第一九章 -Top of the world- 先生
「……はい?」
これまで黙って成り行きを見守っていた僕だったけど、あまりに突拍子のない申し出に思わず声が出てしまった。
「せ、先生って……、いえ、私はその……どっちかと言えば逆で……」
テンパったティアレもしどろもどろになっているが、まぁそれも仕方ないだろう。
生徒になるつもりでやって来たら、先生になれと言われているのだから……。
「皆さん、というのはもちろん皆さんの事ですよ?」
そんな僕らに対して学院長から発せられたのは、更なる追い打ちと言っていいものだった。
「ニャ!? まさかアタシ達も入ってるのかニャ!?」
「やっ、拙者のような弱輩に、人に教えられる事はないでござるよっ!?」
我関せずとばかりにクッキーをつまんでいたムースも、さすがに様子がおかしい事に気付いてキョロキョロと皆の顔を見回している。
「あの~、すいませんけど……、そもそも学院長さんは僕らが何者かご存知なんですか?」
一応断っておくが、シゼルさんと出会ってからここまで、僕らはまだ一度も自己紹介すらしていない。
そんな流れにならなかったというのが一番の理由だが、どう考えても二人は僕らの事を知っているとしか思えないような対応だったのだ。
「それはもちろん。私と同じルスクを継ぐティアレさん、聖光の楽士イッチーさん、バルハイド次期頭首候補筆頭……は元でしたね。バルハイドの姫君チキータ改めスズさん、同じく元護衛兼教育係のセツカ=キキョウさん。そして最後にムースちゃんことレムースラシアスさん。合っていますか?」
『……』
「はいなの~」
満面の笑みでドヤ顔を決める学院長に何も言い返す事ができない僕らと、一人だけとっても良いお返事のムース。
(こ、この笑顔……。こ、これは、もしかするとエリオと同じタイプの怖い人かもしれない……)
ルベルスを中心とした騒動が色々あったせいで、僕らについて知っている事自体はそれ程不思議でもない。遠く離れたこの土地で、という点を除けばだが……。
「合ってるけどその情報はちょっと古いのニャ。アタシの肩書きにイッチーのお嫁さん、が加わってたら完璧だったのニャ~」
「ちょっとスズさんっ!?」
「ひめ――スズ様!」
「ごめんスズ……、今はちょっと黙ってようか……」
「はいニャ~」
どこまで狙ってやっているのか、単なるド天然なのか未だに分からないが、この底抜けの明るさに助けられている事が多いのも事実なので、あまり強くは言えないのである。
「え~っと、そこまで僕らについて詳しい理由はさて置き、まぁそれは良いとしてですね……」
「はい」
(いや、メッチャ笑顔で言われても怖いんだけど……)
「先生、と言われても……、ここって魔術学院なんですよね?」
「はい」
そろそろ付き合いも短くはないので確認するまでもないが、一応念の為スズとセツカの顔を窺ってみる。
「……その……、ティアレはともかく、僕らにはちょっと……」
「アタシも全然使えないってわけじゃニャいけど、誰かに教えるなんて無理ニャ」
「拙者も術に関してはからっきしでござるよ……。使える使えないで言えば、イッチー殿と大差ないでござる」
これはティアレから聞いて初めて分かった事だったけど、僕らの中でティアレに次いで魔術適正が高いのはどうやらムースらしい。
セイレーンという種族に寄るところも大きいみたいだが、それ以上に”マナキャパシティ”という生来の資質が非常に高いという話だ。
逆にスズやセツカはほとんど無意識に近い形で術を行使しているらしいが、それは身体強化や感応増強といった、ユニークスキルに限りなく近い全く別体系の術に当たるらしい。
そして僕の術適性はゼロ。
ゼロにいくつ掛けたところでゼロはゼロのままなので、何をどうあがいても一生使えるようにはならない、という有り難い確約をいただいた。
「と、いうわけなんですけど……」
若干申し訳ない気持ちになりながら事情を説明すると、学院長は改まった様子でコホンと一つ咳払いをすると
「それではそれについても説明致しますね」
と、全く取り乱した風もなく話し始めた。
「まずこの学院は現在、基本的には魔導を極めんと志す者が世界中から集まって来る場所です」
「はい」
それは確かシゼルさんも同じ事を言っていたはずだ。
この学院には魔術を志す者しかいないと。
「それはそれで、ある意味一つの目標ではあったのですが……」
「?」
学院長はそこで初めて少しだけ言葉尻を濁したが、すぐに気を取り直したようだった。
「失礼しました。ですが現在この学院は、既に一つの学院都市と言ってもいい程非常に大きな集まりへとその姿を変えつつあります。種族、老若男女を問わず、希望があればもちろんの事、才覚に優れていれば可能な限りの受け入れ体制を整えていくつもりでいます」
「それは、あのシゼルさんの教会のような?」
「その通りです。才能を伸ばすという目的以上に、生まれ持った力の正しい使い方を学べる場を提供してあげられればと考えています」
エリオと似ていると思ったのは、どうやらこういった部分もあるらしい。
