List.10 -夢の始まり- ユキちゃん先生
「おーい、チエ~! こっちこっち、久しぶり~!」
「ユキっ!? ホント久しぶり! でもどうしたの、わざわざ迎えに来てくれたの!?」
「いやいや、私はここで働いてんだから、迎えに来たって程でもないけどね……」
「あっ、そっか……」
残暑と言うのも馬鹿馬鹿しい程に晴れ渡った、じっとしているだけでも汗ばむような真夏日となった九月某日の土曜日。
場所は都内某所、第一中学校、通称『一中』。
地域交流と関連校交流を名目に始まったとされる、周辺中学校三校合同による盛大な文化祭。
本来は良く分からない長ったらしい正式名称があるはずなのだが、教職員も含めて恐らくそれを正確に記憶している人間は一人もいないので誰もが三校祭と呼ぶ。
つまるところ、めんどくさい名前とかどうでもいいから皆で騒ごうぜ祭りと思ってもらえばいい。
この三校祭の一番の特徴は、毎年開催校が持ち回りで交代していくところにある。
去年の開催校は三中、今年が一中、そして来年が僕らの所属する二中、といった具合にバトンタッチしていく仕組みだ。
ベビーブームからは外れているとはいえ、全校生徒が600人、下手をすれば700人は軽く超える時代である。
それが三校分プラス教職員で総数2000人近い人間が一堂に会する、文字通り規模も参加人数も特大級の年間最大の超一大イベントというわけだ。
更に付け加えるなら、当然これだけの規模のお祭りを、ただ生徒達だけで楽しんで終わりという事はない。
月曜~木曜までの丸四日間を準備期間とし、金曜は関係者のみで催されるいわば身内だけのお祭り。
しかし本番とも言える一般公開される土日の二日間。
関係者総数を軽く上回る来場者が押し寄せて来るこの二日間は、まさに鉄火場、戦場の如きドンチャン騒ぎへとその姿を変えるのである。
去年まだ小さな同好会でしかなかった僕らは、ごくごく普通にクラスの出し物に参加し、ごくごく普通に文化祭を終えた。
もっともごく普通とは言っても、三校分の同学年同クラスが共同で一つの出し物にあたる為、120人を超える活動というのはそれはそれで結構な騒ぎだったのも確かだ。
それでもステージという場所が用意されて、バンドという出し物が可能だった以上、僕ら5人に何も思うところが無かったと言えば嘘になるだろう。
そんな僕らに『来年こそは』と約束してくれたチエちゃん先生だったが、結局あの謎の自信と確約が一体どこから湧いてきたのかは未だに分からないままだった。
「それで、この子達が去年チエが話してた子? ふーん……、男の子5人なんだね。……で?」
「なに……? で、っていうのは……」
「例のチエのお気に入りの子っていうのはどの子?」
「ちょ、ちょっとユキ! そういう言い方は誤解を招くでしょ!」
随分と親しげな様子からしてチエちゃん先生の友達っぽいが、僕らはもちろん初対面だ。
150cmちょっとしかないチエちゃん先生とは対照的に、この頃既に170cm近くあったシュンとそう変わらないので、女性としてはかなり高い方だろう。
肩よりも上で切り揃えたショートカットに加え、蠱惑的な猫目。
チエちゃん先生とは全く違うボーイッシュな印象は受けるものの、間違い無く美人と言っていいと思う。
「えっと……先生、その人は?」
「ごめんごめん……、こっちは――」
「いいよチエ、自己紹介ぐらいするから」
そう言って僕の前に立った女性は、やっぱりどこか猫を思わせる悪戯っぽい瞳で笑顔を浮かべている。
チエちゃん先生とは真逆と言っていい容姿にも関わらず、その時の僕は、なぜかチエちゃん先生と非常に良く似た空気を感じていた。
「初めまして、私はこの一中で音楽教諭をやってる喜多村雪希。ちなみに一中軽音部の顧問もやってるわ。チエとは――コホンッ……、柊先生とは中学時代からの同級生で、同じバンドのメンバーだったの」
その一言で、僕はこの目の前の女性から感じていた同じ空気の正体に気付く。
(ああ……、多分この人も音楽馬鹿なんだ……)
「こら、今失礼な事考えてたでしょ」
「あ、いや……」
「ふふっ、冗談よ」
そう言ってクスクスと笑う姿もやっぱりちょっと猫っぽい。
「あれ? でも先生と同級生って事は?」
「そっ、二中のOB、つまり一応はあなた達の遠い先輩って事にもなるわね」
「……遠いとか言わないでよ……。実感しちゃうから……」
「いや、遠い、遠いんだってチエ! 悲しいけどこれ、現実なのよね」
ほんの少しの間二人のやり取りを見ているだけで、相当に親しい仲なのが良く分かる。
この二人の間柄というのは、多分今の僕らと似た様なものなのだろう。
