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第一九章 -Top of the world- もう一人のルスク

「あらあらあらあら、こんなに沢山のお客様は随分と久しぶりねぇ」


 何度かの転移を繰り返し、ようやく辿り着いた扉の先に待っていたのは、僕らにとって肩透かしと言うには十分な程明るく朗らかな一人の女性だった。

 転移装置なんて代物がある事自体、ティアレにとっては目を丸くする程の衝撃だったらしいが、正直僕はもう理解不能すぎてこの辺りはどうでも良くなり始めていた。


 それならば、この目の前に現れた美しい女性の方が、まだ現実的な驚き甲斐もあろうかというものだ。


 学生達が着ていた物と比べると、豪華さと仕立ての良さを窺わせる純白のロープ。

 繊細な金の刺繍があしらわれた清楚なローブとは対照的に、濃紺の生地に銀の刺繍があしらわれたシックなリボン。

 ローブの前部を留めている金具には控え目な宝石が彩りを添え、全体的に落ち着いた雰囲気の衣装に程良いアクセントとコントラストを与えている。


 純白のローブに引けを取らない絹糸の様に(きらめ)(つや)やかなプラチナブロンドと、鮮やかなターコイズブルーの瞳。


 そして何よりも僕の目を引いたのは、真っ直ぐに下ろしたロングから覗く少しだけ先の尖った両耳。


 全くタイプとしては違うはずなのに、なぜか僕は少しだけティアレに似ているなと思った。


「皆さん、ようこそルスク魔導学院へいらっしゃいました。私は学院長のエマ=()()()=フリジオといいます」

「えっ、学院長さんもルスクなんですか?」

「ふふっ、一つずつ順番にお話していきましょうかね」


 右手を口元に当て、淑やかに微笑む姿がなんとも大人っぽく見える。(大人っぽいと言っても、恐らくこの人はエルフ種だろうし、外見で年齢を判断する事にあまり意味はないのだが……)


 そのままエマと名乗った学院長に勧められ、僕らは応接スペースらしき場所へと案内された。


 過度な派手さではなく、落ち着いた暖かみのある調度品で整えられている模様からも、自然とこの部屋の主の人柄を推し量る事が出来る。


 ムースを下ろし、ちょっとお行儀が悪いかとも思ったが、学院長に断ってから膝に抱き抱える。

 すぐにお茶の用意をしてくれたシゼルさんが現れ、全員に行き渡ったところで学院長は穏やかに語り始めた。


「まず私のルスクはティアレーシャさん、あなたのおばあさまであるミルレーシャ様より授かったものです。つまりあなたにとっては姉弟子、という事になりますね。そして皆さんを案内してもらったシゼル、彼女は私の弟子であり私がルスクの名を与えました」


 まるで準備でもしていたかのようにスラスラと流れる説明が、脳に染み渡るまでに若干のタイムラグを要する。


 ミルレーシャさんはティアレのおばあちゃんであり、ティアレの魔術の師匠でもある。

 目の前のエマと名乗った学院長がティアレよりも前のお弟子さんで、シゼルさんがそのまたお弟子さんに当たる。

 これでようやく初対面の時に、シゼルさんが”分家筋”と言っていた意味が分かった。


「私の事は……、どうして?」

「ふふふ、そうですね。一つはミルレー様から、『いつか孫娘が世話になるかもしれない』と頼まれていた事。もう一つはそのネックレスですね」

「この……ネックレスが、ですか?」


 僕が初めてティアレと出会った頃からずっと身に付けている、独特なデザインと神秘的な光を放つ宝石を持つネックレス。

 ティアレはそのネックレスを手に取り、何度もひっくり返しながら不思議そうに眺めている。


「それは元々、『大賢者』と呼ばれたエルフ三樹だけが持つ事を許された『ハルモニクス』という秘宝の一種です」

「えっ!? 秘宝、ですか?」

「そんなに身構えなくても平気ですよ。今ではその本来の力も意味も失っているので、()()()()()()()()()()()()とでも思っておけば大丈夫ですよ、ふふっ」


