第八章 -Dance with- 退屈の代価
「そんな……、なんで、セフィラート様が……」
(セフィラート様? セフィラート? どこかで聞き覚えがある)
「ティアレ、セフィラート様って」
「……セフィラート様は……、この西の大陸を守護する、『守護龍』様です……」
「大陸を守護する……、守護龍……、あっ」
(思い出した。セフィラートはティアレが教えてくれた、この大陸そのものの名前じゃないか)
それがどういう事なのか、と考えを巡らせるよりも先に、爛々と朱に染まる双眸が開いた。
「よくぞ参った、小さき者共よ」
地の底から響いてくるような、下腹を痺れさせる声がそう告げた。
よくぞ参ったと言う割には、歓迎されてる気配が微塵も無いのは気のせいだろうか……。
ティアレの方を見るが、とてもまともに対応出来る状態とは思えない。
覚悟を決めて僕が話し掛けてみる。
「あの、僕達を呼んだのは……あなたなんですか?」
「いかにも。用があったのは貴様の方だがな、人の子よ」
「僕に?」
「名乗る事を許そう」
名乗る事を許されたのは生まれて初めての経験だったが、そんな事を気にしてる場合じゃなさそうだ。
「あ、えっと……イッチー、イッチーといいます」
「カカッ! イッチーを名乗るか、これは愉快。……しかしなるほど、それで合点がいった」
「?」
言ってる意味が全然分からない。
何が愉快なのかも、何に合点がいったのかも、こっちはサッパリだった。
「それに貴様……、混じっておらぬのか? いや違うな……、そもそも『違う』のか」
「???」
「まあよい」
何がまあよいのか知らないが、こっちはこれっぽっちも、一欠片も言ってる事が分からない。
「貴様はどうだ。耳長の小娘よ」
「は、はいっ……。ティ、ティアレーシャ=ルスク=コドレー、と申します……、神龍様」
ティアレはそう言うと同時に、素早く片膝をつき頭を垂れた。
良く見ると、顔色は相変わらず青白いままだし、小さく肩も震えている。
相当無理をしてるのは間違いなかった。
(あっ、ヤバイ……。もしかして、同じ様にしなきゃマズかったのかな……? 神龍様と言ってるし、神様に近い存在なのかもしれない)
でも僕がティアレを真似るべきかどうするか悩んでる内にも
「カッカッカッ! まさかイッチーを名乗る者と、ルスクを継ぐ者が同時に現れるとはな……。数奇なものよ……。長生きはしてみるものだな」
と、またしても意味不明な返事が返ってきた。
非常に分り難いが、どうやら笑ってるようだった。
「あ、あの……、ルスクを継ぐ者とは……、どのような意味でしょうか?」
「ん? まさか貴様何も聞かされておらんのか? まったく、レディウスの魔女めが何を企んでおるやら」
「えっ、レディウスの魔女ってどういう事ですか? レディウス村と何か関係があるんですか?」
「本当に何も知らんのだな。まあよい。時に小娘よ、今は何年だ? 暦が変わってなければ良いが」
質問には答えずに、質問に質問を被せてきた。
ティアレの方はかなり取り乱した様子だったけど、それでも神龍と呼ばれる存在の質問の方が、優先度は上だったみたいだ。
「は、はいっ。新神暦1020年になりました……」
「そうか……。するともう300年も眠っていた計算になるかの」
(さ、300年!? 冬眠感覚で300年寝るとか、ドラゴンの寿命は一体どうなってるんだろう?)
「それでルスクだったな。簡単な話よ。小娘よ、貴様の住む森は何と呼ばれておる?」
「ミ、ミールレーの森です」
「ならば、貴様の肉親、とは限らんが、貴様の師の名は何という?」
「ミルレーシャ=ル、スク=コ、ド……、……ミルレーシャ……、ミールレーの森……。えっ!?」
慌てふためくティアレをよそに、神龍と呼ばれたドラゴンはただ淡々と告げた。
「そうだ。レディウス村とは、かつて『レディウスの魔女』と呼ばれ、エルフ三樹の一人でもあった『ミルレーシャ=ルスク=コドレー』。奴が興した場所だ。ミールレーの森とは、その名の名残にすぎん」
「そ、そんな……、おばあちゃんが? レディウス村を……? おばあちゃんそんな事一度も……」
ティアレはうわ言のように、「おばあちゃんが」と繰り返すだけで、完全に冷静さを失ってる様に見えた。
僕はただ彼女の隣に座り、そっと肩に手を置き、精一杯優しく「ティアレ」と呼び掛ける事しか出来なかった。
「まあ、そんな瑣末な事はどうでもよい。『退屈は人を殺す』とは良く言ったものでな。たかだか100年にも届かぬ生ですら、退屈で死ねると言うなら、このワシは何度死ねばよい?」
僕ら二人の事など全く意にも介さず、勝手に喋り続けている。
「とにかくワシは退屈でな。貴様ら二人を食らうのも良いが、それもさほど楽しめるとは思えぬ」
(おいおい……、神様が暇潰しに人を食べるのか……。この世界は一体どうなってるんだ?)
