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第八章 -Dance with- 神龍セフィラート

 イッチーさんが演奏を始めた瞬間――


 衝撃波の様な音の波と同時に、光の洪水が吹き上がる。


(また精霊!?)


 見通せない程の暗闇と、耳鳴りすら催す程の静寂に包まれていた広大な空間が、瞬く間に光と音で満たされていく。

 

 昨夜のゆったりとした優しい曲からは想像もつかないぐらい、急かすように早くて激しくて賑やかな曲だ。

 音量も昨日とは比較にならない。

 全ての音が、この空間の中央目掛けて容赦なく押し寄せてくる。

 

 精霊達もじっとしていられない様子で、イッチーさんの演奏に合わせて狂喜乱舞する。

 激しく揺れ動く光の渦と、四方八方から押し寄せる音の波に翻弄されて、目が回りそうだった。


 それなのに、聴いてるだけでさっきまでの恐怖や不安が嘘みたいに消え失せ、踊りだしたい程の興奮と歓喜に追い立てられる。


(これも知らない……。こんなに楽しくて……嬉しくて……心躍る、歌も……曲も……演奏も、私は聴いたことがない)


 昨日の切なくて胸締め付けられる、なのにどこまでも暖かくて優しい演奏。

 そんな涙溢れる曲を紡ぎ出した人と同じ人間が、今この曲を奏でているなんて、きっと例え神様でも夢にも思わないだろう。


 楽しくて楽しくてしょうがない、って感じのイッチーさんを見てると、こっちまで自然と体が動き出す。

 ふと目をやると、セフィラート様の尻尾も、イッチーさんの曲のリズムに合わせて、右へ左へと愉しげに揺れているのが見えた。


(ふふっ、やっぱり神龍と呼ばれるセフィラート様でも、このイッチーさんの演奏の魅力には抗えないみたい)


 こっちを振り返ったイッチーさんの目が『ほら、そんな所に座ってないで、一緒に楽しもう』と訴えかけてくる。

 私はもうこの時点で、様々な葛藤や憂いや畏れ、胸を占めていたそういった感情の諸々が全てどうでも良くなってしまっていた。


 勢いよく飛び上がると、もうじっとしている事は出来なかった。

 突き動かされる様な衝動に、心も体も飛び跳ねる。



 私も、精霊達も、セフィラート様も、たった一人が生み出す音楽の力に翻弄され、為す術もなく体を揺らし、飛び跳ね、躍る。


 そしてそれがこんなにも楽しいものだと、私はこの時、生まれて初めて知った。


......................................................


「…クッ…、ククッ……」

『?』

「ククッ……、プーッ! アーッハッハッハッハ! もう駄目じゃ! あ~、愉快愉快。これ程心踊ったのは、イチハの奴が逝って以来初めてかもしれんのぉ」


 さっきまでの、地獄の釜から響いてくる様な声とは打って変わって、聞こえてきたのはどう考えても楽しげな『女性』の声だった……。


『……はい?』


 思わず2人で声を揃えてしまった。


「いや~、すまんすまん。少々戯れが過ぎたかもしれんのぉ。妾も決して悪気があった訳では無いのじゃが、興が乗りすぎてしもうたようじゃ。」

『……』

「いいや、退屈で死にそうだと言ったのは真じゃぞ? 昨夜は随分と精霊どもが騒ぐのでな、叩き起されてしもうたのじゃ。眠っておっても、外で何が起こっておるのかぐらいは分かるからの」

「あの、それじゃあ……ここに呼ばれたのって……」


 いい加減埓が明かないので、僕が口を開いた。


「ああ、どうせなら妾も直接見てみたい、聴いてみたいと思うてのぉ。一芝居打ったという訳じゃ。アッハッハッハ!」

「……」


(ああ……、完全にやられた……。ここでの一件、いやそれどころか、多分呼び出される所から、既にドッキリは始まっていたんだろう)


 確かに考えてみれば、呼びつけられているのに、盛大に邪魔をされたり、用があるのは僕の方だと言いながら、ティアレに喧嘩を吹っ掛けてみたり、おかしな所はいくつもあった。


「あの……、一体どういう事ですか?」


 未だ全く状況が掴めていないティアレが、放心した様子で僕に聞いてくる。


「はぁ~……。つまり全部嘘だったって事。全部ではないんだろうけど、要は僕に演奏をさせる為に仕組んだ悪戯だったって事だよ」

「……えぇええええええええええ! それじゃあ、あの、私達を食べるって言うのは?」

「失敬な。何が悲しくて、わざわざ人間なぞ食べにゃならんのじゃ。霞とまでは言わんが、そもそも我ら神龍は、オドさえあれば数百年飲まず食わずとも何ら問題はない。食う食わぬは趣味嗜好の問題じゃな」

 

 それを聞いたティアレは、急に安心して体の力が抜けたのか、その場にペタンとへたり込んでしまった。


 言ってる事が完全に仙人のそれだが、相手は仮にも神と名の付く龍だ。

 仙人が霞を食って生きられるなら、神様が何も食わなくても平気なのは道理なのかもしれない。


「それじゃあ、もしかして……おばあちゃんの事も……ですか?」


 ティアレが思い出した様におずおずと尋ねる。


「いいや、それに関しては真じゃ。しかしミルレーが黙しておったと言うのなら、これ以上わざわざ妾が語るまでもあるまい。お主自身の(まなこ)で確かめるべきではないのか? その為の旅でもあろう?」


 最後は随分と含みのある言い方だった。

 これまた非常に分り難いが、どうやら『ニヤリ』と笑ったようだ。


「は、はいっ、確かにそうですね。ありがとうございます」

「何も礼には及ばぬ。全ては妾の酔狂でやった事じゃからの」


 一つだけ気になった事を聞いてみる。


「それで、僕の演奏は楽しんでいただけましたか?」

「アッーッハッハッハ。お主はほんに愉快じゃのぅ。ああ、この化石トカゲの寝呆けた頭には、少々刺激が強すぎる程度には、十二分に楽しませてもろうたのじゃ。心より感謝するぞ」

「あ……、いや、それは……」


 やり返されてしまった。

 随分と皮肉の効いた返事が返ってきたけど、楽しんでくれたのならそれでいい。


「ハハッ。世辞などではなく、この千年、二千年の中でもこれほど心躍る事は無かった。久しく忘れておった歓びじゃ。」

「いえ、それだけ聞ければ僕は充分です。それで……僕らは、もうこれで?」

「ああ。無駄な寄り道をさせてしもうたのぉ。旅はどこを目指しておるのじゃ?」


 そう言って今度はティアレの方へと顔を向ける。


「はい。今はとりあえずラントルムへ。そこからノーベンレーンへと渡って、中央大陸へ向かおうと思っています。」

「そうか。さすれば中央大陸まで『飛ばす』事も出来るがどうする?」


(飛ばすって……。『飛ぶ』じゃないって事は、多分物理的な意味の方ではないだろう。転送とか転移とかそっち系の意味だとすると……、さすがは神様……)


 そこでティアレは僕の顔を見つめてきた。

 何も言わなくとも、目を見ただけですぐに意図は分かる。

 僕は黙ったまま静かに一つだけ頷いた。

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