List.07 -深窓のロックガール- でけぇ……
――そして次の日曜日。
校門前で待つ僕ら4人の前に、可愛らしい黄色のミニバンが止まる。
「皆おはよ~。私も時間通りなのに皆早いのね」
愛車のミニバンで颯爽と現れたチエちゃん先生が、助手席側の窓を下ろしながら、こちらに手を振る。
『おはよ~ございま~す』
早く集まっていたのには理由がある。
今では僕らの部室となった旧音楽室に、ヒロとシュンの楽器を取りに行っていた為だ。(僕が部室の合鍵を持たされている)
僕は自分のギターを持参。
ドラムセットを持って行くわけにもいかないアキだけは、さすがに手ぶらだ。
実はチエちゃん先生の実家は、学校からほど近い高級住宅街にあって、その気になれば歩いてでも行ける距離らしい。
車で迎えに来てくれたのは、僕らが楽器を運ぶのが大変だろうというのと、距離の割に駅からは少し離れてるので、迷ったりしないようにと気を使ってくれたわけだ。
(そもそもチエちゃん先生がうちの学校を希望したのは、僕らの中学が先生にとっても母校だった、というのが一番大きな理由だったそうだ)
「後ろ開けるから、荷物積んじゃってね」
先生がそう言うと、ミニバンの後ろでハッチの開く音がした。
サイズの割に中は随分広々とした造りで、僕らの荷物を軽々と後ろに収納する。
後ろに3人、助手席に僕という配置で座ると、チエちゃん先生は早速慣れた手つきで車を走らせる。
チエちゃん先生の運転って事で、実は僕らは全員警戒態勢だった。
けれど、普段のチエちゃん先生からは想像も付かないぐらい、車の運転は随分と慣れた様子で、特に危なっかしい所も無い。
どうやら僕らの心配は杞憂に終わった様だった。
車も綺麗に手入れされていて、チエちゃん先生がとても大切にしているのが良く分かる。
エアコンの空気に乗って、芳香剤とは違う、チエちゃん先生の良い匂いが微かに漂う。
カーステからは小さな音量で、先月出たばかりのハードロックバンドの新曲が流れてくる。
車内のバックミラーにぶら下げられた、フライングブイのキーホルダーが楽しげに揺れていた。
「へへ~、いいでしょ。学生時代にバンドやってた頃から、凄く活躍してくれてね。荷物は沢山積めるし、燃費もいいし、何より可愛いでしょ。うちのヴァン君」
「……ヴァン君……」
「そう、ヴァン君」
嫌な予感がする。
「……まさかとは思いますけど……。それって、早弾きが得意なギタリストがいたりするヴァン君ですか……?」
「さっすが市原く~ん。市原君なら分かってるくれると思ってたわ~」
「……」
頭が痛くなってきた……。
チエちゃん先生の事だから、さすがにミニバンでヴァン君、なんて安易な理由は無いだろうとは思った。
けれど、まさかこの世に、某伝説のロックバンドの名前から取って、愛車にヴァン君と名付ける人間がいるとは夢にも思わなかった。
恐るべしチエちゃん先生……。
「そ、それで……先生の家って近いんですか?」
「うん、本当に近いわよ。歩いて、とは言わないけど、自転車でも全然通えるぐらいかな。実際私も中学の時は自転車通学だったから」
「へ~、でもあの高台の方ってかなりの高級住宅街ですよね?」
「うーん、そうなのかなぁ? 確かにお金持ちの家も多いと思うけど、うちは割と普通だと思うけどな」
「でも、チエちゃん先生って、なんかお嬢様オーラ出てるもんな」
「分かる分かる」
アキとシュンがちょっと茶化すように言うけど、今日はオフという事なのか、『チエちゃん先生』呼びにも特にお咎めは無かった。
「全然そんな事ない、って言うより、お嬢様なんて言われた事一度もないし、恥ずかしいからやめて」
少し照れくさそうに、バツが悪そうにチエちゃん先生は苦笑いしている。
確かにゴリゴリのロックファンって所を除いて、おっとりした性格といい、ちょっと天然な所といい、どことなくチエちゃん先生にはお嬢様っぽい雰囲気と言うか、育ちの良さみたいな物が滲み出ている。
――そしてその結論は、それから僅か10分程後に、あっさりと僕らの前に、非常に分かりやすい形で姿を現した。
「……でけぇ……」
その呟きは、アキの口から漏れたものだけど、決してチエちゃん先生のポヨポヨに対して出た言葉ではない。
「さぁ、着いたわ。とりあえず先に荷物下ろしちゃいましょうか」
チエちゃん先生はそう言うと、慣れた手つきで愛車のヴァン君を駐車場に停めるが、駐車スペースだけでも4台分ぐらいある。
しかも隣に2台並んで停まっているのは、車に全く詳しくない僕でも知っている高級車だ。
荷物を下ろす為に車から降りた僕ら4人は、その豪邸と呼んでもいい、威風堂々とした佇まいの洋館を前に、暫し唖然と固まる。
テレビで紹介されている様な、芸能人の豪邸とかには当然及ばないけど、それでも少なくとも僕は、こんな家を直接目の当たりにした経験はない。
「やべ~……、チエちゃん先生、マジもんのお嬢様だったんだな……」
続いて漏れたシュンの呟きに、僕ら4人は『ウンウン』と意味不明な頷きを繰り返すのだった。
「何バカな事言ってるの。ほら、暑いんだし早く入って」
チエちゃん先生にそう促されて、ようやく我に返る僕ら4人だったが、続けて通された庭も、これまた綺麗に手入れされた洋風の庭園だった。
花壇の前には、大きなパラソルが影を落とすテーブルセットなんかも並んでいる。
正直この世にホントにこんな家に住んでる人がいるなんて、僕は(恐らく他の3人も)この時まで、現実の物として理解していなかった。
(そりゃまぁ、存在している以上、住んでる人がいて当たり前なんだけど……)
ちなみにこれは大分後になって知った事だけど、この時にはまだ出会っていなかったマサが引越して来たのもこの同じ住宅街で、チエちゃん先生の家に負けず劣らずの豪邸だったのは、また別の話である……。





