第十二章 -Treasure hunt- ただの『トッパード』だ
「おいおいおいおいおい! 一体何なんだこりゃあ!?」
「お、おおおお、親方。お、落ち着いてくだしゃい!」
(いやいや、どっちも落ち着いて、って言うか、もう噛んでるのか素なのか分からないよ)
「これは、ギターっていう楽器です」
「そういう事じゃねぇよ!」
なぜかキレられた……。
「俺はよ……、決して自惚れや自画自賛じゃなく、こと楽器に関しちゃ、世界一の腕だと自負してる……。だがよ……、なんだこりゃあ……。俺ぁこんな楽器も緻密な細工も、見た事も聞いた事もねぇ……」
「お、親方……」
親方と呼ばれるその男は、さっきまでの威勢が嘘のようにガックリと肩を落とし、わなわなと震える己の両手をじっと見つめていた。
「……な、なぁ、あんちゃん……。一つ頼みがあるんだが、この楽器、触らせてもらっても構わねぇか?」
これだけの楽器を作り上げる職人さんに限って、まず間違い無く問題なんて起きないだろう。
楽器に対する姿勢や想いは、先程から見ているだけでもありありと伝わってくる。
「はい、もちろんどうぞ」
「すまねぇ! 恩に着る!」
ガバッと頭を下げると、恐る恐るギターに手を伸ばす。
節くれだったグローブの如きその手で、壊れ物に触れるようにそっとボディをなぞる。
「……なんだ一体この素材は……。……それにこの弦……、金属の弦をこんなに細く、こんなに均一にどうやって……。木の葉みてぇなこのデザイン……、ヘッドの彫りも見事としか言いようがねぇ……。俺以外にも、こんな……、こんな技を持つ職人がいるなんてな……」
小柄ながらも鋼のように鍛え上げられた体を丸め、岩のようにせり上がった両肩を震わせ、
その男は静かに、ただ静かに泣いていた……。
誰も声を発する事が出来ず、暫くの間店内には堪えるような嗚咽だけが聞こえる。
僕もどう声を掛ければいいのか分からず、ただ黙ってその様子を見守っていた。
「……すまねぇ、あんちゃんも嬢ちゃんも。……みっともねぇ姿を見せちまったな」
ようやく少し落ち着いたのか、次に顔を上げた時にはどこかサッパリとした表情を浮かべていた。
「遅くなっちまったが、自己紹介をさせてくれ。俺ぁトッパード=リガル……、いや、『トッパード』……、ただの『トッパード=バトス』だ。こっちは俺の一番弟子で『ミンク』だ」
「僕はイッチーといいます」
「私はティアレです」
「イッチーとティアレ、だな。よろしくな」
「よ、よ、よろしくお願いしましゅ!」
4人で代わる代わる挨拶の握手を交わす。
「こちらこそよろしくお願いします、トッパードさん、ミンクさん」
「よろしくお願いします、トッパードさん、ミンクさん」
「さん、は勘弁してくれ。ケツが痒くなる。トッドとか親方とか適当に呼んでくれりゃあいい」
そう言って本当に尻がむず痒そうな仕草を見せた。
「ははっ、分かりました。じゃあ……、……『トッド親方』、でいいですか?」
「ああ、上出来だ」
「ふふっ、それじゃあ私もそう呼ばせてもらいますね。トッド親方」
「わ、わ、私もミンクでいいでしゅ」
「本人がこう言ってる。ミンクで構わねぇ」
いきなり呼び捨てはちょっと抵抗があるが、確かに本人がそう言うなら、断るのもかえって失礼かもしれない。
「それじゃこうしましょう。私とイッチーさんも呼び捨てにして下さい。そしたら私達もミンクって呼びます。それでどうですか?」
名案とばかりに、お得意の人差し指&ウインクでティアレが宣言する。
「はわわわわわ……。わ、わ、分かりました。イッチー……と、ティアレ……、よろしくでしゅ!」
「あはは、よろしくミンク」
「私もよろしく、ミンク」
ようやく和やかなムードになった所で、親方が奥から4人分のスツールを持ってきた。
親方とミンクが座るにはちょっと高すぎるのか、よじ登るみたいにしてどうにか腰を落ち着ける。
「それで? そんなすげぇもん持って来るぐれぇだ。うちの店に何か用があったんじゃねぇのかい?」
正直店に入ったのは、勢いと感動に任せた部分がほとんどだったが、実を言えば目的もあった。
「はい。これを見てもらってもいいですか?」
ギターを軽く持ち上げ、ケースの収納スペースから弦のスペアセットを取り出す。
「こりゃあ、コイツの弦か」
「そうです。替えの弦のセットなんですけど、宿に置いてきた分を含めても、残りが3セットぐらいしかないんです」
「……それで?」
「これは見ての通り、1弦から6弦まであるんですけど、これと同じ物を作ってもらえないかな、と」
そう、これが僕がずっとこの世界で、楽器屋を探していた一番の理由だった。
トーテックスのピックは、正直この枚数を使い切るのは年単位だと思う。
でも弦はいつどんな弾みで切れるか分からない。
それに特に切れやすい1弦2弦は、セットでしか持っていない今は不安がある。
「……これを……? 俺が……? ……そもそも素材は何だ……、この細さまでどう伸ばす? いや、巻き弦の方は一度分解してみねぇと……」
急にブツブツと独り言を漏らし始めたその姿は、さっきまで体を丸めて涙を流していたのが嘘みたいに、気迫と熱意に満ち溢れていた。
爛々と輝く瞳を弦の隅々まで走らせ、傷だらけの指で神経質そうに弦の感触を確かめている。
たっぷりと時間を掛けて、1弦から6弦まで調べ尽くした親方は、決意の篭った目で真っ直ぐに僕を見ると
「……なぁ、あんちゃん……。俺を専属で雇う気はねぇか?」
そう言ったのだった。
「専属で?」
「ちょ、ちょっと親方! 待ってくだしゃいよぉ」
「いいや、ミンク。おめぇには、前々から話してた事でもあるだろ。どっちにしろ、この店はおめぇに任せるつもりだったんだから」
「……しょんなぁ……」
今度は、ミンクの方が涙目になって肩を落としている。
「どういう事か聞いてもいいですか?」
「……」
黙ったまま腕を組み、静かに目を閉じる。
長い間そのまま色々と考えを巡らせている様子だったが、やがてそっと目を開けると
「……そうだな……。黙ったままってのは都合が良すぎらぁな……」
その顔は表面的には笑っていたが、僕にはどこか自嘲めいた、寂しさや侘しさといった感情も含まれているように感じられた。
「……イッチー……、それにティアレ……」
「はい」
「はい」
「ちぃとばっかし長い長い昔話になるが、付き合ってくれるか?」
僕とティアレは顔を合わせるでもなく、目を合わせるでもなく、それでも全く確認の必要すらなく、同時に同じ答えを出していた。
『もちろんです』
「……そうか……、ありがとな……」
それだけ言うと親方は、ゆっくりと、
時には零すように、時には吐き出すようにして語り始めた。
先程の親方の言葉通り、
長い、長い、そして少しだけ悲しい昔話を……。





