対する歯痒さからなのだろうか。

 固く握り締めた両手が小さく震えていた。


「恐らく、今回裏で糸を引いているのは『イルミドナ教団』の連中でござる……」

「イルミドナって……、でもイルミドナはもう――」

「ああ、大戦末期に滅ぼされているでござる。……間違い無く」


 どうやらその『イルミドナ』とやらは、名前だけでティアレが分かるぐらいの知名度らしい。


「その……イルミドナっていうのは?」

「イルミドナは、かつての大戦の引き金になったと言われている『魔王』、かの時代の魔族の王でござる」

「……魔王……」


 この場合まさかと言うべきなのか、やっぱりと言うべきなのかは分からないが、本当にこの世界には魔王が実在したらしい。

 だが――


「滅ぼされているっていうのは?」

「そのままの意味でござる。そうでなければ、大戦は終わらなかったという点。それに完全に消滅している事は、現在の新神議会でも確認されているという話でござる」

「……だとすると、その『イルミドナ教団』っていうのは一体何なんです?」


 するとセツカは苦虫を噛み潰した様な、嫌悪感を全く隠さない表情で


「その既に消滅した『魔王の復活』……。そんな馬鹿げた事を最上の教義に掲げている、正真正銘頭のイカレた連中の集まりでござるよ……」

「魔王の復活……?」


 こんな魔法や魔術が当たり前の様に飛び交う世界で、それがどれぐらい()鹿()()()()なのか、僕には正直良く分からない。

 勝手なイメージとしては、『復活』やそういった類の魔法もあるんじゃないかと思ってしまう。


 そんな気持ちからか、無意識にティアレの顔を見ていたらしい。


「そんな事は絶対に不可能です。どんな強大な古代禁呪を持ち出したとしても、消滅した魂を再構築する事は出来ません。それは、どんな魔法でも捻じ曲げる事が出来ない摂理だと、いつもおばあちゃんは言ってました」


 そう言って強く首を横に振った。


「しかし連中はそうは思ってはいないのでござる。いつか訪れるその大いなる日の為に、この世界を作り直す。本気でそんな目的に心酔し、その為にはどんな手段も厭わない。それが『イルミドナ教団』という集団なのでござるよ……」


(それが本当ならカルト教団なんて目じゃない。魔法や魔術、戦闘に特化した種族なんて物まで存在するこの世界では、それこそやりたい放題だろう)


「……そうすると、そのイカレた教団と、今回の一件はどう繋がってくるんですか?」

「ああ。先程も言った様に、バルハイド族は今尚、大戦時と変わらぬ力と影響力を持つ強大な一族。恐らく教団はその力を我が物とし、利用しようと目論んでいるでござる」

「でもそんな強力な一族なら、それこそそんな教団返り討ちに出来るんじゃないですか?」


 僕のその当然の疑問に対して、セツカは今度こそ自責や後悔ではなく、怒りを(あらわ)にした表情でじっと僕とティアレの顔を見つめてくる。


「……その通りでござる……」


 口の重いセツカを、僕もティアレもただ黙って待った。


「つまり……、つまりノーベンレーンから始まった一連の事件は……。

 バルハイド族を意のままに操る為に、姫様を人質に取る為……。

 ……そして、攫われた子供達は、その為の人質……。

 つまりは、『人質の為の人質』でござる……」

「……」

「……」


 もうこれ以上ない程の最悪の気分だった。

 反吐が出る、というのはこういう事を言うんだろう。


 15歳になる女の子を(さら)う為に、更に小さな女の子達を攫ってくる。

 そんな発想自体理解出来ないし、したくもない。


 滅多に本気で怒る事の無い僕でも、体が震える程の憤りを覚えた。


 そしてそれはティアレも同様で、これまで一度も目にした事の無い、怒気に満ちた表情で拳を握り締めている。



「助けましょう……」


 長い沈黙の後、最初に口を開いたのはティアレだった。


「なんとしても、子供達とお姫様を助けましょう!」

「そうだね。僕もティアレに完全に同意だよ」

「それは……、もちろん拙者も気持ちは同じでござるが……、まず一体どうやって場所を……、……、いや、そもそもお二方は、どうやってこの場所を突き止めたのでござるか?」


 そこで僕とティアレは、ティアレの新たな力で、僕のギターの痕跡を追って来た事を説明した。


「そんな事まで出来るのでござるか……。いや、しかしそれなら拙者のせいで、余計な時間を取らせてしまったのではないか? その痕跡とやらは薄れてしまうのでござろう?」

「あっ……」


 確かに言われみれば、僕もその事をすっかり忘れていた。

 あれからここで3人で話し込んでいた時間を考えれば、もう痕跡を追うのは難しくなっているかもしれない……。


「実は一つ考えていた事があるんですけど」


 そんな僕の不安をよそに、『それならちゃんと考えてあります』といった様子でティアレが答える。


「セツカさん、そのお姫様の身の回りの物、出来ればなるべく普段から身に付けている様な物は持ってませんか?」

「ああ……、もちろん。それなら……」


 そう言って取り出したのは、対になった手甲だった。


「これは?」

「これは姫様がいつも使っている武器で鉤手甲。寝る時は当然外しているので、拙者が持ち出して来たという訳でござるよ」

「武器? 武器なんですか? 防具じゃなくて?」


 今は関係の無い事だが、どうしても気になって思わず口に出てしまった。

 どう見ても防具だし、これで殴るにしても拳が覆われる様には見えない。


「ああ……、これは、こうやって」


 片方だけ自分の右腕に当てると、左手で押さえた状態のまま軽く手首を捻る。

 ――すると


 シュイン! という鋭い音と共に、手甲から鉤爪が飛び出した。


「凄いですね……」

「私も初めて見ました……」


 所謂(いわゆる)暗器と呼ばれる物なんだろうか。

 捻った手首の動きに連動して、手甲の内部の爪が飛び出す仕組みになってるらしい。


「あ、じゃあお姫様はセツカさんみたいに刀を使う訳じゃないんですか」

「ああ、姫様はこっちの方が得意でな。間合いなど意味を持たない動きで飛び込んで来るから、剣や刀の間合いに慣れていると、かえって簡単に足元を掬われるでござるよ」


 そう言いつつも、セツカはどこか嬉しそうにも見える。

 それだけで大切な相手である事が伝わってくる、とても優しい顔だった。


「それじゃあ、ちょっとお借りしますね」

「ああ、だがそれをどうするのでござる?」

「イッチーさんのギターを追っている時に思ったんです。持ち主から持ち物を辿るのは難しいけど、持ち物から持ち主を辿る方が易しいって」

『?』


 僕とセツカは揃って首を傾げている。

 一人で満足そうに頷くティアレの様子だと、どうやらティアレにだけはきちんと理解出来る理屈があるらしい。


 ティアレがそっと目を閉じる。


「コントロールマジック、ディテクトマジック、トレースマジック、フルコントロール」


 三度(みたび)光の波紋が地下道の闇を払っていく。

 初めて目にするセツカは、その光景に呆然と立ち尽くす。


「……見つけました」


 目を開けたティアレは力強くそう呟いた。


 僕ら3人は揃って頷く。


「それでは、お互いの大切な物を取り戻す為、共同戦線でござるな」

「それに子供達を救い出す為、ですね」

「僕は何の力にもなれませんが、よろしくお願いします」



 ――心強い仲間を得た僕らは、地下道の奥へと再び歩き出したのだった。

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