「そうじゃ、せっかくルスクを継ぐ者がおる事だしな。一戦交えてみる、と言うのもまた一興かもしれぬな。のぉ小娘、少しは楽しませてもらえるのだろう?」
隣のティアレを見る。
ティアレがどれぐらい強いのかは分からないけど、さすがにこの目の前の、岩山の様なドラゴンを相手に出来るイメージが全く湧いてこない。
それは当然それ以上に僕にも言える事だが、それでもここで引き下がるわけにはいかない。
(どんな手を使っても、この子だけは守らなきゃいけない。こんな慈愛の塊みたいな優しい子を、今こんな所で死なせるわけにはいかない。第一この子はまだ15だぞ?)
ティアレの肩に手を置いたまま立ち上がった。
不思議と恐怖は感じなかった。
別に一応コミュニケーションは成立するから、なんて甘い理由じゃない。
これが例えば虎や熊だったなら、もう少し現実味のある恐怖もあっただろう。
しかし目の前のこれは、スケールが違いすぎるのだ。
はっきり言って、怪獣と対峙してるのと変わらない。
ほんの気まぐれに尻尾を振られただけでも、確実に僕は即死コースだろう。
それに僕は、もう二度も死んでる様なものだ。
もし僕が犠牲になる事で、ティアレが助かるというなら、悩む必要など全くない。
「あの、元々用があったのは僕の方だって言ってましたよね? それならこの子は開放してもらえませんか?」
「そんなっ! イッチーさん!?」
「貴様らの都合なぞに興味は無い。二人食らいたければ食らう。ただそれだけの事だ」
全く取り付く島もない……。
恐らく口調からすると、人二人を食べるのも、蟻を踏み潰すのも、この龍の中では大して変わらない行為なんだろう。
でもこのままだと絶対にマズイ……。
「あの……、もし私が戦ったとして……、勝てる事はないですけど……負けても、イッチーさんは見逃していただけないでしょうか?」
最悪の予想通りだった。
この子はこういう子なんだ。
分かってたからこそ、先手を打ちたかった。
「くだらん、同じ事を何度も言わせるな。貴様らの都合なぞは知らん。……しかし小娘が勝てれば、二人揃って逃げる事も出来るのではないか? カカッ!」
さすがにカチンときた。
僕は人生の中でも、本気で怒った事など一度もなかった。
でも今だけは本気で怒ってもいいと思う。
神様だか何だか知らないけど、自分の身も顧みない、こんなに心優しい子の命を弄ぶなんて行為が、許されていいわけがない。
「あの、イッチーさん……私」
「駄目だ」
キッパリと言い放つ。
立ち上がろうとしたティアレの肩を押さえて、一歩前に出る。
「……でも」
「ティアレは心配しないで」
出来る限り穏やかにそう伝えてから、見上げても尚足りないドラゴンと正面から対峙する。
背中のケースを下ろし、素早くスーパーアダマスを肩から掛ける。
「いいよ、楽しませればいいんだろう? 300年も寝てた化石トカゲの目を覚まさせてあげるよ」
「イ、イッチーさんっ!?」
「カカッ! 小童が言いよる! 貴様それだけ大口を叩いてお――」
「うるさいよ。300年前で止まってるその脳ミソに刺激をやろう、って言ってるんだから、せいぜいショックで気絶でもしないようにね」
遠慮する気はない。
初っ端からスキル全開だ。
せっかくだからサービスで、アンプは全てこのドームの中心に向けてやった。
『Step in, Step out』
16ビートの超アップテンポナンバー。
イントロから即、ソロに近いリフとカッティングの連発で、嫌でも盛り上げる。
ライヴではいつも、ピーク時かアンコールに入れる事が多かった、最高にノリの良い曲だ。
シングルのセールスも三番目ぐらいには入る、僕らの代表曲中の代表曲。
始めてしまえばどうって事もない。
僕はこれさえあればハッピーな、ただの音楽馬鹿だ。
恨みや憎しみを音楽に乗せるなんて、やっていいことじゃないし、そもそも僕の柄じゃない。
それじゃ駄目なんだ。
(やっぱり楽しまなきゃ嘘だ。僕が楽しまなきゃ、聴いてる方だって楽しめる訳が無い)
観客がいるなら、僕のやる事はいつだって一つだ。
満員のスタジアムだろうと、神と呼ばれる龍だろうと、ノせてしまえばこっちのものだ。
サビに突入すると同時にヴォリュームを一段階上げる。
こんな閉ざされた場所じゃなく、もっと遠くまで届けと声を張り上げる。
ストロークが激しくなり、僕自身もじっとしていられなくなってくる。
腰を落とし煽るようにギターを左右に振る。
(ほらほら、いくらしかめっ面してても、尻尾がめっちゃ揺れてるよ)
『俺の歌を聴け』なんて僕のスタイルじゃないし、ジョージさんにも、ヨーコさんにも、チエちゃん先生にもそんな音楽は教わってない。
アーリーバードの5人だって、いつもそうやってファンと向き合ってきたじゃないか。
振り返ると、さっきまで蒼白だったティアレの顔もすっかり元通りで、楽しげに体を揺らしながら手拍子をしている。
(そう言えば、ティアレにも僕の曲を聴かせるって約束をしてたな)
そんな事を思い出しながら、更にヴォリュームを一段階上げる。
顎をしゃくってティアレにも立つように促す。
飛び上がるように立ち上がったティアレが、そのままピョンピョンと飛び跳ねる様に縦ノリを始める。
正面に向き直ると、いつの間にか化石トカゲの体も上下に揺れていた。
今日もやっぱり音楽は最高だ。
サビのシャウトを響かせながらも、僕は既に2曲目の事を考え始めているのだった……。





