第八章 -Dance with- ある晴れた日に
「セフィラート様、お気遣い感謝致します。けれど私達は、自分達の足で旅を続けたいと思います。それが私達の旅ですから」
「ハッハッハ。そうであったのぉ……。素晴らしき事じゃ。……しかし何か礼をせねばならんな」
そう言って僕らの目の前まで、グーっと頭を下げてくる。
一抱えでも全く足りないサイズの顔が、すぐ手前まで来ると静かに目を閉じた。
「二人共妾の顔に手を当て、目を閉じるがよい」
一瞬ティアレと顔を合わせてから、言われたようにそっと顔に触れ目を閉じる。
『……』
《風龍【セフィラート】の加護を獲得しました》
「えっ!?」
そう叫んだのはティアレだった。
目を開けてティアレを見ると、心底驚いた様子でわなわなと震えている。
「い、いいんですか?」
「良いも悪いもない。言うたはずじゃ、妾の感謝の印じゃと」
「あ、あっ、ありがとうございますっ」
地面に着くんじゃないかと心配になるような勢いで、ティアレが頭を下げる。
「ありがとうございます」
良くは分からなかったけど、僕も同じ様に頭を下げる。
何かとんでもない物を貰ったらしい事だけは、ティアレの様子からも伺える。
「ハハハッ、それも言うたはずじゃ。礼には及ばぬ、とな」
その声はどこまでも深い慈愛に満ちていて、改めてこの目の前の存在が『神』と呼ばれる理由を、僕はひしひしと感じていた……。
「さて、それではせめて、入口までは送ってやるとするかのぉ。その程度のお節介は構わんじゃろ?」
そう言ってセフィラートは片目を瞑った。
正直これが一番分り難かったが、どうやらウインクをしたらしかった。
「そ、そんなっ。すいません、さっきは偉そうな事言ってしまって」
「アッハッハッハ、冗談じゃ冗談。二人手を取るがよい」
『……はい』
言われた通り、ティアレと手を繋ぐ。
ここに来るまでも散々繋いでいたと思うが、ティアレは少しだけ頬を赤らめる。
「この上なき尊き時間を過ごさせてもろうた。改めて感謝するぞ、人の子ら、いや、イッチーにティアレーシャよ。妾は改めて、しばしの眠りにつこうと思う。もし再び立ち寄る事があれば、その時はまた愉快な音楽を聴かせて欲しい」
「はい、喜んで。約束します」
満足そうに一つだけ頷いたのをきっかけに、手を繋いだ僕ら2人の体が光に包まれる。
隣のティアレを見ると、徐々に輪郭がボヤけ始め、存在が不透明になっていく。
自分の手を見ると、同じように透け始めた手の向こう側の景色が見える。
初めてこの世界に飛ばされた時の感覚にどこか似てるな、と思った。
視界もボヤけ始め、中の景色と外の景色が二重に重なって見える。
「そなたらの旅路に幸あらんことを……」
――完全に視界が入れ替わる寸前、小さく響いてきたのは、そんなとても暖かな言葉だった。
「いや~、しかし色々と凄かったね」
「本当に……。私もう絶対ダメかと思いました」
洞窟の外へと文字通り『送って』もらった僕ら2人は、再びラントルムを目指すべく、南東へとココル走らせていた。
「確かに……、寿命が縮む思いってのは、ああいうのを言うんだろうね」
(僕の寿命が、果たしてどの時点から引かれるのかは謎だ)
「本当にもう。イッチーさんが『化石トカゲ』なんて言い出した時は、もう絶対に助からないって思っちゃいましたよ」
「アッハッハ、ごめんごめん……。つい勢いでね」
「勢いって……。でも、セフィラート様のお陰で、私も一つ、いいえ、二つ得をしちゃいました」
「二つ? 1個は……、あの最後のセフィラート様の加護ってやつかな?」
(あれも何だったのか結局良く分からないままだけど、もう1個に心当たりがない。
「いいえ、それはどちらかと言えば、イッチーさんのお陰ですから違いますね」
「結果的にそうなっただけで、僕のお陰とも違うような気がするけど……。何だろう、それだと余計分からないな……」
「新しい歌を2曲も聴けました。それで二つです、ふふふっ」
そう言って、本当に嬉しそうにクスクスと笑っていた。
「あ~、なるほどね。でもティアレにも僕の歌を聴かせる、って約束をしてたからね。あの一件があってもなくても、いずれ聴かせてあげてたよ」
「じゃああれって、イッチーさんの曲だったんですか?」
「ん~と、そうだね。両方とも作詞も作曲も僕だから、一応僕の曲って事にはなるね」
もちろん中には、他のメンバーが作詞や作曲を手掛けた曲もあるけど、さっき演った2曲に関しては両方僕だった。
「凄い! 私あんなに楽しそうな歌、生まれて初めて聴きました」
「ハハハッ、それなら良かった。途中からティアレもノリノリだったもんね。ピョンピョン飛び跳ねてたし」
「や、やめてくださいっ、見てたんですか。恥ずかしいな~、もう……」
背中越しなので顔色は見えないが、長めの耳が真っ赤なので大体想像はつく。
「別に恥ずかしがらなくていいよ。って言うより、むしろ演奏してる側からしてみれば、それ以上に嬉しい事なんてないんだから」
「……そういうものなんですか……、分かりました。じゃあこれからもイッチーさんが演奏する時には、『ノリノリ』? で聴くことにしますね」
「ハハッ、無理にそうする必要はないかな……。どちらかと言えばそれは僕の役目だけど、そうなったらそうなったで、身を任せればいいんだと思うよ」
「はぇ~……、難しいんですね。分かりました、そうする事にしますっ」
むんっ、と気合を入れているが、別に気合を入れるような事じゃないし、そもそも可愛いだけだった。
「あっ、そう言えば、一つ質問なんですけど」
「ん?」
「さっきイッチーさんが演奏した曲って、何か曲名とかはないんですか?」
急に思い出したといった感じで、ティアレはそんな事を聞いてきた。
「あ~、あるよ。1曲目のは『Step in, Step out』」
「……意味とかあるんですか?」
「そうだなぁ~……、ちょっと立ち寄ってちょっと出掛ける、みたいな意味になるけど……、僕が付けたのは『勝手に乱入して楽しくやる』みたいな感じかな」
「二つめは?」
「2曲目のは『Dance with』。飛び回る、とか小躍りするって意味だね」
「……プッ……、ククッ……クッ、アハハッ、アハハハハハハ! もうダメ」
プルプルと背中を震わせていたかと思うと、今度は急に大声で笑い始めた。
「? どうしたの、急に?」
「い、いえっ……フフッ、だっておかしくってもう」
「ん~? 何かそんなに笑うとこがあった?」
どこか僕には分からない、この世界独特の笑いのツボでもあるのかと思った。
「いや、だって……、勝手に乱入して楽しくやって飛び回るなんて、まるっきり私達がやったのと同じじゃないですか。アハハハハハハ」
(確かに呼び出されたとは言え、結果的に僕らの行動は、偶然にも僕の選曲と見事に被っていたわけだ)
「ハハハッ、確かに、言われてみればその通りだ。ハハハハハハッ」
「でしょ? アハハハハッ」
――どこまで高く、遮る物も無い青々と広がる空に、
僕ら2人の笑い声は長く、長く響き渡るのだった……。