チエちゃん先生を始め、ジョージさんやヨーコさん、それにアーリーバードや軽音部の皆を見てきて、何となくではあるが音楽馬鹿が纏う独特のオーラみたいなものを感じ取れる様になってきた。
今目の前でチエちゃん先生と楽しげに笑い合っている様子を見ていると、この人もこっち側の人間だという妙な確信があった。
「……多分あなたがイッチー君ね」
「えっ!?」
唐突に話を振られた事にも驚いたが、それ以上になんで僕の事を知っているのか全く見当もつかない。
まだ名乗ってないのはもちろんだし、今日が初対面なのも間違いないと思う。
色々と記憶の引き出しをひっくり返してみても、やっぱり何も出てきそうにはなかった。
と言うより、こんな美人のお姉さんを忘れる程朴念仁ではないと信じたい。
「ああ、ごめんごめん。君の事はね、チエ――柊先生から聞いて知ってたの」
「先生から?」
「そう、凄い子と出会ったってね。割と可愛い――」
「うわぁああ! あー、あー、あー!!! 何言ってるのユキっ!」
喜多村と名乗った女性の言葉を遮って、チエちゃん先生が何やら慌てふためいている。
そんな状態のチエちゃん先生は見慣れているので特に驚きはしないが、結局喜多村先生が何を言いかけたのかは聞こえなかった。
「いてっ」
その時突然、右肩に軽い痛みを感じた。
何かと思って目をやると、そこにはわざとらしく口笛なんか吹きながら、そっぽを向いているアキの姿があった。
どうやらアキから肩パンを食らったらしい。
「えっ、なに!?」
「いやぁ~、なんでかは分からんが何となくな」
「なにそれ……」
大して痛いわけではなかったが、小突かれた意味が分からない。
「いてっ」
左肩に痛みを感じてそっちを見ると、今度はアキと同じように、そっぽを向いて口笛を吹いているシュンの姿があった。
「な、なに……?」
「いやぁ~、べっつにぃ~。ただ何となくな」
「なんなんだよ、一体……」
「まぁまぁ、いつも役得なんだから、そんぐらいのやっかみ我慢しろって事だよ」
「……ですね……」
最後にはヒロからバシッと背中を叩かれ、そんな良く分からない事を言われたが、結局何だったのか意味は分からないままだ。
一体何を納得しているのか、マサもただ一人でウンウンと頷いているだけだった。
「実は去年柊先生から相談を受けててね」
「相談、ですか?」
双方ようやく落ち着いたところで、喜多村先生は途中だった話の続きを切り出した。
「って言うのもね、今年の体育館ステージの責任者と言うか、仕切りは私がやらせてもらってるのよ。それもあって君達の参加にも多少絡んでるってわけ」
「え……、それって大丈夫なんですか……?」
「大丈夫大丈夫。もちろん好き勝手できるわけじゃないし、そもそもそこまでの権限なんて持ってないわよ。それに君達の活動実績がなければ、無理矢理割り込ませるなんて真似はさすがにできなかったしね」
「はあ……」
うっすらとではあるが、話が見えてきた。
去年チエちゃん先生が言っていた「来年こそは必ず」というのは、間違い無くこの喜多村先生と無関係ではないだろう。
逆に言えば、一年も前から今回の文化祭の為に準備してくれていたとも言える。
実際こうして僕らが参加できるという事は、二人が何らかの形で力添えをしてくれたのは確かだと思う。
「詳しい事情は分からないですけど、ありがとうございました」
「いや、だからホントに大した事はしてないんだって。それにこれは、君達だけの為ってわけでもなくて……、私達の為でもあるのよ……」
「……? はあ……、そうなんですか?」
僕らの出場が一体どうして先生達の為になるのかはサッパリ分からないが、当の二人は顔を見合わせ満足そうに笑っている。
その表情を見る限りでは、少なくとも気を使ってそう言ってくれているという感じでもなさそうだ。
理由は何も分からないままだが、二人が楽しそうならそれでいいかと前向きに考えておくとしよう。
「あ~、こんなとこにいた~。ユキちゃん先生~! そろそろリハーサル始まるよ~!」
丁度その時、体育館の方からガヤガヤと姦しい声が聞こえてきた。
よくよく考えてみれば、僕らはずっと体育館の真裏にある駐車場で立ち話をしていたわけだ。
リハーサルと聞いて思い出したが、当然僕らもリハーサルには参加しなければいけないし、それ以前にまだ機材の搬入すら始めていなかった。
「あっ、ごめんごめん~、って言うかユキちゃん先生って呼ぶな。でも、丁度良かったわ。あなた達もちょっと来て、紹介するから」
「え~、なになに~? ちょっと皆、ユキちゃん先生が呼んでるよ~」
