第九章 -That's what I want- 誘惑
「……」
「?」
「ティアレ……、さん。少し小銭を貸していただけませんか?」
「??? 小銭、ですか? 何か欲しい物でもあるんですか?」
「い、いや、借りると言っても、それはすぐにそのままお返ししますので……。いや、むしろ増やして返します」
ここだけ切り取ったら、完全に女の子にたかる、ただの駄目人間のヒモのセリフだった……。
「別にいいですけど、どうするんですか?」
「これをこうやって、ここに入れておくと……、見た人が『ああ、ここにお捻りを入れるんだな』って分かりやすいでしょ?」
「ほぇ~、そんなやり方があるんですね。じゃなくって! まさか本当に?」
ジャツカ ジャジャ ツカジャジャ!
古き良きお約束のコード回しとカッティングを決めてから
「もちろん、僕にはこれしかないからね」
『空色の弾丸』
4ビートのスタンダードなポップナンバー。
アーリーバードのシングルの中では一番売れた曲で、CMにもタイアップされた、癖の無い耳障りの良い曲だ。(逆に昔からのファンには、あまり受けが良くなかったりもする……)
良く言えば当たり障りのない、悪く言えばこれと言って目立つ特徴もない、けれど一般受けしやすいって意味では、間違い無くトップクラスだと思う。
(さすがに、タイムマシンでママのダンスパーティーにカチ込みを掛けた、某M青年の様な真似をするわけにはいかないからなぁ)
そんな事を考えてる間にも、ドンドンと人垣は大きくなっていく。
試しにサビの掛け合いを振ってみると、既に50人程にまでなっていた集団の大合唱が始まってしまった。
もしかしたら、基本的にこの世界の人達はノリが良いのかもしれない。
(学生の頃は良く路上ライヴもやったけど、やっぱりこれはこれで独特の楽しさがあるんだよなぁ)
集まった人が更に人を呼び、広場はあっという間にミニライヴ会場と化す。
ふと見ると、左右から両親に手を繋がれた小さな猫耳の子供が、目をキラキラさせながら楽しげに飛び跳ねている。
さすがに増えすぎてきた人並みに揉まれて、時々ちょっと危なっかしく思える。
他にも何人か姿が見えた子供達に、目配せで前に出てくるように促す。
子供達は揃って不安そうに親御さんの顔色を伺っていたが、全員快諾を貰えたようで、嬉しそうに僕の周りで飛び回る。
後ろで手拍子をしていたティアレにも合図を送って、前に出てくるように誘う。
最初は照れくさそうに手を振っていたけど、すぐに諦めたのか、立ち上がって駆け寄ってくる。
本当は本人も我慢出来なかったのか、笑いながら周りの子供達と一緒に手を取り合って踊り始めた。
子供達に釣られたのか、観客の中にも踊り出す姿がちらほらと見える。
(場も温まってきたし、そろそろいけるかな)
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・スキル【集音位置設定】オン
1.ギターピックアップ 設定完了
2.口元 設定完了
3.ハーモニカ前 設定完了
追尾座標設定、確認
・スキル【イコライザー】オン
各バランス調整、完了
・スキル【モニタリング】オン
モニタリング位置、確認
モニタリング音声、スキル使用者にリターン、設定完了
・スキル【ヴォリュームコントロール】オン ヴォリューム4に設定
・スキル【アンプリファイア】オン
指向性、スキル使用者を起点に放射状拡散に設定
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突然襲った衝撃波に一瞬だけ戸惑った観客達の表情も、徐々に歓喜の笑顔へと変化していく。
ギターをかき鳴らし、ハーモニカを吹き散らし、これでもかと声を響かせる。
猫耳も、犬耳も、兎耳も、狸耳も、人間も、エルフも、ドワーフも、リザードマンも、ハーピーも、種族も年齢も全く関係なく、皆揃って体を揺らし、そして歌った。
『うおぉおぉおおぉおおおおおおおおおおおお!!!』
とんでもない歓声と拍手が一斉に鳴り響く。
