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第二十章 -Get ready- 『新トッド・ムーシカ』

「いやぁ、まさかあんちゃん達が先生とはなぁ、ガッハッハッハ!」

「笑い事じゃないすよ、親方……」

「でもまぁ良かったじゃねぇか。仕事と住む場所がいっぺんに見つかったんだからよ、一石二鳥じゃねぇか」

「いやまぁ……、確かにそれはそうなんだけど……」


 あれから結局、僕らは学院長の提案を受ける事にした。


 一つは特別講師としてきちんとした給料が支払われるという事。

 一つは学院には寮が完備されているので、まだ住む場所すら決まっていなかった僕らにとっては願ったり叶ったりだった事。

 一つは講師としての時間の都合さえつけば、生徒としても自由に講義を受けられるという事。


 元々ティアレの魔術の修行という目的でこの学院を訪れた僕らとしては、正直これ以上ないと言ってもいい程の好条件だった。


「いや、一石三鳥か。なあムース、ワッハッハ!」

「はいなの~」


 親方に抱き抱えられたムースが、嬉しそうにキャッキャとはしゃいでいる。


 そう、一石三鳥。

 学院長の提案を受けるに当たって、僕の方から一つだけ条件と言うか希望を出させてもらった。

 それはムースを学校に通わせたいという事。



 僕らは有り余る旅の移動時間を利用して、成人組総出でそれぞれが得意とする分野を色々と教え合ってきた。


 親方とミンクの製造や加工の知識、ティアレの魔術や生活全般の知識、スズの体術と打楽器の知識、セツカの剣術と算術や読み書きの知識、そして僕の音楽全般に関する知識。

 僕らの旅の一行は一芸に秀でたという意味では、恐らく一人一人がこの世界トップクラスのレベルにあると言っていいと思う。


 それでも同世代の子供達と学校に通うという経験は、他の何ものにも代え難い。

 僕にとってはそこでの出会いが一生を左右したと言っても過言ではない。

 そして何よりも、ムース自身が学ぶという事に関して驚く程前向きで貪欲だった事が大きい。


 今まで学ぶ機会を与えられてこなかったというだけで、実際ムースはとんでもなく頭の回転が早い。

 何も今すぐに将来を音楽一本に定める必要はないし、もっと色々な可能性を自分で探して欲しいというのが僕の正直な気持ちだった。



 学園長には驚く程アッサリと承諾してもらえたが、それならばいっそ僕の講義の助手をさせてみてはどうかと打診があった。

 確かにムースのクラヴィコードの腕前は、今では出会った頃とは比べ物にならない程上達しているし、この世界には無かった曲の奏者という意味でもその意義は計り知れない。


 もちろんそれはスズのドンゴやカホンの演奏に関しても同じ事が言えるし、自分の講義や受講に支障をきたさない限りは、手を貸してもらう事に異論などあるはずもなかった。


 向こうも寮の準備などで2,3日は必要ということなので、僕らは揃って親方の新しい店の手伝いへと繰り出して来たわけだ。


 寮はさすがにと言うか当然と言うか、男子寮と女子寮は別々なので、一応僕以外は全員同じ寮に入れるように手配してくれるという話だ。

 そこでまたスズが「イッチーと同じ部屋じゃないと嫌ニャ」だの、「抜け駆けはズルイです」だの、「はしたないでござる」だのひと騒動あったわけだが、まぁそれはいつのも事なので別にいいだろう。


「まぁ、ちゃーんとこっちにも顔出して楽器の開発手伝うってぇんなら、俺としちゃあ特に何もいう事ぁねぇんだがな」

「それは当然、って言うか親方の方こそ、学院に来て楽器の制作とか教えてくれればいいじゃないですか」


 自分で言っといて何だが、これはナイスアイデアなんじゃないのか?

 親方の腕は言うまでもないし、既にミンクという弟子がいるせいもあるのか、親方は人に教えるのがすこぶる上手い。

 その分メチャクチャ厳しいし口も悪いが、相手次第と言うか、少なくともムースにはデレデレなので多分問題はないだろう。


「あぁん!? ……まぁ確かにこれからもっと人手も必要になるだろうし……、使い物になりそうな奴見っけるって意味じゃあ都合がいいっちゃあいいのか……。けどよ、そもそもそんな勝手が許されんのかよ」

「今度僕が学院長に聞いときますよ。多分大丈夫だと思いますけど」

「はわわわわわ……、も、も、もしやこれは、失業の危機なのでは……。イ、イッチー待つでしゅ! 早まるんじゃないでしゅ! 私の仕事が失くなるでしゅ!」


 聞き耳を立てていたらしいミンクが、突然僕の前に飛び出して意味不明な事を口走っている。


(しかし普通に考えて、もし仮にそうなっても自分は一緒に教えに行く側、とは思わないんだろうか……)