 どこまで冗談なのか良く分からない口調で学院長はそう言って笑うと、初めて用意されたお茶に口を付けた。

 そしてもう一度ティアレに向き直ると、今度は急にどこか遠くを見るような、何かを懐かしむような柔らかい瞳を向けた。


「そしてもう一つ……。()()()()さん……、あなたは昔のミルレー様に本当に良く似ています……」


 恐らく学院長がティアレの事を『ティアレさん』と呼んだのはこの時が初めてだったと思うけど、ティアレ自身がそれに気付いているかどうかは分からない。


 ただ僕が学院長とティアレがどこか似ていると感じたのは、二人が同じエルフ種だからという事以上に、二人が同じ師匠を持つ事に起因してるような気がしてならなかった。


「ミルレー様の事に関して、私はあまり多くを語る口を持ってはいません。それはミルレー様に口止めをされているからといった類の理由ではなく、ティアレさん、あなたが自分自身で確かめるべきものだと、私がそう思っているからだとお考え下さい」

「……はい」


 それは単なる偶然だったのか、ティアレがあの時神龍セフィラートに言われたものと同じだった。

 「自分自身で確かめるべきだ」と。



「えっと……、それじゃあここ、ルスク魔導学院というのは?」

「はい、その名の通りここは、ルスクの始祖でもあるミルレー様が()()()()学校です」

「おばあちゃんが……、創った?」

「ええ、歴史は古いのでもちろん最初から今のような形だったわけではありませんが、ミルレー様が創られた、という点に於いてはその通りです。私は創設に際して色々とお手伝いをさせていただきました。ですから正確に言えば、私は学院長ではなく学院長()()という事になりますね」

「そう……なんですか」


 色々と情報量が多すぎるのもあるんだろうけど、ティアレの立場からすれば、理解はできても納得ができるまでには時間が必要なのかもしれない。


 それにしてもこの学院を創り、ティアレの村を興し、大賢者やルスクの始祖と呼ばれるミルレーさんというのは一体どんな人物なんだろうか……。



「この建物? って言っていいのかニャ、この場所は一体何なのニャ? こーんなデッカイ木今まで見たことないのニャ」


 ティアレが押し黙ってしまった事に対するフォローだったのか、はたまた純粋に我慢の限界だったのか、スズがピッと挙手をして質問を口にした。

 色々と聞きたい事だらけではあったが、確かにそれはかなり上位に位置する疑問だ。


「ふふふっ、そうですね、信じられないぐらい大きいですよね。ここは『はじまりの霊樹(れいじゅ)』と呼ばれるこの世に三本ある大樹の内の一つです」

「三本!? すると、ここ以外にもあと二本もあるのでござるか?」

「はい、ございます。まず一本はここ、もう一本は王都である『メアディーオ』、そしてもう一本はエルフの里『アーヴヘイム』に」

「アーヴヘイム……、エルフの里……」


 ネックレスをギュッと右手に包み、そう呟いたティアレ。

 恐らくそこはミルレーさんの、ひいてはティアレ自身にとってもルーツとなるであろう場所。


 きっといつか訪ねなければならない日が来るんだろうけど、少なくともそれは今ではないような気がする。


「ちなみに……」


 それまで押し黙っていたシゼルさんが、おもむろに紅茶のカップを傾けてから人差し指を一本立てると


「皆さんが良くご存知のこのアーヴ茶は、元を辿ればアーヴヘイムから世界中に広まった事で、『アーヴ茶』と呼ばれるようになったそうですよ」


 そう言って悪戯っぽく目配せをした。


「えっ、そうだったんですか!?」

「ふふふっ、本当ですよ」

「へぇ~、アタシも初めて知ったのニャ」

「拙者も知らなかったでござるよ」


 急に和やかになった空気に釣られて、皆それぞれ改めてカップを手に取りアーヴ茶を楽しむ。

 相変わらず一人だけ状況が良く分からないムースだけは、僕の膝の上で嬉しそうにお茶請けのクッキーを頬張っていた。



「それで……、皆さんはこれからどうするおつもりですか?」


 シゼルさんからお代わりのアーヴ茶が皆に行き渡ったところで、学院長は姿勢を正すと真剣な表情でそう切り出した。


 ティアレが僕の顔を覗き込むが、僕はただ黙って頷く。

 これは最初から皆で決めていた事だ。


「その……、できればここで魔術の勉強をさせてもらえれば、と思っています……」


 口調こそ控え目ではあったけど、強い意志の篭ったティアレの目は真っ直ぐに学院長を見ていた。


「なるほど……。それに対する提案、と言うよりも、これは私からのお願いにもなるのですが」


 ティアレの視線を真正面から受け止めた学院長は、そこで突然それまでの真剣な表情を崩すと


「皆さん、ここで先生をやってみませんか?」


 そう言って心底嬉しそうに、ニッコリと柔らかく微笑んだのだった。

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