やいのやいのと言いながら僕らの輪に加わったのは、制服姿の女子生徒5人組。
雰囲気からすると恐らくは僕らの上級生、つまりは三年生だろう。
「ほら、自己紹介」
「はーい。……えっと、初めまして。私達は一中軽音部で『Girls Like Talking』ってバンドをやってるの。よろしくね」
「よろしくお願いします。僕らは二中軽音部の『アーリーバード』です」
なんとなく代表っぽい僕が握手をしたが、もしかしたら向こうも同じ軽音部の部長さんなのかもしれない。
「えーっ! ちょっと皆、GLTだよ、GLT! 本物のGLT!」
「マジっ!? 待って待って、私今髪型変じゃない?」
新たに加わった賑やかな声は、僕らが乗って来たマイクロバスの方から聞こえてきた。
「ん?」
振り返って声の主を確認すると、そこにはハイテンションでキャーキャー言っている後輩ちゃん達の姿があった。
「知ってるの?」
「知ってるのじゃなくって、むしろなんで部長が知らないんですか……」
「イッチー先輩って、そういうとこありますよね」
「あ~、基本的に周りには無関心みたいな?」
「分かる分かる~、アーリーバードの人達って大体そんな感じよね~」
「うんうん、すぐ周りが見えなくなるって言うか~」
『……』
(……なぜだ……)
唐突に理不尽な言葉の暴力を受けた気がする……。
「去年のライヴ見てたんです! 私達すっごいファンになっちゃって! 惜しかったですね、最優秀賞」
「アハハハッ、ありがとう。見てくれてたんだね」
「握手してもらってもいいですか?」
「いや~、さすがになんか照れるな~……」
女子5人x5人という強力な組み合わせで、奇妙な盛り上がりを見せ始めた両軽音部。
完全に蚊帳の外に置かれ、ボツンと駐車場に立ち尽くす僕ら5人。
話の流れからすると、去年まだ小学生だった後輩ちゃん達が、三中主催の文化祭を見に行っていたという事だろうか。
同じ5人組のガールズバンドだし、後輩ちゃん達が憧れるのも無理はないだろう。
それは理解できるが、最優秀賞云々の話がイマイチ良く分からない。
「えっと……、盛り上がってるとこ申し訳ないんだけど、最優秀賞っていうのは?」
恐る恐る話を切り出してみる。
「部長覚えてませんか? 去年パフォーマンス部門で大賞を取ったバンド。最優秀賞は逃しましたけど、バンドが最終選考まで残ったのは12年ぶりだったって話」
「ああ~……」
言われてみれば、確かに去年そんな話が出ていたのを思い出した。
バンドが最優秀賞を取ったのは過去一度きり。
その後はバンドブームの衰退や、音楽業界全体が下火になった事もあって、ノミネートされる事すらなかったとか何とか。
「しっかりチェックして下さいよ、バンドマンなんですから」
「……すいません……」
後輩から至極もっともな指摘を受けて、ただただ情けなく頭を下げるしかない僕。
そう言われても、自分達の出し物だけで想像を絶する忙しさの中、とてもではないが「僕らはちょっと体育館の様子を」なんて言い出せるような空気じゃなかったのも事実なのだ。
「アハハハハッ、君らおもろいな~。まあそんな訳だから、今年こそは最優秀賞狙お思うてな~」
「一応君達とはライバルって事になるから、よろしくねっ」
コロコロと笑う関西弁の先輩に続いて、キラリンッという効果音が聞こえてきそうなウインクと共にピースを決めた先輩。
人の事を言えた立場ではないが、どうも中々に個性が強い先輩方のようだ。
(……ライバル、か……。ピンとこないけど、そういうものなのかな……?)
しっくりとしない心当たりを探すと、案外答えはアッサリと見つかった。
「こちらこそよろしくお願いします。えっと、その……、一緒に楽しみましょう!」
「ん? あ、うん……。そうだね……」
僕ら5人は改めて先輩達と握手を交わすと、さすがにそろそろ本当に時間も押しているという事で、それぞれの準備に取り掛かる事となった。
先輩達はリハーサルの為に体育館へ、そして僕らは搬入の為にマイクロバスへ。
「……なるほどね……、チエがあの子を気に入った理由が良く分かったわ」
「えっ、急にどうしたのユキ? だからそんなのじゃないって言ってるでしょ、やめてよもぉー」
「アハハ、別にそういう意味じゃなかったんだけどね。……でも……、良かったね、チエ……。また……、見つかったんだね……」
「……うん……」
「そっか……、良かったよ、本当に……」
「うん……、ありがとう……ユキ……」
慌ただしく動き回る僕らのところまで、
そんな二人の穏やかな声が聞こえてくる事はなかった……。