 まぁそこがミンクがポンコツたる所以なんだけど……。


「うっせーぞミンク! くだらねぇ事言ってねぇでチャキチャキ動け!」

「ヒィ! パ、パッパ、パワハラでしゅ! 断固ストライキでしゅ!」

「ほぉ~いい根性してるじゃねぇか……。よっぽど痛い目に遭いたいらしいなぁ……」

「ギャー! イッチー! イッチー助けるでしゅ!」


 ワーワーと喧しい事この上ない二人だが、こんな光景もすっかり見慣れたものだ。


 巻き込まれては堪らないのでムースをそっと膝の上に抱える。

 ムースはムースで「親方がんばえ~、ミンクもがんばえ~」とか言ってるが、まぁこれもいつもの事だ。


「それはそうとよ」


 ガッチリとミンクにヘッドロックを決めた親方が、そのままの体勢で話を続ける。

 腕の中のミンクがビクビクと痙攣してるような気もするが、これは見なかった事にしよう。


「その肝心の学校はいつから始まるんでい?」

「あ~……、寮の準備と講義は無関係だから、一応明日は他の先生方と顔合わせして、多分明後日とか明々後日からって話ですけど」

「へぇ結構急なんだな」

「まぁ僕らが全員同時に講義するわけじゃないんで、スケジュール次第で始めるのはバラバラになるとは思いますけど」


 僕らの要望として、可能な限りそれぞれの講義が被らないようにして欲しいというのがあった。

 さすがに僕が魔術の実技講義などを受けてもほぼ無意味ではあるが、お互いがお互いの講義を受け、教え合い学び合う事。

 それは僕らが長い旅の間続けてきた事の延長でもあった。


 せっかく続けてきたその習慣を今更止めてしまうのは素直に勿体無いと思ったし、実際そうして自分の分野に活かせた事だって少なくはない。


 もっともまさか僕が、『音楽の先生』になるとは夢にも思わなかったけど……。


(もしチエちゃん先生が聞いたら何て言うだろうか……? 『教える方も楽しみなさい』とでも言って、いつものように笑い飛ばされるだろうか……?)


 ”先生”と聞いて、いつも決まって僕の頭の中に真っ先に思い浮かぶのは、底抜けに明るくて、底抜けに優しくて、ちょっとだけ天然で、そして底抜けに音楽馬鹿なあの人だった。


「それはそうとよ……、あんちゃんは講義の準備しなくて平気なのか?」

「……はい?」

「いや……、まぁあんちゃんぐらいになりゃあ、準備なんて必要ねぇのかもしれねぇがな。俺ぁその辺の事ぁ良く分かんねぇけどよ」


(親方は一体何の話をしているんだろう? 準備? ……準備?)


 ふと気付いて周りに目をやると、この部屋の中には僕と親方とミンクの三人以外は誰もいなくなっていた。


「……あれ? そう言えばいつの間にか皆はどこ行ったんですか?」

「ああ、嬢ちゃん達はあらかた片付けも終わったからっつって、さっさと隣の部屋に引っ込んでったぜ」

「隣の部屋に?」

「おう、『人に物を教えるならきちんと準備しないと』とか何とか言ってよ。だからあんちゃんは随分余裕があんだなぁと思ってな」

「……はい?」


 一瞬にして頭の中が真っ白になった。


(って言うか一声掛けてくれたって良さそうなもんだろ……)


 完全に考えなしな自分を棚に上げている、ただの八つ当たりに等しい感情に我ながら情けなくなってくる。


「え、え~っと、その……。僕もちょっと隣の部屋で一緒に考えてこようかなぁ、なんて……」

「お、おう……、頑張ってな。何やら急に顔色が悪ぃが、無理はすんなよ」

「はい……。それはそうと、さすがにそろそろ離してあげないと、ミンク変な泡吹いてますよ」

「キュ~……」


 ようやく開放されたミンクが、奇妙な鳴き声を上げながら床に崩折れていく。


「お、おい! しっかりしろミンク! 誰にやられた!? 死ぬんじゃねぇぞ! まだまだ仕事は山のように残ってんだからなぁ!」


(そこなんだ……。って言うかやったのは他の誰でもないアナタですけどね……)


 僕は隣の部屋に移動する為、ムースを抱いたまま椅子を立つ。


 今日はこれから準備と対策で徹夜になるかもしれない。

 でも皆と一緒なら、それはきっと楽しい時間に違いないだろう。


 そんなこんなで、今日も今日とて、

 『新トッド・ムーシカ』アンクーロ本店は、今までと変わらず、いや今まで以上に賑やかである。

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