第十三章 -A hard day's night- サプライズ
「おいおいおい……、こりゃあ一体どういう事だ、あんちゃん……」
「今日何かお祭りでもあったでしゅか……?」
「えっと……、これは……その……」
僕にも全く意味が分からなかった。
三毛猫亭が見えてきた辺りから、とてもじゃないけど先に進めるような状態じゃない。
三毛猫亭前の広場には、何やら巨大スクリーンらしき物まで建ってる。
(あんな物、僕らが宿を出た時には影も形も無かったのに、恐るべしエリオの行動力……)
「しかしあんちゃん、これ三毛猫亭まで行くったって、先に進めるとは思えねぇぞ……」
「ラントルムでもノーベンレーンでも凄かったですけど、今回はそれ以上ですね……、イッチーさん」
「毎回こんな事やってるでしゅか!?」
(しかしこれは、マジでどうしたもんだろう……。このままじゃ、最初のステージに間に合うかすら怪しい……)
「あの、すいません! お二人は、イッチーさんとティアレーシャさんで間違いありませんか?」
「えっ? はい、そうですけど……?」
「良かった。我々は警護を任されてる冒険者です。エリオさんから、お二人が着いたら宿までお連れする様に頼まれています」
「あ~、そういう事ですか」
(さすがエリオ……。こういう所までしっかりと抜かりがない)
「それで、失礼ですがそちらのお二人は?」
「あ、え~っと……、僕らの……、『仲間』、です」
「分かりました。そういう事でしたら、ご一緒にこちらへどうぞ。すぐに誘導します」
そう言うと、本当にあっという間に人波を掻き分けて、道を作ってくれる。
「な、なんか凄いでしゅ! 有名人にでもなった気分でしゅ!」
「いやぁ……実際あんちゃんはそうなんだろうよ……。段々と読めてきたぜ……。ほれ、あそこ見てみろ」
親方が顎をしゃくった方を見ると、横断幕を持った女の子の一団が『きゃぁ~! イッチーさま~!』とか叫んでいる。
(いや、意味が分からない……。って言うか何で全員ケモ耳なんだ……。完全に何かが間違った方向に進んでる気がするぞ……)
後ろからティアレの無言のプレッシャーを感じる……。
(絶対僕は何も悪くない、悪くないぞ)
そうこうしている内に三毛猫亭へと辿り着く。
気を使ってくれたのか、最初からそういう話になっていたのかは分からないが、正面の客用玄関ではなく従業員用の裏口の方へ案内してくれた。
『ありがとうございました』
僕とティアレがハモる。
「いえいえ、これも仕事ですから気にせずに。それでは我々は持ち場に戻りますので」
「ありがとな」
「ありがとでしゅ」
サッサと持ち場へ戻ろうとする冒険者達に、親方とミンクも礼を告げる。
「おかえりなさいませ、お待ちしておりました。イッチー様、ティアレーシャ様」
扉を開けると、そこには胸に手を当て、恭しく頭を下げるエリオの姿があった。
「いや、何してるんですかエリオさん、って言うか一体どうなってるんですか」
「どうなっているとおっしゃいますと?」
「外凄い事になってますよ。いつの間にあんな準備したんですか」
「ハッハッハ、お気に召して頂けましたか? 私なりのサプライズでございます」
(いや、僕らをサプライズしてどうすんだよ……)
「ところでそちらのお二方は? ご紹介して頂けませんか?」
戻って早々インパクトがありすぎて、すっかり忘れていた。
「僕らの新しい仲間で、トッド親方とミンク。これからクルーになってもらう予定です」
「『クルー』? 何だか素敵な響きですね……。私は三毛猫亭のオーナーを務めております、エリオと申します。以後お見知りおきを」
「もちろん知ってるぜ。俺ぁ商業区でトッド・ムーシカをやってるトッドってもんだ。トッドでも親方でも好きに呼んでくれ。それでこっちが一番弟子の」
「ミンクでしゅ。よろしくでしゅ」
「トッド親方様とミンク様ですね。ようこそ三毛猫亭へ」
エリオが親方とミンク、それぞれと握手を交わす。
「それで、せっかくの新しいお仲間の方々と、歓談したい気持ちは山々なのですが、今は時間が押しております。残念ですがまたの機会、という事で、イッチー様は準備の方に入って頂けますか?」
「あっ、もうそんな時間ですか? でも親方とミンクの2人はどうしましょうか?」
「問題ありません。元々三毛猫亭のお客様には、優待席をご用意してあります。ティアレ様とご一緒にそちらにご案内させて頂きます」
