List.06 -ギフト- 天才
「市原君、部活を作りましょう」
「……はい?」
――旧音楽室で、チエちゃん先生とギターを弾くのが日常になり始めた、ある日の放課後。
チエちゃん先生は教室に現れると、何の前触れもなく唐突にそう切り出したのだった。
先生が唐突なのはいつもの事なので、そろそろ慣れてきたつもりだったが、この日ばかりは脈絡がなさすぎて、さすがの僕も途方に暮れた。
「えーと……、部活? ……ですか?」
「そうです、部活です」
(なぜドヤ顔……)
「部活になると何か変わるんですか?」
「うーん、何かが変わるってわけじゃないけど。むしろ変えない為の部活?」
(そしてなぜ疑問形……)
「僕としては今の状態で続けられるなら、正直部活でも何でも構いませんけど」
「なるほどね」
先生は音楽教諭なので、受け持っているクラスがあるわけではなかったし、赴任から数年という事でまだ部活動の顧問などもやってはいなかった。
そのお陰で毎日ではないにせよ、こうして時間を見つけては放課後の個人授業に付き合ってくれていたわけだ。
この頃の僕は深く考えてなかったが、よくよく考えてみれば、放課後に女性教師と男子生徒が旧音楽室に2人きり、という状況に問題が無いとも思えなかった。
(もっとも先生も、そんな事を気にしていたわけではないとは思うが)
「部活になれば、もっとしっかりした活動が出来るようになると思うし、多分多少は部費も出るようになるんじゃないかな? 極端な話、別に部活じゃなくても同好会とかでも構わないと思うの」
「同好会ですか。でも部活にしても同好会にしても、僕は何をすればいいんです?」
わざわざ僕に話を持ち掛けてくる以上、何か僕に任せたい事でもあるのかと思ったのだ。
「うん。顧問は私がやっても構わないし、活動場所もここで問題ないんじゃないかな。その辺りの細かい事とか、申請に関しては私の方で調べておくから。市原君には部員集めをお願いしたいの」
「何人ぐらい必要なんですか?」
「そうねぇ……。部活となるとそれなりの人数が必要だと思うけど、同好会なら5人もいらないんじゃないのかな」
一気に5人は無理でも、多少なら心当たりが無いこともない。
「うーん……、それぐらいなら多分。なんとか……なるかな?」
「ホントに!?」
「まぁ、心当たりが……ないこともないんで……。でも先生はいいんですか?」
「なにが?」
「いや、その顧問とか」
「うん、全然構わないわよ。むしろ市原君に私が技術的に教えられる事なんて、ほとんど無いと思うんだけど、そっちの方が心配かな」
そう言って少しだけ困ったような笑顔を浮かべていた。
僕としてはチエちゃん先生以外の人間と、この活動を続ける気など微塵も無かったし、そもそもそんな事をする意味も無かった。
先生は決して一方的に、『僕に対して何かを教える』という事はせず、「こんなアレンジはどう?」とか「あの曲ってこんな風に合わせたら、もっとカッコよくなると思わない?」といった感じで、必ず僕自身にも考えさせ、一緒に音を紡いでいくというスタンスに徹していた。
その後も先生には卒業するまで、顧問として、師としてお世話になるわけだが、その間も先生から「ああしろ、こうしろ」といった風な指示を受けた事は、ただの一度もなかった。
そして技術的な話ではなく、(とは言っても技術的にも、先生に何一つ問題があるとは思えなかったけど)先生の演奏スタイルや、ジャンルや形式に囚われない柔軟な姿勢。
それら全ては、それまで独学でしかギターをやってこなかった僕にとっては、勉強になる事だらけだったし、その後の僕や僕らの音楽活動においても確実に、決して小さくない影響を与えている。
これは今の僕なら断言出来るが、こと音楽に関して、チエちゃん先生は間違いなく、人に教える『天才』だった。
「いいぜ」
「即答かよっ!」
「だって面白そうじゃん。じゃあヒロはやんねーのかよ」
「いや、別に……俺も構わねーけど」
「なんだ、やるんじゃん。勿体ぶるなよ」
こうして僕の部員勧誘は、説明開始から僅か1分で完了したのだった。
僕が先生に言った心当たりと言うのは、小学校低学年からの付き合いだったヒロとアキ。
偶然にもヒロとは同じクラスだったし、アキは隣のクラスだった。
幸いにも? 2人は何の部活にも所属してなかったし、とにかく面白そうな事には何でも首を突っ込みたがる2人である。
チエちゃん先生から勧誘の相談を受けた次の日の放課後、僕はさっそくヒロとアキを捕まえ事情を説明したわけだが、果たして事情説明が必要だったのかどうかすら怪しい。
「それにチエちゃん先生だろ。デカイよなぁ!」
「そこかよっ!」
「そりゃ大事な事だろ。顧問がムサイおっさんとじゃやる気が全然違うぜ?」
「まぁ、確かに……それは……一理あるな」
「だろ? チエちゃん先生地味だけど結構可愛いしな~」
そして今度は勧誘完了から1分と経たずして、僕は先行きに不安を覚えるのだった……。