僕らがエイトビートを立ち上げた目的の一つとして、音楽復興事業というものがある。
まだまだ先の見えない話ではあるが、そこには教育機関の設立という目標も含まれている。
単なる魔術の探求だけでなく、そういった広い視野と展望を持っているのなら、根本的な理念は案外僕らのそれと似通っているのかもしれない。
「そして学生だけでなく、今ではこの都市を支えてくださっている大勢の方々やその家族もいます。もちろん綺麗事だけではありません。お預かりしている貴族や王族の御子息といった、この学院を資金面で支えてくださっている方々もいます」
「それは……、まぁ当然そうでしょうね」
これに関して否定する気はこれっぽっちもない。
実際僕らも似た様な事をやっているというのもあるし、先立つ物が無ければ新しい事を始めるのも中々に難しいという話だ。それが大きな事なら尚更。
「ですが私個人としては、そこに優劣を付けたりするつもりは当然ながら全くありません。少なくともこの学院の中の生徒に関しては、平等に学べる場と機会を与えてあげたいと思っています。ですが……」
教育者の鑑みたいな人だし、『この学院の中の生徒』と言い切ったところも逆に好感が持てる。
自分の手の届く範囲というものを正しく理解している人なのだろう。
「ですが?」
「ですが……、単刀直入に言ってしまえば、もう魔術だけを教えていればいい、というわけにもいかなくなってきているのです……」
「あ~……」
ようやく話が見えてきた。
既に一つの都市と言っていいレベルにまで膨れ上がったこの学院で、魔術と直接関係のない人間も大勢集まって来ている。
当然そこにはその子供達も含まれているだろうし、そうなってくれば今度は『普通の学校』も必要になってくる。
更に言えばそれを無視したとしても、ムースのような子供と老人を同じクラスで教えるなんていうのも無茶な話だろう。
要するに多様性が求められているわけだ。
「それに……」
急に声のトーンを落とし、ティアレの顔を見た時と同じような、ここではないどこかを見つめているような瞳で
「それこそが……、ミルレー様が本来目指したこの学院の有り様でもあるんです……」
と独り言のように呟いた。
「え~っと……、お話は良く分かりましたけど……」
「分かっていただけましたか!?」
興奮気味に突然僕の手を取りブンブンと振る学院長。
ようやく僕の同意が得られた事が嬉しいのかもしれないが、問題はそこじゃない。
「あ、はい……。分かりましたけど、え~っと……、僕らに教えられる事が無いって部分は、何も変わらないんじゃないかなぁと……」
ド正論とも言える僕の返事に対して、意外な事に学院長は微塵もひるまず、どころかまるで「なんだ、そんな事か」とでも言いたげな表情で話を続けた。
「この学院には貴族や王族の御子息もお預かりしている、というお話を先程しましたよね」
「……はい」
「そこには当然護衛やお付の騎士、騎士見習いといった面々も含まれるんです」
「あ……」
「元とは言え、バルハイドの次期頭首候補筆頭という立場にまで上り詰めたスズさん。キキョウ流剣術の達人で指南役、教育係、護衛までされていたセツカさん。これ以上ない程の適任だと思うのですが、いかがでしょうか?」
なるほど、そういう事なら一気に話が変わってくる。
長い旅の中で、二人の強さがこの世界基準で見ても尋常じゃないのは良く分かっていたし、それに特にセツカはずっとスズの教育係をしていたせいもあって、人に何かを教えるのが本当にうまい。
もっともいくら先生が良くても、僕の場合は生徒が悪すぎてほとんど何も身に付かなかったわけだけど……。
まぁ多少は避けたり捌いたり出来るようになっただけでも、僕にしては上出来かもしれない。
スズも理屈より感覚重視な点を除けば、やたら子供達には好かれるし、実は頭の回転もかなり早い。
スズが残念なのは頭の出来不出来とは無関係に、単に本人の性格の問題だ。
体術や剣術の先生としては確かに学院長の言う通り、これ以上ないぐらいの人材かもしれない、が……。
が、ですよ……。
「その~……、僕に教えられる事が、何も無いかなぁなんて……ハハッ」
別にそれを目的にここを訪れたわけではないのだけど、それでも悲しい乾いた笑いが漏れる。
「何を仰っているんですかっ!?」
ところが学院長から返って来たのは、本人さえも軽く驚くぐらいの大きな否定の声だった。
「す、すいません……取り乱してしまって」
「いえ……」
これまでずっと平静と言うか、大人の余裕のようなものを見せていた学院長が取り乱す姿は、意外と言えば確かに意外ではあった。
けれど続けて語られた言葉を聞いて、その理由と、彼女が僕に何を求めていたのかを理解する。
一口だけ紅茶を口にし、僕へと向き直った学院長の表情は、今までで一番暖かく慈愛に満ちたものだった。
「イッチーさん」
「はい」
「あなたには、音楽を教えて欲しいのです」
それこそが、僕だけが出来る事であり、僕にしか出来ない事だった。