結局事情説明も何も無いまま、僕はエリオについて控え室に向かう。
時間が無いので移動しながら話す事になった。
2人だけになると、いつもよりちょっと砕けた調子になる。
「話は既にトーガからもフロッソからも聞いてましたから、私なりに最大限のご用意をさせてもらいました」
「いや、やりすぎじゃないですか……」
「そんな事はないですよ。実際外は既にあの状態ですし」
「まぁ……確かにそうなんですけど……。それで……、あの外の巨大スクリーンは?」
ある意味僕にとっては馴染み深い物ではあるけど、ここでは正直違和感しかない。
「はい。実は予約の時点で、どう考えても三毛猫亭の酒場だけで賄うのは不可能だったので、特別に魔導具を用意しました。演奏の様子を外に映し出す事が可能です」
「そ、そんな物もあるんですね……」
商会の口座なんかは、ほとんどATMシステムみたいな物だし、猫亭の3人がやり取りしてるのも電話と変わらない。
そう考えると、通信ネットワークに関しては形が違うだけで、水準はほとんど向こうと変わらないのかもしれない。
「音の方は、イッチー様のスキルに頼る事になってしまいますが」
「それは問題ないです。外にも聴こえるようにすればいいんですよね?」
「すみませんが、よろしくお願いします」
音に関する事以外は何も出来ないけど、それでもいい加減使い慣れてきた。
慣れてしまえば、新しい機材を手に入れたも同然だ。
「さぁ、お喋りはここまでみたいです。皆さんお待ちですよ」
「はい、それじゃ行ってきます」
「最初からあまり飛ばしすぎませんように。私も一観客として楽しませて頂きます。それと一曲目は、『空色の弾丸』だと私個人としては嬉しいのですが」
「ハハッ、了解です」
多分トーガかフロッソから聞いたのだろう。
なぜかあの曲はこっちの世界でもウケがいい。
ゴリゴリのロックよりも、ポップの方が耳触りが良いのかもしれない。
華麗に一礼するエリオを残し、1人ステージへと向かう。
舞台は整えてもらった。
ここから先は僕の仕事だ。
(そう、どうせ僕のやる事はいつも通り。今夜も精一杯楽しもうじゃないか)
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「お、おい……、ミンク……。見てるか? いや、聴いてるか? あそこが、俺達が何としてでも追いつかなきゃならねぇ場所だ……。あのあんちゃんは……、マジでこの世界をひっくり返すかもしれねぇぞ……」
親方さんは、椅子から腰を浮かせたまま両手を固く握り締めて、震える声でミンクに呼びかける。
「はい……! はい……! 見てましゅ……、聴いてましゅ……。……けど……、グスッ……、前がかしゅんで、良く見えましぇん……」
ミンクは、さっきからずっと泣きっぱなしだった。
「……こりゃあ、これから忙しくなるぞ……。覚悟しとけよ、ミンク……」
「グスッ……、はい、もちろんでしゅ! 私頑張りましゅ……、頑張り、ましゅ……」
こうやって次々と色んな人が、イッチーさんの音楽の力に引き寄せられ、飲み込まれ、掻き回されていく。
でもそんな2人を見ていると、私は自分一人だけが置いてきぼりになっている様な、僅かな寂しさを感じてしまう。
(私は本当にイッチーさんの力になれているんだろうか? この先もイッチーさんは私を必要としてくれるんだろうか?)
考えても仕方のない事ばかりが、頭の中をグルグルと回る。
けれどイッチーさんの歌は、そんな私の後ろ向きな気持ちなんてお構いなしに、『一緒に歌おう、一緒に楽しもう』と、曇りかけた心を鮮烈な光で晴らしてくれる。
(もう余計な事で頭を悩ませるのはやめよう。『イッチーさんと一緒に旅をする』。そう決めたのは他でもない私自身じゃないか)
イッチーさんの掛け合いが始まると、お店の外からも凄い歓声が聞こえてくる。
今夜もイッチーさんは本当に楽しそうだ。
そんなイッチーさんの音楽は、簡単に皆に伝播していく。
私も、親方さんも、ミンクも、そしてお店の人達も全員、いつの間にか立ち上がって、縦へ横へと体を揺らしていた。
今夜もまた騒がしい夜になりそうだった。
そんな中で一つだけ、ふと私の頭をよぎった事があった。
それは――
(そう言えば、あの猫耳さんと兎耳さんの二人組の姿が見えないな……)
という事だった。