凄まじい勢いで、キターケースに硬貨が投げ込まれていく。
人波は既に300人近くにまで膨れ上がっていた。
円形の階段部分は人で埋め尽くされ、向こう側を見る事すら出来ない。
次から次へと「今の音楽はなんだ」とか、「にいちゃん何者だ」とか、「もう1曲やってくれ」とか、興奮気味に一度に話し掛けてくるので、収拾がつかない。
とりあえず一旦どうやって落ち着かせようか、と悩み始めた頃――
「ピピーッ!」
甲高い笛の音が聞こえたかと思うと、鎧に身を包んだやたらガタイの良い兵士の様な人が、人波を掻き分けて広場の階段を降りて来た。
(あっ、ヤバイ……。もしかして、許可無しでパフォーマンスとかやっちゃマズかったかな……)
鎧姿の男は広場の中央まで降りて来てから、僕とティアレの方をチラッと見ると
「ほらほら、兄ちゃんもお嬢ちゃんも困ってるだろうが。一旦解散だ解散。賑やかなのは結構だが、あんまりいつまでも騒いでるとしょっぴくぞ」
そう言ってから、もう一度僕らの方を振り向いてウインクをしてきた。
どうやらゲリラライヴを咎められる訳ではなくて、むしろ逆に助け舟を出してくれたらしい。
衛兵とかそういった職種の人なのか、精悍な顔立ちに加えて独特の威圧感があるけど、根はとても優しい人みたいだ。
観客達は「えー」とか「ブー」とか言いながらも、あっという間にバラけ始めた。
「ありがとうございます。助かりました」
「いや、気にするなって。これも仕事の内だからよ。でも、もしまた次やる時は教えてくれよな。実は俺もずっと見てたんだ。兄ちゃんの演奏最高だったぜ」
二カッと清々しい笑顔と共に親指を立てると、そのままサッサと元来た方へと帰ってしまった。
メチャクチャ良い人だった。
「お兄ちゃん! お兄ちゃん! 凄くかっこよかったの! わたしワーってなって、フワーってなったのっ!」
「ぼくも、ぼくも! あんなかっこいい音楽初めて聞いた!」
「あんなすごいの楽士さんも詩人さんも聴かせてくれたことないの!」
そう言えば、巻き込んでしまった子達の存在をすっかり忘れていた。
僕の周りで、キャイキャイと無邪気にはしゃいでいる子供達。
目線を合わせる為にそっとしゃがみ込む。
「ありがとう。皆楽しかった?」
『うん! 楽しかった!』
あまりにも綺麗にハモるので思わず笑ってしまう。
「そっか、それなら良かった。じゃあ、もしまた次やる時も遊びに来てね」
一人ずつ頭を撫でてあげると「絶対来る~」とか、「お兄ちゃんありがと~」とか言いながら、手をブンブン振って親御さんの元に走って行く。
微笑ましすぎて顔がニヤけてしまう。
親御さん達も嬉しそうで、子供達が戻ると皆深々と頭を下げてくれた。
ちょっと恥ずかしいので、僕も手を振ってから軽く頭を下げた。
「お兄ちゃん、お兄ちゃん……」
最後に残っていたのは、僕が一番最初に巻き込んでしまった猫耳の子だった。
良く見るとスカートを履いているので、女の子だったみたいだ。
その子がしゃがんだままの僕の袖辺りを引っ張っている。
「ん? どうしたの?」
何か言いたげな様子なので、少し顔を寄せる。
すると――
「ちゅっ」
一瞬頬に暖かい感触を感じた後、パタパタと駆けて行く足音だけが残った。
両親の所まで戻ると、顔を真っ赤にして俯いている。
苦笑いで頭を下げた両親に、僕も苦笑いを返すことしか出来なかった。
「ハハ……まいったな……」
「ふふふっ、イッチーさんモテモテですね」
当然一部始終を見ていたティアレが、からかうようにそう言ってくる。
「ま、まぁ一応当初の目的はちゃんと果たせたみたいだから」
「何ですか、当初の目的って? 小さな女の子を誘惑する事ですか? ふふっ」
「いや、誘惑って……。じゃなくて、ほら、あれ」
僕が目を向けると、ティアレも一緒にそっちを見る。
「あ、あの……、イッチーさん……。これどうするんですか?」
呆れたように言うティアレの目線の先にあったのは、既に中には収まりきらず、溢れかえった硬貨で埋まった僕のギターケースだった……。





